8話 怪しいソフィア
「それは……イラス王国の王族のみが持つ獅子のバッジ」
これまで穏やかだった貴賓室の雰囲気は、あっという間に冷え込んだ。まるで親に仇でも見つけたように美しい瞳は、青い炎で燃え盛るようで、殺伐とした空気が流れ込んでいた。
「貴様、何のつもりだ?」
そして剣を抜いてそれを僕の首に突きつける。憎悪と憎しみが宿っているソフィアの面持ち。一糸乱れぬ動きに僕は当惑する。だけど、僕は何とか声を絞り出してソフィアに言う。
「さっきも言ったように、君と仲直りをするためにやってきたんだ」
「今まで私をさんざん侮辱しておいて、よくもまあ、抜け抜けと……まさか、忘れたとは言わせんぞ!」
「もちろん、知っている。過去の僕は剣と剣術を重んじるソフィアを侮辱し、強引に僕のものにしようとしていた」
「それでけではない。シャインストーンの値段をなんの断りもなしに、急に上げて……ん!」
と、ソフィアは急に黙り込んだ。というのも、昔のエリックはいつもシャインストーンを武器に、ソフィアに脅しをかけてきた。自分のものにならなければ、シャインストーンの供給が難しくなると。自分の奴隷騎士になって、性的な快楽を与えろと。
だから、ソフィアは、舐められたくないのだ。シャインストーンで悩んでいることがバレたら、きっと昔のエリックから無茶を言われるから。
しかし、僕は、傍若無人の限りを尽くす昔のエリックではない。
やるべき事は一つ。
今、とても動揺しているソフィアを落ち着かせねば。
「シャインストーンの件でソフィアを困らせたくない。これからは、シャインストーンの値段を急に上げる不埒なものがいれば、厳罰に処するから」
「……貴様みたいな男の言うことなんか、信じられるか!」
ソフィアは手を震わせて上擦った声音で言った。手の震えと同時に剣も震えだしたので、下手したら、肌に触れそうで怖い。けれど、ソフィアは、僕を傷つけることなんかしない。心のなかでは、僕のことを殺したいと思っているはずなのに、今のソフィアは唇を噛み締めたまま僕を睨むだけ。
その姿がとても可憐で、可哀想で、ついつい保護欲が駆り立てられる。なので僕はソフィアの瞳を見つめて口を開いた。
「ソフィアちゃん……僕はソフィアちゃんのいつもの凛とした可愛い顔が見たいんだ。そんな恐怖に怯えるソフィアちゃんを見ると、心が苦しく……」
「ななな、何を言って……血迷ったか!?」
と、ソフィアは目を見開き、呆気に取られている。それもそのはず。過去のエリックはソフィアのことをいつもお前と呼び、その美しい美貌と体を貪るために酷いことを言ってきたんだ。そんな最低最悪の男からいきなりこんな優しい言葉をかけられるなんて……思いもしなかっただろう。
けれど、今のソフィアをほっておくのは出来ない。僕が日本の役所で働いていた時も同じだ。僕は、困った人、悲しむ人を見捨てることなんか出来ない性分だ。
気がつくと、僕はセーラの時と同じように、ソフィアを前から抱き締めていた。
剣を向けられてはいたが、思い詰めたソフィアの顔は見たくない。幸いな事に刃が僕の肌を貫くことはなく、ソフィアは剣を落とす。
聞き慣れない甲高い音が耳障りではあるが、今は目の前にいる女の子を慰めるのが先決。
「ききき……貴様!な、何をやっている!?私の身体を勝手に触るなんて……許さんぞ!」
「ソフィアちゃん、身体震えているよ。ちょっと落ち着こう。そしたら離すから……」
「戯言を……」
「いいから、息を荒げずに、ゆっくりと呼吸しよう」
「……」
「僕は昔のエリックではない。だからこうやってソフィアちゃんのいるところに、こんな格好でやってきたんだ」
「そんなの……信じられるわけがない。きっといつものように、悪巧みをして酷いことを言って……」
「……ソフィアちゃん、君が僕のことを信じないのはある意味、当たり前だ。けど、今のソフィアちゃんを見たら、居ても立っても居られなくて……」
「ん……」
僕とソフィアの体が擦れるたびに、ソフィアは自分の体をひくつかせる。きっと鍛えられた身体だから、固いと思っていたが、むしろ逆で凄く柔らかい。特に、そこそこある胸の柔肉は、マシュマロの如く、僕の胸を優しく押しており、腕、肩、腰も、実に美しい形をしている。そして、青い髪から漂ってくる何とも言えない香りが僕の鼻腔をくすぐった。正直、理性が崩壊寸前である。
さっき、王都でソフィアを見たある商人が、オリエント大陸における3代美女の一人だと彼女の外観を褒め称えた。お世辞抜きで、ソフィアは、日本のテレビに出てくる人気アイドル以上に美しい。
「……」
ずっと震えていたソフィアの身体は次第に落ち着きを取り戻し、呼吸も整っている。そしてどういうわけか、頬はほんのり赤みを帯びていた。
身体の調子でも悪いのか心配になったので僕は一旦離れて聞いてみる事にした。
「ソフィアちゃん、大丈夫?」
「……」
だが、彼女は無言を貫き、視線を外している。僕はそんな彼女の事がもっと心配になり、再び彼女に近づく。
「熱でもある?」
「さ、触るな!」
ピタッ
「ん!」
ソフィアの額へと手を伸ばしたが、彼女は勢いよく僕の手を跳ね除ける。
彼女の手は意外と痛かった。なので、僕は叩かれた手をさすって、物憂げな表情を浮かべながら
口を開いた。
「ごめんね、ソフィアちゃん。でも、ソフィアちゃん顔赤いしつい心配になって……」
「よ、余計なお世話よ!」
と、ソフィアは踵を返して落ちていた剣を拾って、入り口へとスタスタと歩く。そして、なにか思いついたように止まって、話し出す。
「貴様がここにいることが知れ渡れば大騒ぎになりかねない。だからしばらくの間は下級貴族のままここに泊まることを許可する……」
そう簡潔に伝えて、ソフィアは、この貴賓室から去った。
「はあ……仲直りはまだ出来てないけど、追い出されずに済んだだけマシか……よかった」
そう言ってから僕は安堵のため息をつきながら、セーラを見てみる。
すると
「ん……」
セーラもソフィアと同様、顔を赤く染めて、目を逸らしている。加えて、スカートを両手で強く握り込んでおり、モジモジしている。そのいたい気な姿がとても可愛かったので僕はいつも通り、セーラの頭を撫で撫でするために近寄ったが、
「エリック様、い、今はダメです!」
「え?」
断られてしまった。
まあ、いっか。
追記
あ、甘い
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