42話 ルビアの心境と最終ミッション!?
「貴様が憎い!!死ね!!」
そう叫びながら僕の上に乗っかってほっぺたを叩いたり、長い爪で引っ掻いたりと暴れている。
「姫殿下!これは一体……」
看守の男がこの物々しい光景を見ながら呆気に取られている。
「憎い!憎い!憎い!!!!!」
「……」
けれど、僕はルビアの拳を掴んで防御しない。しないというよりできなかった。
「チリになりなさい!!!エリック!!!」
もちろん、ナイフや鉄槌といった道具はないが、華奢なルビアの拳と爪は意外と痛い。
「早く止めないといけないのに……姫殿下の体に触れたら、俺は処刑されてしまう……」
そう小声で言って、恐れる看守は何もできずにただただ佇んでいるだけだった。
「……」
「なんで何も言わないの!?」
「……」
「あの汚い男の血を継いでいる貴様の心の奥底に隠れている醜悪な本性など、全部知っているわ。だから……私が貴様を殺せるようにその本性を現しなさい!」
心が痛かった。なぜこんなにも綺麗で可愛い女の子が、悲しさと怒りが混じった顔で毒を吐いているのか。だけど、今そんなことを考える余裕はない。
僕の手と足は自由だ。もし、昔のエリックだったら、きっとルビアに酷いことをしたことだろう。いくらなんでも僕は男だ。力においては、僕の方に軍配が上がる。もちろん、ルビアもそれをよく知っているはずだ。
だけど、こんな無防備な行動に走ったということは、それほどルビアは追い詰められたということだ。
なので、僕は、僕を思いっきり殴っているルビアの背中に腕を回して、
彼女を優しく抱きしめてあげた。
「っ!」
「ルビア……」
柔らかい。とても柔らかい。身体全体からとてもいい香料の香りが漂っていて、身体のパーツ一つ一つが美しい。
だけど、ルビアは悲しんでいた。
「何を!?」
「僕は、ルビアを傷つけない」
「戯言を……」
「僕はルビアがどんな闇を抱えているのか知らない。僕を殴るのは別にいいさ……昔酷いことを言ったのは事実だから。けど、ルビアのあんな悲しい表情を見るのは絶対いやだ!」
「っ!貴様!な、何を言ってるのかしら!」
「ルビアを助ける」
「はあ!?なにバカなことを」
「言っただろ?僕はルビアと仲直りするためにここにやってきたんだ」
「……うるさい……うるさい!うるさい!うるさい!」
僕に抱きしめられながら僕の全ての言葉を全否定するルビアに僕は大声で彼女の名前を呼んだ。
「ルビア!」
「っ!なに?」
すると、ルビアは身体をびくつかせてから僕を見つめてきた。美しいルビ色の瞳からは透明な涙が流れていて、完璧な形の顔がとても切なく感じられる。
「しばらく、このままでいよう。ルビアは今冷静ではない。危害を加えたり酷いことを言ったりしないから、僕を信じてくれ」
「貴様の言うことなんか信用できない」
「もし、僕がここで、ルビアに対してよくないことをしたら、殺しても構わない。僕の目を見てくれ」
「……」
「僕は、ルビアを助ける」
「……」
ルビアは口を噤んだままなんの返事もしてこない。
「力を抜いて」
「……」
「いつも気を引き締めていたんでしょ?これから良くなるから……楽にして」
「……」
「す、すごい……怒り出すと収拾がつかない姫殿下をあんなふうに……」
横にいた看守がなにやら独り言を言った気がするが、聞き取れなかった。
そして、数分経った頃、誰かが急いで走ってくる音が聞こえてくる。
「何事だ!?」
「エルゼ様!たたた、大変です!あ、今は大変じゃないかもしれませんけど」
「なんだ?その中途半端な返答は?」
「そ、それがですね……」
エルゼさんは看守が指差すところに視線を向ける。すると、彼女は目を丸くし、びっくりした。
「ルビア姫殿下!?」
「エルゼ!?」
僕の上の乗っかる形で抱きしめられているルビアはエルゼさんを見て、急に顔色を変える。そして、僕とエルゼさんを交互に見て、今置かれている状況を分析し始めた。数秒たつと、「うっ」と謎の音を出してから、急に頬を赤くして口を開く。
「ひ、ひゃっ!き、貴様!私の体に触れるなんて、このしれもの!!!」
「ヴアッ!」
僕のほっぺたをフルパワーで叩いてから急に立ち上がるルビア。
「ルビア姫殿下!?どうされましたか?」
「なんでもないわよ!詮索しないで!」
「は、はい……」
と、ルビアは足速にこの牢屋を後にする。納得いかない表情のエルゼさんは渋々、ルビアの後を追った。
看守は口をOの字にしたまま数分間佇んでいる。ちなみに僕の牢屋の鍵は開けっぱなしである。
「……あの看守さん」
「は、はい!」
「鍵、開けっぱなしですけど……」
「す、すみません!すぐ閉めますんで!」
と、看守はおどおどしながら、僕のところにやってきたは、鍵をかけた。それから、僕の顔を数秒間見つめる。
「な、なんでしょうか……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
と、看守さんは何かが閃いたような表情を浮かべたまま、外に繋がる分厚いドアを開けて出て行った。そして、数分後、たたたっと再びここにやってきた看守が、僕に何かを渡した。葉っぱの上に、硬いジェルみたいなものがついている。
「これは……」
「軟膏です。傷跡が残ったら大変ですからそれを使ってください。一番効くやつです」
「あ、ありがとうございます」
「いいえ。あなたは王族ですからね。しかし、とても意外でした」
「意外?」
僕は首や顔に軟膏を塗りながら小首を傾げる。
「イラス王国を治める王とその息子は、暴君だと聞きましたけど、さっきのやりとりを聞くと、姫殿下の方が……いいえ!なんでもありません!」
「ふふっ。あなたは優しい方ですね。名前を教えていただけますか?」
「お、俺は……ケルツと申します」
「ケルツさん……わかりました。僕はエリック。これからもよろしくお願いします!」
「はい!こちらこそ!」
なんだか微笑ましい雰囲気が漂っている。
「あの……何かあれば、ベルを鳴らしてくださいね。それじゃ」
「は、はい!ありがとうございました!」
と、ケルツさんは、この牢屋から出ていき、扉を閉める。すると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「エリック王太子殿」
「ブリンケンさん!起きていたんですね!」
「さっきのやりとりは全部聞かせていただきました」
「あはは……恥ずかしいな」
「いいえ。ルビア姫殿下を落ち着かせられるほどの器の広さ……チャンスは必ずやってきます!」
「はい!」
それから、ブリンケンさんは、この王国を取り巻く政治状況を教えてくれた。
X X X
「お母様……」
「……」
エリックと一悶着あってから、すぐに自分の部屋に戻るわけではなく、自分の母であるエステル女王の部屋に立ち寄ったルビア。
だが、エステル女王は寝たきりで娘の存在に気づいていない。毒を盛られたエステル女王は徐々に生気がなくなっていて、医者からは、あと一ヶ月くらいと余命を宣告された。
『きっと、出口の見つからない状況に置かれたとしても、報われます』
「……」
この間、セーラに言われた言葉が脳裏を過ぎる。
そして、
『僕は、ルビアを助ける』
いくら否定しようとしても、彼と彼の父を呪い尽くそうとしても、彼のまっすぐな瞳と、温もりはルビアの頭から消えてはくれなかった。
男のいやらしい視線ではなく、優しい眼差し。
抱きしめられた時に感じた感情は、醜悪なものではなく、自分の母に抱きしめられた時に感じた気持ちに酷似していた。
彼女は鋭い。けれどいくら神経を尖らしてさっきの出来事に対して否定的な捉え方をしようとしても、彼から悪意は感じられなかった。今まで悪意のある男はことごとく粛清してきた。けれど、彼はそんな男たちとは違った。
それが悔しくて悔しくてたまらないけど、一方では彼の優しさが自分の枯れ果てた心に雨を降らし、潤している気がしてならなかった。
違う、あれは単なる私の勘違いでしかないと、そう自分に言い聞かせようとするものの、あの男の顔と体の感触は今もなお鮮やかである。
X X X
真夜中、ヘネシス王宮の一番奥にある貴賓用の部屋には二人の美女と一人の平民メイドが同じベッドで寝そべっており、顔を合わせている。
「エリックとルビアを仲直りさせるためには、やはりあの方法しかない。私が剣でエリックを守れば、うまく行くはずだ」
「ソフィア……本当にいいですか?」
「ソフィア姫様、相手は人間ではありません」
「でもやるしかない。私はエリックの女だ。今までエリックは私たちに奇跡を見せてくれた。だから、今度は、私たちがエリックに奇跡を見せる番だ」
「……そうですね……私たちはエリックの女です……命をかけるくらいの覚悟がないとなにも成し遂げられません。エリックは命をかけて、私と私の王国を助けてくれました!」
「私も……エリック様の所有物として、エリック様を助けます!」
ソフィアは二人の真面目な表情を見て満足げに頷くと、やがて、悲壮感漂う顔でこう言う。
「ネフィリムと呼ばれる巨人たちが住む地区に潜り込み、そこでとれる命の木の実のカケラを手に入れる。それこそがエステル女王陛下が助かる唯一の方法だ。もしエリックが命の木の実をルビアに渡せば、ルビアはエリックを認めざるを得なくなるだろう」
追記
最終ミッション発生!?
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