51話 帰還と裁き

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 一ヶ月が経った。エステル女王は完全に昔の元気と美しさを取り戻し、自分に毒を盛った勢力とルビアを焚きつけてよからぬ事を企んでいた貴族たちの粛清を行った。


 結果、3分の1に当たる爵位が消し飛んで、数えきれないほどの人たちが死んだ。国外に逃げた勢力に至っては、隣国(ハルケギニア王国、エルニア王国)に手紙を送ったので、ほとんどのものが捕まったという。


 エステル女王は美貌もさることながら、政治においてもかなりのやり手で、この粛清作業を、短期間で成功させた。


 僕とセーラとソフィアとマンダネは、エステル女王をフォローしつつ、ルビアとも仲良くなって、王宮内では、僕たちの噂で持ちきり状態である。


 そして今、


 エステル女王含む僕たちは、2000人の兵を引き連れて、イラス王国へと向かっている。


 エステル女王とルビアがいない間、宰相であるブリンケンさんが女王の代理となって国政を担うこととなった。


 ちなみに、僕にロックスリングをくれたケルツという平民看守も同行している。彼のおかげでネフィリムのボスを倒すことができたんだ。それ相応の見返りを与えねば。


 父上にはあらかじめ手紙を書いたので、状況はある程度、把握しているはずだ。

 

 移動中、この美人三姫とかわいいメイドと甘々な時間を送りたかったが、そんな頬が緩むような展開はなかった。我が国であるイラス王国に入ったらどのように話を進めていけばいいのか、どのタイミングで平和宣言を発表するのかといった主に実務的な会話を交わしていた。



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キュロスside


王の執務室



 

 俺は嘘つきで臆病者だ。


 今まで俺は暴虐の限りを尽くし、圧政を敷いてきた。おかげで、俺に逆らうものは一人もいない。みんな俺を褒め称え、ひれ伏す。オリエント大陸だけでなく、遠いところからきた偉大な商人たちも、タルシシュと呼ばれる船に沈むほどの金銀や宝石を積んで、俺に献上する。


 このように誰もが憧れ、恐る地位に就いている俺は、


 嘘つきで臆病者だ。


 目に入れても痛くない俺の息子・エリックが送ってきた手紙を読んでから、俺は自分という人間がどれほど醜悪で軟弱なのか思い知った。


 俺は親失格だ。


 全部、俺が招いた結果なのに、あえて現実から目を逸らし、強いふりをしてきた。


 いつもの俺なら、エリックを護衛なしで旅に行かせるような真似はしない。けれど、俺は、エリックを旅に行かせた。父としての尊厳を保ちながら情けなく一人しかいない我が大切な息子に全てを擦りつけたのだ。


 だけど、エリックは成し遂げだ。

 

 そして、エリックは、全てを知ってしまった。


 果たして、エリックは俺をどのように思うのだろうか。


 深々とため息をついて、紅茶を飲んでいると、突然親衛隊のうち一人がドア越しに言ってくる。


「陛下!大変でございます!」

「……入れ」


 きたか。


 親衛隊はドアが開かれた途端に大急ぎに俺の前にやってきてひれ伏した。そして顔をあげて


「国境付近にてヘネシス王国側と思しき2000人の兵が現れました!」

「……」

「兵たちの中にはエリック王太子殿下もおられるとのことです!い、いかがなさいますでしょうか?」


 目の前の親衛隊は恐怖に支配された顔をしている。おそらく俺が怒りを露わにする事を恐れての反応だろう。


 だが、


「国境を守る兵たちに伝えろ。国境付近に現れたヘネシス王国の人々やその同行人に傷をつけてはならないと。もし、傷をつけたものは、平民貴族関係なく、俺の手によって必ず殺されると。そして、殺されるものの家族は例外なくイラス王国の市民権を剥奪して奴隷になる、と」

「は、はい?」

「あと、福利厚生を担当する長官に2000人が泊まれる宿を用意するようにと伝えろ。その2000人のうち、4人は貴賓用の部屋に泊まる」

「か、かしこまりました!」


 新兵隊は一瞬戸惑ったが、やがて俺の命令に従い、いそいそとこの執務室から走り去った。


 運命の時がきたようだ。


 エステルと我が息子と姫たちを迎えよう。


 俺は重い足取りで数十人ほどの有能な親衛隊を引き連れて、国境に向かった。


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 エリックside


 僕たちは今、国境にいる。最初こそ我が国の国境警備隊にものすごく警戒されたが、僕たちに戦意がない事を察した彼らが小首を傾げていた。そしてしばしたつと、他の兵が彼らに耳打ちした。そしたら急に、国境警備隊の人々は恐怖して、武器を捨てた。


 配置的には、最前線にエステル女王、隣に僕、そして後ろに三人の姫、その後ろに多くの兵士といった感じである。ちなみに僕たちは馬に乗っている。


 数十分後、ヘネシス側とイラス側がお互いを見つめ合っていると、見慣れた男と数十人の親衛隊が、国境の門の前に現れた。


 父上。


 父上は国境警備隊の長に耳打ちすると、やがて、その長が、国境の城壁のてっぺんに登り、僕たちに向かって大声で叫ぶ。


「入国を許可する!我々はあなた方に被害を与えない!」

 

 国境警備隊の長の声を聞いたエステル女王は、後ろを振り向いて大声で叫ぶ。


「イラス王国の兵士や民らに被害を与えたら、私の手によって必ず殺されなければならない!中に入れ!」


「「はあ!」」


 と、エステル女王の覇気のある声音に鼓舞された2000人の兵士は大声で答えた。


 そして移動する僕たち。


 門に近づくにつれて、父上の姿が鮮明になってくる。エステル女王は物憂げな面持ちで父上から目を逸らしながら前へと進んでいった。


「ただいま戻りました!父上!」

「ああ。無事で何よりだ」


 父上はエステル女王以上に悲しい表情で僕を見ている。周りにはエステル女王と3人の姫が僕たち親子を見つめている。

 

 なので僕は、馬から降りて父上に優しく語りかけた。


「僕を産んでくれて誠にありがとうございます。おかげで、たくさんの事を学ぶ事ができました。とても辛いこともありましたけど、今の僕はとても幸せです!どうか父上の権威と力が末長く続きますように……」


 と、言って、僕は片膝を地面につけて、頭を下げた。


「エリック……」


 そして頭を上げて父上の顔を見ると、なんと少し目を潤ませて、顔を綻ばせていた。



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 エリックの帰還にイラス王国の国中が騒然となっている。まずはヘネシス王国からきた2000人の兵士に泊まる場所や食べ物などを用意するために、福利厚生を担当する長官などが奔放し、高級旅館や貴族の別荘、アンティオキア商会が保有している施設などをいそいそと用意した。


 最初イラス王国の民らはヘネシス王国からきた人たちを訝しんでいたが、キュロス王の言葉を聞いてからは、みんな恐れをなし、関係者以外は、近づこうともしなかった。


 時間はあっという間に過ぎ、気がつくともう夜である。


 キュロス王の部屋。


 いつもはずっと一人だったが、今は二人の男女がいる。

 

 この部屋の主であるキュロス王と風呂上がりのエステル女王。


 彼女は、露出多めの寝巻き姿で、その恵まれた美貌と体を出し惜しみせず見せつけている。ルビアよりは短いピンク色の髪に、青色の瞳、そして整った顔。体に至っては完璧そのものだった。往年の彼女はヘネシス王国で最も美しい女性として崇められていた。その美貌は廃れることなく、キュロスの瞳に映っている。


 一見、色っぽい光景だが、彼女が手にしている二つのものの正体を知れば、これは色恋沙汰ではないという事がすぐにわかるであろう。


 短剣とガイアの証


 ガイアの証とは、聖杯の形をした嘘探知機のようなものだ。対象者はこの聖杯の中に自分の血液を数滴入れ、いくつかのガイアの関する質問を受ける。「あなたがガイアの名において誓ったXXは嘘なのか」とか、「では、嘘ではない事を言葉で証明せよ」といった感じだ。


 もし、ここで対象者が嘘をついた場合は、このガイアの証は破壊され、






 対象者は必ず殺されなければならない。






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「……」


 僕は暗い表情のまま、僕の部屋のベッドに座っている。僕は父上の心を読むことができない。場合によっては、父上がガイアを裏切ったことで、エステル女王から裁きを受け、殺されることだったあり得る。


 いくらポジティブシンキングを心がけても、この震える手を足を落ち着かせることはできなかった。


 だが、


「エリック様」

「エリック」

「エリック」


 いつしか、いつもの3人が僕を優しく抱きしめてくれた。


「この婢女がそばにおります」

「エリックは一人ではない」

「私がいつも、あなたを包み込んであげます」


 この温もり……単なる肉と肉が擦れ合うだけだというのに、なぜこんなに癒されるんだろう。


「ああ。僕たちは一緒だよ。そして、ルビアも」


 ルビアは、二人の様子を覗くと言って、ここにはいない。


 もう、僕がしてあげられることは何もない。


 父上の人間性と心が、全てを決すると言っても過言ではなかろう。


 お願い……どうか、父上の心が正しいものとされますように。






追記



 エステル女王の風呂上がり姿、想像しちゃった……


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