23話 謎めいた女の子は「あの方」について語る
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エルニア王国の国境
ハルケギニア王国とエルニア王国は距離的に結構遠い。だけど、僕たち3人は時には助け合ったり、時には励ましあったりしながら道を進んだ。ソフィアは下級貴族の姿をしているが、仮にも一国の王女。普通に考えると、こんな小汚い馬車とか野営など嫌がると思ったが、笑顔を崩すことなく旅を楽しんでくれた。
そんなこんなで、僕らはエルニア王国の国境にやってきた。だが、国境を守る兵士の姿を見て僕は顔を顰めた。
「あの甲冑と旗は……僕の認識が間違ってなければヘネシス王国のモノだけど」
「ああ。最近のエルニア王国の安全保障はもはやヘネシス王国の国防力なしじゃ成り立たなくなっている」
「どうして?」
「自国の軍人たちをも農業に従事させて小麦を作らせるためだ」
「……その小麦がヘネシス王国に流れて我が国を攻め落とすための
「……そう」
「とりあえず中に入ろう」
「うん……」
僕の隣に座っているソフィアは体を僕により密着させた。おそらく僕を安心させてくれているのだろう。
手綱をぎゅっと握りながら僕は門を守る兵士たちへと馬車を走らせた。エルニア王国なのに国境を守っているのはヘネシス王国の兵士ら。
僕たちはあらかじめ用意しておいた偽造身分証明書を使い、通してもらった。途中、「なんで貴族なのにメイドを荷台に乗せているんですか」と問われるハプニングもあったが、無事にエルニア王国の内部に潜り込むことができた。
ここは日本で例えると田舎みたいな感じだ。我が国やハルケギニア王国のような煌びやかな都市は存在せず、結構閑散としている。地図を見るに、おそらくここから小一時間くらい走れば王宮が出てくるはずだ。
雲が一点もない晴天は果てしなく続いており、陽光が馬車を照り付けてくるが、日差しよけがついているおかげで、僕とソフィアの肌が焼けることはない。
心地良さと緊張感が入り混じる中、突然セーラが窓を開けて慌ただしく僕らに叫んだ。
「エリック様!ソフィア姫様!あそこを見てください!小さな女の子が倒れていますよ!」
と、セーラはびっくりしながらあるところを指差した。僕とソフィアは釣られる形で指差すとこを見ると、本当に小さな女の子が木の下で倒れていた。僕は急遽、馬を止め、その倒れている女の子のいる木へと早足で駆け寄っていく。すると、呻き声が段々と鮮明に聞こえる。ただごとではない気がしてならないが、どうか無事でいて欲しい。
セーラとソフィアも急いで僕の後ろをついてきてくれた。
服自体は良いものを着ている。サラサラした髪はちゃんと手入れされているから、恐らく捨て子ではないだろう。
「ううう……」
「だ、大丈夫?」
呻き声を上げる小さな女の子に僕は声をかけてみた。すると、女の子は僕の方に目を向けてくる。亜麻色の髪と瞳。おそらく平民ではないだろう。
「おおおお……」
「おお?」
顔を歪ませて僕の瞳を見ながらわけのわからないことを言う女の子。
「おおおおおおおお……」
「?」
「お腹すいたあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
それかよ……
X X X
僕らは、女の子が倒れている木の近くに馬車を停めて、昼ごはんを食べることにした。ここに来る前に野菜やお肉をいっぱい積んできたので、セーラは女の子の分も作って、4人して昼ごはんを食べている。
いろんな香辛料を効かせた水牛肉に、甘い果物、そしてヘルシーな野菜。夜ではないので、手の込んだものは作れないが、味は申し分ない。女の子もこの料理が気に入ったのか、ものすごい勢いで自分の分をあっという間に平らげる。
「す、すごいね。おかわり要る?」
「うん!いる!」
「はいどうぞ!」
「ありがとうお姉ちゃん!」
セーラが女の子の皿にこんがりと焼けたお肉と果物と野菜を入れて渡すと、女の子はまた勢いよくそれを食する。
僕とセーラとソフィアは健啖家みたいな食べっぷりに感心しながら、食べ始めた。
「ごちそうさま……お腹いっぱいになった!」
「ははは、よかったね」
「ありがとう!お兄ちゃん!お姉ちゃんたちも!」
女の子は幸せそうに座った状態でお腹をさすりながら満面に笑みを浮かべて僕らに感謝を伝える。なので、僕たちも笑顔で頷いてあげた。
「ところで、なんでこんな
「それは……」
そう聞いてきたのは後片付けをしようとするセーラ。だが、女の子は言い淀んで思い詰めた表情を浮かべる。僕はその様子が気になったので、話しかけてあげた。
「言いたく無かったら言わなくてもいいよ。でも、言ったらきっとスッキリすると思うんだ。僕たちはこの国の人じゃないから、周りにバレることもないよ」
と、僕の横の座っている女の子の頭を優しく撫でる。
「エリックの撫で撫で……あの誘惑には逆らえない」
「はい……いくら幼い子だとしても、イチコロ間違いなしです」
向かいの二人が何やら喋っているんだが、良く聞こえない。二人ともドヤ顔だし。どうしたんだろう。
「ん……うん……わかった」
「ふふ、ゆっくりでいいから、言ってくれ」
と、僕はすっと手を引き、耳をそばだてる。
「実はね、私、あの方に嘘をついちゃった。真実を言っちゃったらきっと悲しむから……だから間違ったことを口にして……あの方はとても喜んでくれたけど、私の心がとても苦しくなって、ずっと歩いてた。そしたらお腹すいちゃって、動く力も無くなって、この木の下で……」
「なるほど……」
要するにこの子は自分の便益のためでなく、他人の幸せのために嘘をついた、ということか。
「君は優しいね。他人のために自分が苦しむなんて、大人でも中々できることではないと思うんだ」
「……」
「ちなみに『あの方』はどういう人?」
「とても優しい人で、いつも他人のために働いて、そして、時々とても寂しい顔をしている方なの。平民も貴族もみんなあの方が大好きなんだ」
「みんなから好かれるなんて、中々の人格者だね」
「うん!それにね、とっても綺麗で胸もおっきい!」
「む、胸!?」
その瞬間、向かい側に座っている二人が急に顔を引き攣らせる。
「うん!あの方のところに遊びにいくと、いつもぎゅっと私を抱きしめてくれるんだ!あの感触はとても柔くて、思い出すだけでも幸せになる〜」
「あはは……そうか」
「でも、ぎゅってしてくれるのは女の子限定で、男の人には絶対やってくれないよ!」
「それは……そうだろうね……」
「理由を聞いてみたらね、白馬の王子様にだけやってあげるっておっしゃった!」
「ははは……中々乙女チックな人だね」
「うん!」
なぜか、セーラとソフィアが僕にジト目を向けているけど、妙に心に刺さるのはなぜなんだい?
まあ、とにかく、あれだ。
この子は「あの方」のことをとても好きだということ。そしてその逆も然り。
「きっとうまくいくさ。君は嘘をついたけど、それは相手のことを想ってのこと。『あの方』は君のことをとても愛していると思うんだ。だから気持ちが落ち着いたら素直に言おうね?そしたら許してくれるはずだよ」
と、言って僕は再び頭を撫でてあげた。
「……この優しさ……昔のん……様と同じだ……」
「ん?何か言った?」
「なんでもない」
「そうか」
僕の手を拒まない女の子は、目を瞑ったまま在りし日に思いを馳せるようにとても懐かしむ表情を浮かべる。
「エリック、この子を家まで送ってあげようか?」
「おお!ソフィア、ナイスアイディア!」
僕は親指を立ててソフィアを褒めてあげた。すると、セーラが笑顔を浮かべて片付ける速度を上げていく。
「あ、ところで君の名前は?」
「私はラケル!お兄ちゃんの名前は?」
「僕はエリック!」
「エリック?」
「うん!エリック!」
「エリック……わかった!よろしくね!エリックお兄ちゃん!ひひ」
エリックという名前を聞いた時は、最初こそ僕をすごく訝しんでいたが、やがていつもの調子を取り戻したラケルはとても明るく笑う。
追記
ちなみにラケルちゃんの名前は18話に一回出ます。
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