15話 下級貴族と上級貴族

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 目が覚めた。僕とセーラがハルケギニア王国に来てから、だいぶ経つ。しかし、そのほとんどの時間は傷の治療を受けるために費やした。


 昨日の出来事を思い返してみたら、いまだに肌がそばだつ。王と王妃は僕に重ね重ね感謝の気持ちを伝えた。しかし、お二方とも昔のエリックに対するイメージが少し残っていたので、心配していた。が、僕は、この件に関してはもうすでに解決済みとの見解を示し続けた。シャインストーンについても、ワガママを言うイラス王国の商会の不埒なものどもを厳しく罰すると約束した。王と王妃はとても喜んでくれて、その見返りとして、ハルケギニアでしか流通しない最上級砂鉄をイラス王国に供給すると言って下さった。

 

 しかし、この話が実現するためには、エルニア王国のマンダネちゃん、ヘネシス王国のルビアとも仲直りしないといけない。


 だけど、今日は、特別な日だから、今後のことは、ソフィアとの大切な時間を満喫してから考えるとしよう。


 気持ちのいい朝の日差しがこの部屋を照り付けており、物静かな雰囲気が僕の心に安らぎを与えていた。


 セーラはすでに起きていて、この部屋にいない。本人曰くここの王宮メイドであるサフィナさんがあまりにも優秀だから、サフィナさんからメイドとしてのスキルを学びたいらしい。おそらくサフィナさんと一緒いるのだろう。


 イラス王国では、お父さんといい、昔のエリックといい、人々を奴隷のようにこき使って来たので、有能な執事やメイド、官僚たちは仕事をやめて、残っているのはお父さんと僕に媚びへつらうものがほとんどだ。


 やるべきことが山積みであることを考えるとため息が出てきそうになるが、昨日ソフィアが見せた笑顔を思い浮かべると、僕の広角が思わず釣り上がる。


「そろそろ行こうか」


 と、小さく独り言を言ってから、僕が貴賓室に行くと、セーラとサフィナさんが談笑を交わしていた。テーブルにはとても美味しそうなパン、ジャム、果物、ジュースが置いてある。


「エリック様!」

「おはよう!みんな!」

「ふふっ、おはようございます。エリック殿下」


 二人のメイドは僕を笑顔で歓迎してくれる。幼いけど、僕を信じ、ついてきてくれた僕の専属メイドセーラ。そして、紫色が印象的な不思議な印象のサフィナさん。二人して並んでいる姿を見ると、頬が緩む。


「あの、エリック様!」

「ん?」

「その……ソフィア様とのデート、応援します!」

「ありがとう!あ、サフィナさん!セーラちゃんのこと、よろしくお願いします!」

「はい!これからずっと一緒に仕事をすることになりましたもの、セーラを立派なメイドにして見せます!」

「そう言っていただけで、嬉しいです……ん?ずっと一緒に仕事?」

「エリック殿下、私もソフィア様とのこと、応援いたしております。エリック殿下の器なら、問題ないと思いますけど……ふふっ、罪な男ですね」

「あはは……頑張ります……」

「それでは、失礼いたします。セーラ、こっちこっち」

「あ、はい!サフィナさん。エリック様!私は食事を先に済ませたので、どうぞ!」

「うん!」


 と、二人はこの部屋から立ち去った。


「……いただきます」


 X X X


 食事を終えた僕は下級貴族の服を着て、約束の場所へとやってきた。約束の場所。それは、王族や貴賓たちの馬や馬車を管理するための厩舎きょうしゃ


 なので、管理人らしきもの数人が、馬に餌を与えている姿が散見される。中でも目立つ存在は親衛隊長。


 僕は親衛隊長に目くばせすると、彼はちょいちょいと手招き、僕をある馬車へと誘導する。その馬車は、王族のものではなく、上級貴族のものが使用するような形をしていた。


「エリック王太子殿下、話は通しておきましたので、城の正門をそのまま通ってください」

「ありがとうございます!」

「あの……」

 

 僕が馬車に乗って手綱を握ろうとしたら、親衛隊長が、僕を呼び止める。僕はキョトンと小首を傾げて続きを促した。


「ソフィア様をよろしくお願いします!」


 親衛隊長は頭を深く下げ、僕にお願いしてきた。それを受けて、僕はふむと頷いてから口を開く。


「はい!任せてください!」


 親衛隊長は僕の表情を見ては、満足げな顔で頷き返してくれた。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」



 と、僕は親衛隊長に手を振って、手綱を引っ張った。すると、馬は、その形のいい足を動かして馬車を動かす。おそらく、後ろの高級杉で作られた荷台には、ソフィアが座っているのだろう。


 ガラス製の窓があるから本来中身は確認できるが、カーテンのせいで見えない。


 早く、王宮を出よう。


 親衛隊長の言う通り、僕は周りに怪しまれることなく、無事に王宮を出ることができた。この道をまっすぐ行くと、王都が出てくるのだが、僕たちの目的地は、王都ではない。


 王都の人々はソフィアの顔をよく知っている。故に、二人きりのデートにはあまり適さない場所だと言えよう。


 なので、僕たちは、王都から少し離れたオルビスというハルケギニ王国で有名な保養地に向かっている。


「……」


 僕たちは特に話を交わすことなく、ひづめと地面がぶつかる音と、馬のいななきを聞きながらひたすら進んで行く。


「……」

 

 それにしても妙に静かだな……


 本当に乗っているのかな?


 ふと、そんな不安な気持ちがよぎった。


「あ、あの……ソフィアちゃん?」

「……」


 呼んでも返事がない。


 まさか……

 

「ソフィアちゃん?」

「……」


 おい……本当か?


 ソフィアのかわいい顔、見れないのか?


 焦る出すこの気持ちを抑えられないまま、僕は馬を止めた。


 そして、後ろの荷台についてあるガラスに口を近づけて、大声で彼女の名前を呼んだ。


「ソフィアちゃん!?」



「ひやっっっっっ!ななな何!?もももももうついたのか!?」


 どうやら僕の思い過ごしだったようだ。


「ごめん!カーテンで何も見えないし呼んでも返事がなかったから、荷台にいないかと思ってね。あと、まだついてないよ」

「……私はちゃんとエリックの後ろにいるから……」

「う、うん……」


 正直に言って、ソフィアがどんな格好なのかすごく見たいが、中からカーテンを取っ払わないと見えない仕組みになっているため、覗くことはできない。その気になれば、いくらでも自分の姿を僕に見せることはできるはずなのに、そうしないのは、おそらく、オルビスに着くまで見せる気はないのだろう。


 うう……もどかしい。


 僕は、深々とため息をついてから、再び手綱を取る。小一時間ほど走ると、心を落ち着かせるオルビスの湖のいい香りが鼻をくすぐる。


 噂によると、この湖の水源地には精霊たちが宿っていて、疲労回復や美肌効果があるらしい。それゆえ、世界中の王族や貴族の女性は、ここで作られた石鹸や化粧品などを買い占める勢いで購入するらしい。


「ついたのか……」


 湖の香りを嗅いだのはどうやら僕だけではないらしく、ソフィアが後ろから言ってきた。


「うん!ついたよ」


 湖を囲む緑。そして、ところどころ軒並べるお店。過去の記憶だと、エリックがここを訪れたことは、一回だけ。ソフィアにひどいセクハラ発言をしたあの時に僕はここを訪れて、官僚と貴族たちと共に贅沢の限りを尽くした。


 だが、今回は、下級貴族の格好で仲直りした美しい彼女と一緒にきている。そのことがあまりに嬉しすぎて、思わず息がもれてしまう。


 そんな僕は馬車を湖のほとりに停めた。


 彼女を見るために。


「ソフィアちゃん、降りて」

「う、うん……」

 

 僕は馬車の扉を開けて、手を伸ばすと、カーテンから、細い象牙色の手が出てきた。こんなに細いのに、勝負の時は、僕を軽く数メートルも飛ばしたから、不思議だよね。


 そんなことを思いつつ、僕はソフィアの手を握って、優しく引っ張り出した。すると、ソフィアは僕に身を委ねるように力を抜いて、ゆっくりとした動きで馬車から降りた。ずっと剣を握り続けてきたので、手のありとあらゆるところにタコができているが、それすらも愛おしく思えてしまう。


「エリック……」

「ソフィアちゃん……」

「あ、あまり、ジロジロ見るな……あと、手……ゴツゴツだから気持ち悪いだろ……」

「……」


 僕はソフィアの手を握ったまま、馬車から降りてきた彼女の美貌につい言葉を失ってしまった。


 いつもは、鎧や動きやすいドレス姿だった彼女が、今や、華やかな髪飾り、耳飾り、手飾り、そして、肌の露出の多い白いドレス、コントラストをつけるための緋色のハイヒール。美しい美貌に艶やかな衣装。どれも男を誘惑するためにつけたものだと思われるが、ものすごく上品である。


 そして、腰には、いつもの剣が付けられていた。


 普段のソフィアからは考えられないような様子である。そんな彼女は、目を潤ませて、僕から視線を外し、横顔を見せていた。


「やっぱりこんな華やかなスタイルは……私には似合わないよね……」

「い、いや……」

「?」





「あまりにも綺麗だから、どんな言葉をかければいいのかわからなくてさ……」

「え、え!?」

「ソフィアちゃんの手も髪の毛も目も鼻も唇もお腹も足も……全部綺麗で、頭がちょっと混乱したというか……あはは……」

「……エリック……もう……」


 ちょっと照れ臭くなって後ろ髪を引っ掻いていると、ソフィアは、僕の腕に抱きついてきてた。柔らかいソフィアの肌と、マシュマロより柔らかい二つの果実の織りなす極上の感触に戸惑いつつも、僕は、なるべく平静を装ってソフィアの顔を見つめる。


 彼女は色っぽく視線を送ってから、急に僕に頭を突きつけてくる。


 それがどういうサインなのかは無論、知っている。なので、僕はソフィアの肌を感じている右手ではなく空いている左手で、ソフィアの頭をなでなでしてあげた。


「ん……」

「ソフィアちゃんからは良い香りがする」

「……変態……」

「うっ!ご、ごめん!そんなつもりじゃ……」

「ふふっ、冗談だ。でも……」

「でも?」

「エリックに言われて、正体がバレないように貴族の格好をしてきたが、そ、その……バレたりしないのかな?」

「うん……確かに目立つとは思うけど……まあ、何かあれば僕が守ってあげるよ!」

「……ろくに剣も扱えないくせに、よく言うよ」


 と、言ってソフィアは僕を見上げながらジト目を向けてきた。その様子もまた、かわいくて、思わず僕は口角を吊り上げてしまった。


 僕の表情がお気に召さなかったのか、ソフィアは頬を膨らませて、僕を睨んでくる。


 絶対暗殺されない加護。それは僕と行動を共にする者たちにも適用されると、理のカケラさんが僕の「無意識」に刷り込ませてくれた。


 確かに、僕はソフィアよりは弱いが、





 ソフィアを守る。



 離れたところから見れば、僕たちは下級貴族と上級貴族のように映るのだろう。このことをイラス王国の者たちが知れば卒倒すると思う。


 だけど、身分とか、しきたりとか、そんなことは今の僕にとっては意味を成さない。


 なぜなら、僕は


 ソフィアが好きだから。


 彼女を愛しているから。


 そんな僕たちは二人並んで、近くにあるお店へと向かった。





追記



カクヨムの使い方が分からなくて、★レビューを2件も消してしまった……せっかく書いてくださったのに……

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