16話 エリックの本気

 そろそろ昼ごはんの時間なので、オシャレなレストランの中に入った僕たち。戦争が起こるのではという噂もあるので、人たちはまばらだ。昔はオリエント大陸以外の国々から観光客らがたくさんやってきたのだが、ここにいる貴族たちの服装から察するにハルケギニア王国の人がメインだ。


「いらっしゃいませ!って、めっちゃ美人……あ!すみません!こちらへどうぞ!」


 案内の女性店員さんはソフィアを見るや否や目を見開き、彼女の美貌を褒め称えた。なんだかちょっと恥ずかしいかも。


 そして僕はソフィアと一緒に二人用のテーブルに案内されメニューが書かれた表を渡される。


「ソフィアちゃんは何にする?」

「ん……エビサラダランチコース……」

「じゃ僕はミットボールパスタランチコースで」

「はい!かしこまりました!」


 注文を承った店員さんは笑顔のまま立ち去った。


「見てよ……あの人……すごい綺麗」

「ハルケギニア王国であんな綺麗な女性、ソフィア様以外は見たことないよ!」

「衣装は確かにハルケギニアの上級貴族のものだけど、もしかして、ソフィア様の遠い親戚か何かかな?」

「おお……それはあり得る。ていうか、隣の男は誰?」

「顔はいい感じだけど、上流階級ではなさそうだね」

「ん……もしかして、腕の効く騎士だったりして!」

「ああっ!騎士とお嬢様の禁断の恋……想像するだけでも武者震いが……」


 なぜかとんでもない憶測が飛び交っている気がしてならないんだけど……我々の正体がバレたわけではないから、よしとしよう。幸い、この国は剣と剣術を重んじる国だから、ソフィアが剣をつけていることに疑いの視線を向けている人はいない。


「はあ……」

「どうしたんだ?急にため息なんかついて……もしかして、私とのデートはつまらないか?」


 ソフィアがしょんぼりした様子で僕に問うてくる。


「い、いや!全然そうじゃないよ!ソフィアちゃん綺麗だからすごく注目されなーと考えただけ!やっぱり、僕もちょっとオシャレしてきた方が良かったのかなって……」

「い、いや!エリックはそのままでいい……」

「下級貴族の方がお似合いってことか……」


 ちょっと傷つくかも……


「そ、そうじゃない!う……その……エリックがオシャレな格好で優しく振る舞ったら、きっと他の女たちが……」

「ん?声が小さいから良く聞こえないけど……」



「っ!とにかく!エリックはそのままの方がいいから!」


「そ、そうですかい……」

 

 僕は下を向いて、少し落ち込んだ。


(ソフィアの心の声:なんで私は嫉妬なんかしているの!?女の醜い感情などとっくに捨てたはずなのに、エリックを見ていると……うう……もどかしい……)


 その瞬間、招かざる客がやってきた。


「おやおや、その格好はイラス王国の下級貴族の服装!」


 低くもない高くもない声が僕らの耳をくすぐった。気になったので、その声の主に方に視線を向けると、イラス王国の貴族と思われるものとその妻らしき女性が立って、僕らを見下ろしていた。あのものが付けている徽章を見るにクラスは男爵。年的にはどっちも20代半ばって感じかな。


「向こうの美しい女性は、おそらく上級貴族。なのに、我がイラス王国の下級貴族と二人きりで食事を取るなんて、この王国もだいぶ落ちぶれたものだな!」



「「なに!?」」


 イラス王国の男爵は、ソフィアを見下すような態度を見せてきた。男爵の傲慢な声を聞いた周りの人たちは急に立ち上がり、男爵夫婦を睨みつける。だけど、男爵夫婦は全く怯まない。


「何見ているんだ?俺はイラス王国のアンティオキア商会で貿易業務を担当するものだ。俺らに何か文句でもあるのか!?ああ!?」


 アンティオキア商会。ここハルケギニア王国にシャインストーンを供給するイラス王国における巨大な商会である。


 アンティオキア商会という単語が出た途端に、周りの人々は悔しい表情を浮かべつつも、自分らの席に再び座って食事を再開する。


 ソフィアは、


 唇を噛み締めて、男爵夫婦を殺気立った目で睨んでいた。すると、男爵の妻が、怖がるフリをしながらしなを作る。


「あなた、私怖い〜ハルケギニアの女って気が強くて、気性が荒いって噂はどうやら本当だった見たいね〜剣も付けているし。本当、女としても魅力がないわ。ねえ、あなた、私の方が綺麗でしょ?」

「つ!それは……うん。き、綺麗だよ」

「ちょっ!なんなのその反応は?私よりあんな小娘の方が綺麗なわけ?」

「いや!違うよ!(棒読み)」

「んんん!ここで作られる化粧品ばっか塗りたくっているから綺麗に見えるだけよ!ふん!あなた!早く帰りましょう!もうしらけちゃった!商会に戻って、シャインストーンの値段を上げないといけないからね、これは。うふふっ」


 男爵の妻は、舐め腐った態度をとり、ソフィアを見て目を細めた。


「っ!」


 ソフィアはそんな妻を殺す勢いで睨みつける。周りのお客も悔しそうに拳を握って、この物々しい光景を密かに見ていた。中には歯軋りするものもいる。


「そうだね!もうすぐここは偉大なるイラス大王国の属国となるわけだし、そうなると、殿様商売もできなくなるからな!あははは!」


 ちょっとお灸を据えてやらねば。


「あの!男爵!」

「え?なんだい?」

「失礼ですけど、お名前を教えていただけますか?」

「俺の名前?」

「はい!」

「ふふ、よくぞ聞いてくれた……我が名はバッハ!お前も名乗れ」




「バッハ様ですね!僕はエリックと申します!」

「エリック?」

「はい!エリックです!」

「ん……確かに我が国では王太子様のお名前を使う下級貴族もいると聞くが……まあいい。あ!お前、ちょっと耳貸して」

「は、はい?」


 バッハ男爵は何か閃いたらしく、ちょいちょいと手招く。なので、僕はなんぞやと疑ったが、話を聞くべく、男爵に近づく。すると、バッハ男爵が耳打ちした。


「もし、あの女みたいに綺麗な人を紹介してくれたら、たっぷり報酬を与えよう。俺はアンティオキア商会の本部の貿易部に所属している。また会うことを祈ろう」


 と、言ってからバッハ男爵はすっと距離を取り、妻の肩を触りながら立ち去ろうとする。


「あの下級貴族と何を話してたの?」

「同じ王国の人だ。積もる話もあるさ」

「いや、あんた……いつもは下級貴族のことを平民として扱ってるくせに」

「黙れっ!」


 あの夫婦は嵐のごとく、傷跡を残して、去っていった。


「なんなの!!あいつら!」

「シャインストーンしか存在意義のない国が偉そうに!」

「ハルケギニア王国はエルニア王国とヘネシス王国と同盟関係にある!今に見てろよ!軍隊に志願して貴様らの国を踏み躙ってくれるわい!」


 怒涛の勢いで、我が国を罵るハルケギニア王国の人たち。この怒りは当然だ。

 

「あ、あの……料理をお持ちしましたけど……」


 僕が悔しがっていると、いつしか、店員さんがコース料理が乗ったワゴンと共にやってきた。


 食欲が失せた。物憂げな表情で明後日の方向を見ているソフィアも多分同じだろう。


 居た堪れなくなった僕は立ち上がった。


 そして向こうの椅子に座っているソフィアの腕を掴む。


「エリック……」

「行こう」

「……うん」


 ソフィアはパッとしない面持ちで大人しく僕に従ってくれる。その姿を見てあまりにも申し訳ない気持ちになったので、僕は止まってしばしの間、目を瞑った。他国の位の低い男爵とその妻からあんな酷いことを言われたんだ。間違いなく周りの人たち同様、ソフィアも怒りを募らせると踏んだが、今の彼女は悲しい表情を浮かべている。


「エリック?どうした?」


 ソフィアが心配そうに聞く声がいやに胸に突き刺さる。


 なので僕は、



 目を開けて


「ここにいる皆さん!!ごめんなさい!!!でも、でも……必ず変えてみせるから!」


 と、大声で叫んでから頭を下げて、イラス王国の金貨一枚をテーブルに置き、いそいそとこのレストランを出た。


「ソフィアちゃん!」

「……」

「郵便局へ行こう」


 僕はソフィアの腕を強く掴みながら、近くの郵便局へと向かった。


X X X


「届くまでに時間はかかると思うけど、これで間違いなく、あの男爵は平民になるよ」

「そ、そうか……」

「……気晴らしに他のところへ行こう!せっかくのデートだしな!」

「そうだな……今日はデートだし」


 だが、ソフィアはどこに行っても、笑ってくれなかった。時には寂しい顔で僕を見つめて、時には悲しい面持ちで僕に視線を送る。


 デザート屋でもお土産屋でも僕たちはぎこちなくチラチラとお互いの顔色をうかがうだけだった。


 そして気がつくと、暮れなずむ斜陽が僕らを照らしていた。遅くなると、ソフィアのご両親と王宮の方々に失礼なので、もうそろそろ潮時だろう。


 ソフィアは乗ってきた馬車から少し離れたオルビスの湖の辺りに佇んでいる。黄昏時独特の夢幻的な雰囲気はソフィアをどこか遠いところへと連れて行ってしまいそうで、心が締め付けられる気分だ。


 美しいソフィア。けれど、僕の愛する女の子は諦念めいた顔で湖をひたすら眺めている。


 なので僕は、彼女に気づかないように後ろから歩いて、そのまま彼女を後ろからぎゅっと抱きしめた。ソフィアのお腹の感触、腕の柔さか。これは本物のソフィアだ。


「っ!エリック……急にどうした?」

「ソフィアちゃんが僕から離れていく気がして……」

「い、いや……私は……っ」


 後ろからだとソフィアがどんな表情をしているのか確認できない。もどかしい気持ちを感じる僕はソフィアの綺麗な顔を見るために、絡めた腕を解いて、一歩引く。


 すると、ソフィアは僕の意図を察してくれたのか、その綺麗な足を動かし、向きなおって僕を見た。相変わらず、美しい。サラサラした青い髪も潤んだ瞳も、陶器のように吸い付いた肌と整った顔も。


 ただ、何かが足りない。


「ソフィアちゃんの本音を言ってくれ。なぜそんなに悲しい表情をしているのか、その理由を教えてくれ。僕はソフィアのことをもっと知りたい」

「……私は……」


 揺れる瞳と自信を無くした顔。数秒間続く心地悪い沈黙。だけど、僕は待つことにした。


 そして彼女は、おもむろに口を開く。


「エリックは素敵で、謙虚で、優しい。それに引き換え、私は、ずっと剣士だったから、昼のレストランであの男爵の妻が言ったみたいに、気が強くて、気性も荒い……それに、男を喜ばせる方法もわからない……だから、きっとエリックは女としての魅力がない私に飽きて、いずれ他の魅力的な女と……」

「ソフィアちゃん……」

「それに、このタコだらけの手だって……ここについた時、私の手触ったよね……気持ち悪かったでしょ?普通の女性は手にタコができたら、殿方から色んな理由で嫌われるから、途中で諦めてお嫁に行くけど、私は……やっぱりあなたとは釣り合わない思う……私、あなたに優しくされる資格なんか……」


 と、ソフィアは、拳を握り込んで手のひらが見えないようにする。


 彼女の思い詰めた表情。その誰よりも弱くて誰よりも女の子らしい反応を見て僕は悟った。


 僕は、なんて愚かなんだ、と。


 ソフィアの気持ちも分からないまま、いろんな所連れ回して、彼女の胸の内を察する努力をしなかった。こんなの単なる自己満足にすぎない。


 だから、僕ははっきりと伝えないといけない。

 

 彼女が不安がる理由に対して、ちゃんとした答えを見せないといけない。恥ずかしい気持ちなんかどうでもいい。今、目の前でソフィアが悲しんでいる。この姿を見るほうが僕にとってはもっと苦しい。


 だから、伝えるのだ。




 僕の「本気」を




 僕は腰をかがめた。そして視線を外し、不安がっているソフィアの手に自分の手をそっと添える。びっくりするソフィアだが、僕は優しく彼女の指をひとつひとつ動かして行く。絡まりに絡まった糸を解くように丁寧にやっていくと、やがて、ソフィアのてのひらが現れた。


 戸惑うソフィアは僕を見下ろしては、オドオドしている。だが、僕は彼女を見上げ、










「そんな所も含めて好きになったよ」



 ちゅっ!



 彼女の掌に甘いキスをした。






追記


 ちゃん付けを乱発するのは良くないのでちょっと工夫しました。


 次話はソフィアちゃんの甘々具合マックスのシーンが見れますので期待してください!


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