52話 血

 二人は向かい合ったまま、冴えない顔をしている。しばし沈黙が流れているが、緊張が和らぐ様子は見えない。


「キュロス……私がここにきた理由……わかりますか?」


 妖艶な顔、でも、その表情には他者を寄せつけない威厳がある。


「ああ。もうこれ以上引きずるわけにはいかない……エリックに負担をかけるのは心が痛い」

「……わかりました。じゃ、このガイアの証にあなたの血を」

「……」


 エステル女王は彼にさかずきの形をしたガイアの証を渡すために近づいた。久々の再開。そして懐かしい匂い。二人は一瞬、過去を思い浮かべては、頬を赤く染める。


「っ!」


 キュロスは自分の親指を噛んだ。そして出てくる血は、受け取った盃の中に入っていく。数秒たつと、このガイアの証と呼ばれる盃は赤く光り始める。


 数歩離れたエステル女王は彼に問いかけた。






「あなたは、ガイアの名において、私を永遠に愛すると誓いました。それは嘘ですか?」



 今にも涙が流れるんじゃないかと思うほど、エステル女王は目を潤ませている。彼の言葉によって、そして、この盃の反応によって運命が決まる。


「……お母様」


 隙間から覗き込んでいるルビアも悲しい面持ちである。


 緊張が走る中、いよいよキュロス王が口を開いた。





「俺は……俺は……お前を永遠に愛している。この心は、一度も変わったことがない!」



「っ!」



 予想外の返答にエステル女王が目をはたと見開いた。


 そして、肝心のガイアの証は、


 青い光を発していた。


 彼の言葉が真実である証である。


「し、信じられない……なぜ……」


 エステル女王は同様している。彼は自分の処女を奪っておいて、結局自分を捨てた最悪の人間だ。


 なのに……


 ガイアの証は彼の心に偽りがないと言っている。


「俺は……お前を見捨ててしまった。権力を手に入れるために……周りの人たちに騙されて、挑発されて……」

「……」

「でも、俺は気づいてしまったんだ。俺の周りの人間はみんな嘘つきで泥棒で、虎視眈々と俺の権力を奪おうとする輩だと……そんな輩が俺たちの関係に嫉妬して、我が国とヘネシス王国の関係を悪化させた。回復が出来なくなるほどにな」

「……」

「その上、俺は兄弟や親族から命を狙われるようになった。自分の失敗を隠すためにもっと頑なになって、俺の王位継承権を奪おうとする兄弟や親族を皆殺しにして、恐怖政治を敷いた」


 頭を少しあげて自嘲気味に笑うキュロス王はまた続ける。


「だけど、残るのは虚しい気持ち。この感情を消すために、俺はもっと圧政を敷いて……これの繰り返しだった」

「キュロス……」

「俺は、お前にあまりも多くの傷を負わせた。だから、手に持っているその剣で、俺を好きにするがいい……王位はエリックが継ぐから問題ない」

 

 諦念めいた顔、キュロス王はため息をついて顔を上てエステル女王を見つめる。


 するとエステル女王は



「キュロス……キュロス……キュロス!!!!」



 彼の名を呼び、短剣を彼の心臓に向けて走り出す。


「キュロス!!!!!!!!!!!」



 そして、


 剣は、キュロス王の肌を貫く。




「エステル……」

「ずるいです……そんなこと言われたら……あなたを殺せません……」

「……」

「私が受けてきた屈辱と辱め……あなたは償わなければなりません」

「俺は、償う資格もない惨めな男だ」


 剣は、キュロス王の脇腹を少し掠っただけで、血は出ているものの致命傷ではない。


「私は、惨めな男に処女を捧げた覚えはありません」

「エステル……」


 エステル女王とキュロス王は至近距離でお互いを見つめあっている。言葉こと交わしてないが、言葉では言い表せない感情をこの王と女王は交換しあった。


 そして、キュロスは、


 エステル女王を優しく抱きしめる。


 すると彼女は、剣を落として、この懐かしい温もりに身を委ねる。


「あなたからは、女の匂いが一切しませんね」

「ああ……妻が死んで以来、俺は一度も……しようとするたびに、お前の悲しむ顔が浮かんできたから……」

「私は、死んだあの男からずっとひどいことをされました。なので、私もあれ以来一度も……しかし私は、覚えています。処女だった私にくれた優しい温もりを……」

「エステル……」

「あなた……」



 ちゅっ!




X X X



 ルビアside



 お母様のあんな表情は初めて見た。


 王妃だった頃のお母様はずっと悲しい表情をしていた。女王になってからは、人間が持ちうる感情の全てを捨て、冷静で冷酷な人間のように振る舞っていた。この二つの印象は、私に強い影響を与え、女というものはああであるべきだと、密かに教え込まれたのだ。


 だが、あの姿は……


「……」

 

 激しく誰かを求め、喜び、自分の弱いところを余すところなく曝け出すお母様の姿は、儚くも美しい。


 お母様をあんなふうにさせたキュロスという男は、きっとお母様を幸せにすることができる人だろう。


 だって、あんなお母様を見てしまうと、あえて否定しようとする自分が馬鹿みたいに映ってしまう。

 

 お母様は、女王であり、私の母であり、






 一人の女だ。





X X X



エリックside



 日差しが僕を照らした。一人だと、眠ることなんてできなかったはずだ。けれど、僕には、大切な存在がいる。


「エリックしゃま……」

「エリック……激しい……」

「ん……よちよち……エリック……私が全部受け止めてあげましゅよ……」


 僕のベッドで寝ている3人の女の子。この愛くるしい姿をこれからも見ることができるなんて……本当に僕は恵まれた男だ。


 だから、僕は現実を受け止めなければならない。


 そう自分を戒めてから3人を起こさないようにベッドから降りて、ドアを開いた。


 すると


「ルビア!?」


 寝巻き姿のルビアが、僕の前に立っていた。


 潤んだ赤い瞳、妖艶な顔、ブルブル震える体。何かを必死に我慢しているようにも見える彼女に、僕は問うた。


「お二方は?」

 

 すると、彼女は返事する。







「とおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっても熱かった……」

「え?どういうこと?」


 

 ルビアの言葉が理解できなかった僕は、いそいそと父上の部屋を訪れた。

 

「父上!!!!!!!!ご無事ですか!!!!!!!!!!」


 あまりにも父上が心配になり、許可を得ずに入ると、



「エリック!?」

「エリック王太子!?」


 すると、ベッドにいる二人は、下着だけを着たまま、僕を見てびっくり仰天する。


 父は無事だ……


「父上!!!!!!!」

 

 僕は父上に飛び込んだ。


「エリック……俺は無事だ。」

「よかった……本当によかったです!」

「ふふ、やっぱりエリック王太子は優しいですね。あなたと一緒ならルビアもきっと幸せになれると確信しました。これから私の娘をよろしくお願いします」

「エステル女王……」

「独占欲の強い子なので、大切に扱わないと、酷い目に遭うかもです。なんせオリエント大陸で最も美しい女の子ですから……うふっ」

「あはは……」


 会話が終わると父上とエステル女王は、僕を優しく抱きしめてくれた。僕は無意識のうちにベッドのシーツに目がいった。そこには、少量の血がついていた。まるで昔のように。





「うまくいったみたいですね!エリック様とても幸せそう……」

「ああ。やるべきことはまだ山ほどあるが、もうすぐ私たちの念願は叶う」

「エリック……今のうちに精のつく料理を……ん?ルビア?なんでそんなに顔が赤いんですか?」

「……なんでもないわ」



 そして、この光景を、とても微笑ましげに見つめる寝巻き姿の4人の女の子たち。






追記



 次次回で完結すると思います。


 必ず最後まで読んでください。

 

 新作を投稿していく予定です。

 

 最終回でURL貼っときますので宜しくお願いします!


 異世界+魔法+ハーレム+スローライフ+ヤンデレという要素が入っています!


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