43話 エリックとソフィアは旅立つ

X X X

 

 ルビアが僕を襲ってからまた数日が経った朝のことだった。


「ん……」


 僕のいる牢獄に窓はなく、煉瓦の隙間から差し込んでくる光と雀の鳴き声が朝であることを知らせてくれた。ここは王族に大罪を犯した上流貴族のために設けられた牢屋。なので、ルビアからの暴力を除けば、僕に危害を加える存在はない。今日もあのケルツという看守に監視されながら一日を過ごすことになるだろう。


 心の中でそう考えながら目を開けると、


「エリック様……」

「セーラ」


 目の前には華やかなメイド服を身に纏っているセーラが目をうるうるさせて僕を見つめている。起き抜けの気だるさは、すっ飛んでしまった。


 なので、僕は起き上がり、セーラのところへと歩む。


「セーラ!」

「エリック様!!」


 だが、僕たちの間を遮る鉄柵の存在によって僕たちは手を握ることしかできない。しかし、僕らはお互いの手が触れただけでも嬉しくて、セーラに至っては涙を流した。それにしても、セーラがここにきてもいいのだろうか、と、疑問に思ってセーラの可愛い顔を見つめていると、彼女は、僕の心を察し、涙を拭いながら口を開く。


「ルビア姫様の許可はいただいておりますので、ご安心を」

「そうか、それはよかった」


 それから、セーラはこれまでのことを包み隠さず言ってくれた。セーラはルビアに仕えるメイドになって、かわいがってもらっていることも。ソフィアとセーラは僕がルビアと仲直りするための作戦を考えている事も。戦争を望む勢力にルビアが利用されていることも。


 セーラの情報は、ブリンケンさんが言っていたことと、ほぼ一致していた。だけど、僕の専属メイドから直接話を聞くと、臨場感が違う。そして僕たちの話を密かに聞いていたブリンケンさんも加わり、話は盛り上がる。だが、命の木の実のかけらの話が出た途端に、急にブリンケンさんは語気を強めた。


「それはいけませぬ!命の木の実のカケラは……とても危ない!それを王太子殿とソフィア姫殿下にやらせるわけにはいきません!」


 急に顔色を変え、捲し立てるブリンケンさんに僕は眉根を顰めて質問を投げかける。


「そ、そんなに危ないことですか?」

「はい。巨人居住地区は、ここヘネシス王国の国境沿いに位置するところで、今まで、ヘネシス王国の精鋭部隊をたくさん投入させても一度も勝ったことのない力強いネフィリムたちが住んでいる極めき危ない難攻不落のような区域です!」

「……」

「……」


 力説するブリンケンさんに、僕とセーラは圧倒されてしまう。だけど、命の木の実のカケラという希望の単語に僕は内心惹かれた。なので、聞いてみることにした。


「今までその命の木の実のカケラをとったものは存在しますか?」

「……それは、100年前に一人います」

「その人は誰ですか?」

「……アケメネス大王でございます」

「ヘネシス王国の中で一番偉大な王と称されるもの」

「そうでございます……」

 

 つまり、歴史に名を残すほどの偉大なる大王くらいの器を持つものでないと、命の木の実のカケラを獲ることなどできない。


 だが、今の僕はそんな王とか英雄とかどうでもよく、


 ルビアの笑顔が見たい。


「やります。僕が行きます」

「え?」

「セーラ」

「はい!」

「ルビアに伝えてくれ。僕が行くと。絶対ルビアの母を救ってみせると!」

「仰せのままに!」






 ブリンケンは、一瞬エリックと止めようとした。イラス王国とヘネシス王国は、今にも戦争が起こるんじゃないかと危惧されるほど関係が悪い。


 だが、その敵国の次期王であるエリックの瞳はあまりにも熱く燃え上がっていた。

 

 なのでブリンケンはその尊い姿に言葉を失い、恐れを抱いたため、何も言えなかった。




X X X


 セーラはスケジュールが目白押しであるルビアの部屋に行き、エリックが言っていたことを一語一句違わず伝えた。すると、ルビアは突然震え上がり、全てのスケジュールをキャンセルさせて、着飾った姿のまま、エルゼを連れてエリックのいる牢屋に走っていく。


「どういうつもりなのかしら?気でも狂ったの?」

「……」


 セーラを帰してから5分も経ってないというのに、食いつくの早すぎるだろこれは……

 

 と、一瞬げんなりしたが、むしろ好都合だということに安心感を覚えた。なので僕は真面目な顔をルビアに向けて


「エステル女王陛下を救って、ルビアとも仲直りしてみせる」

「……はは、あははは!!愚かね!!私は今まで最も強いとされる兵隊をあそこに送り込んできたわ。でも生きて帰ったものは一人もいなかった。命の木の実を持ってきたものには豪邸と爵位を与えると言っても、みんなネフィリムという名の巨人を恐れて、あの地区に近づくものすらいなかったわ!」


 語気を強めて捲し立てるルビア。また、悲しい顔をしている。


 だから、



「だから、僕が行くよ。ルビアの笑顔が見たんだ」



「っ!な、何を言って……」



「ルビアはこの大陸で最も美しい女として崇められている。だけど、その美しさよりも、明るく笑う無邪気な女の子のような姿が見てみたいんだ」


「っ!キキキ貴様!私に向かってなんていう口の聞き方を……」

「行かせて。早く行かないと、エステル女王陛下は助からない」


 僕が真剣な眼差しをルビアに向けると、彼女は視線を逸らして、口をもにゅらせる。


 それから、


「……そんなに死を急ぎたいなら、行きなさい。貴様はその愚かさゆえに、命を失うだろう」

「ううん。僕は死なない。ルビアと仲直りして、幸せに暮らすから」

「っ!!!!お黙りなさい!!!!」

「ふふ、ごめんね」


 どうやらこれで許可は降りたようだ。その憤怒を幸せに変えてみせる。


 なので、僕は牢屋から出て、体を綺麗に洗い、3人が泊まる貴賓用の部屋に入った。すると、


「エリック様!!!!!!」

「エリック!!!!!!」

「エリック!!!!!!」


「みんな……流石に3人同時に飛び込んでくるのは……ヴアッ!!」


 

 僕は久しぶりに3人の暖かな体温を感じることができた。3人とも僕の上に覆いかぶさる形で頭を僕の胸にくっつけている。


 や、やばい……いつもイチャイチャしているから気づいてなかったけど、3人ってこんなにいい香りを漂わせていたのか……この香りを他の男に嗅がせたくない。僕だけのものにしたい。


 そんな独占欲が心の中で芽生え始めるのを感じながら、僕は、両腕を使って3人を強く抱きしめた。


「ごめん……セーラとソフィアとマンダネは僕のために色々頑張ってくれたのに、僕がこんなことくらいしかやってあげられなくて……」

「エリック様……私はこれがいいんです」

「エリック……私はエリックの女だ。愛する男のために命を捧げるのは当然だ。だから……だから……」

「エリック、ルビアと仲直りしたら、私たちをあなたの愛に溺れさせてください」



「ああ。もちろんだ。永遠の愛を誓おう」



 そう優しく囁いて、僕たちは甘い時間と共に共有した。一線を越えるようなことはしてないが、お互いの愛は既にMAX状態だった。




X X X


 数日後の朝


 僕とソフィアは、巨人居住地区に行くために、馬に乗ったまま、城を出た。戦雲が漂っているとは言え、王都は賑々しい。


 なので、僕たちは馬を止めて、30分ほど王都を見て回ることにした。


「ありがとうね。ソフィアがそばにいてくれるお陰で、とても心が落ち着く」

「ふふ、何を言っている。私はエリックのものだから、いつもそばにいて当然だ」

「命の木の実のカケラを手に入れて、ルビアと和解して、世界平和が実現したら、いっぱい遊ぼう!」

「……私は女王になるわけだし、エリックも王になる。だから遊ぶ余裕はあまりないと思うぞ……」

「王は好き放題できるよね。昔の僕は自分の快楽のために権力を振り翳したけど、これからは、王子であっても王であっても、みんなを幸せにするために頑張るから」

「……やっぱり、エリックの女になってよかった……」


 手を握り合って歩いている僕たち。そこへ、




「あの!!エリックさん!!」


 後ろから男の声が聞こえてきた。なので、顔だけ動かすと、看守であるケルツさんが息を切らしていた。


「ケルツさん!?」

「はあ……はあ……エリックさん、これ!受け取ってください!」

「え?」


 ケルツは紐に袋が付いているものを僕に渡した。それを受け取った僕はこれがなんなのか視線で問う。


「これは僕が開発したロックスリングという武器です!この大きな袋に石を入れて、紐の両先端を握って力強く回します。そして速度がついたら片方の先端を離すと、この石はものすごいスピードで目標物に飛ぶことになります!弓より狙いやすく強力です!」


「は、はい。ありがとうございます!」


「俺、エリックさんが帰ってくることを持ってるんで……」


 恥ずかしそうに頭をガシガシしながら言うケルツさんを見て、僕はこのロックスリングを袋の中に入れ、返事をする。


「はい!必ず帰ってきます!いつか、一緒に食事でもしましょうね」

「い、いえ!俺、平民なんで、立場的に無理だと思います」

「平民とか王族とか関係ありません。あなたは僕を助けてくれた心優しい人ですから」

「……わかりました。応援します!」

「ふふっ」



 



 エリックとソフィアとケルツが微笑みを湛えて会話をしている姿を覗き見るものがいる。


「あの……姫殿下……信頼できるものに全権を委ねはしましたが、危ないですよ……王宮に引き返した方が……」

「どうせあの男は逃げるに違いないわ。エルゼは、もしあの男が逃げたら、捕まえなさい」

「はあ……わかりました」


 絶世の美女は、緋色のマントを被り、エルゼという強力な親衛隊員を連れて、エリックとソフィアを尾行していた。






追記



 今回も長かった……


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