41話 憎悪

 セーラがルビアの部屋の近くに行くと、そこには厳重な警備が敷かれていて親衛隊らしきものたちが部屋につながる分厚いドアを守っていた。


「セーラ」

「あ、この間の宿にいた人?」

「エルゼと申します。姫殿下はここにはおりません。女王陛下の部屋におられます。案内しますのでどうぞついてきてください」

「は、はい!」


 と、言ってから二人は揃ってエステル女王の部屋へと向かう。


 親衛隊、護衛、メイド、高官といった面々が集まっている中、二人は密かにエステル女王の部屋の前にやってきた。そして、数十分ほどが経つと、部屋からは品のあるワイン色のドレスを着ている美女が現れた。


 ピンク色の錦のような髪、耳飾り、首飾り、手首飾り、などなど、高価な装飾品を身につけていて、神によって作られた彫刻のように美しい顔。


 完璧としか言いようがない美貌にセーラは呆気に取られた。


 一つ不思議な点は、目元が赤い。その美女はセーラに向かって話しかける。


「セーラ」

「は、はい!」

「緊張しているの?」

「緊張と言いますか……ルビア姫様があまりにもお美しいので、言葉を失いました……」

「大袈裟よ。あなたはエルゼとともに私の馬車に乗って話し相手になってもらうわ」

「わわわ……私ごときが……」


 セーラがオドオドしながら戸惑っていると、エルゼが彼女の肩を優しくさする。すると、セーラがキョトンして小首をかしげると、エルゼが口を開く。


「行きましょう」

「は、はい!」

 

 今日は公爵家の有力者との会議、そして夜の宴会が予定されている。


 セーラは最初こそ周りの親衛隊に怪しまれたが、次第に持ち前の天然さが発揮され、物の見事に打ち解けた。


 煌びやかな馬車の中は、最上級の香料の香りに包まれており、セーラとエルゼは並んで座っていて、ルビアは向こう側に鎮座している。


「セーラ」


 気を引き締めていたセーラに突然、ルビアまたが話しかける。


「はい!」

「あなたはソフィアからも、マンダネからも……あの男からも信頼されているようね」

「いいえ……ソフィア姫様もマンダネ姫様も、エリック王子様も、みんなお優しい方なので、この婢女をいつも気にかけてくださいます」

「ソフィアとマンダネはいい……けれど、あの男が優しい?」


 コメカミに手を抑え、眦を細めるルビア。そんあ彼女の反応を見てセーラは事態の収拾を図る。



「ご存知のように、エリック王子様は乱暴で暴虐の限りを尽くしてきました」

「そう。あの男は鼻持ちならない性格の持ち主よ。イラス王国とハルケギニア王国は距離的にも近いから貴方ならきっと私が知らない彼にまつわる色んな噂を知っているはず」

「……そうですね」

「でしょうね。言ってごらんさない」

「え?」

「彼の悪い噂を私に包み隠さず言いなさい」


 手を組んで、セーラを睨むルビア。強調される胸の膨らみも合わさってか、セーラは圧倒されるが。やがて落ち着きを取り戻して、口を開く。


「エリック王子様に仕えるメイドはみんな、例外なく1ヶ月も経たない内に辞めてしまうとか……」

「ほうほう」

「毎週毎週、宴会を開き贅沢の限りを尽くして自分に逆らうものたちを全部粛清したりと……」

「ふむふむ。やはり予想通り悪魔のような男だ」

「でも……」

「でも?」

「ある日を境にとても優しくなったと言われています」

「……そんなのあり得ないわ!」

「あはは……」

「……でも、ソフィアとマンダネは、エリックのものになった。セーラはエリックの事をどう思っているの?」

「私は……」


 ルビアとエルゼは穴が開くほどセーラを見つめ続ける。



「今のエリック王子様は、とてもお優しい方だと思います」


 セーラはルビアの放つ雰囲気に負けじと真面目な表情でルビアの赤い瞳を見つめた。すると、ルビアは、瞳を揺らして考え込む仕草を見せる。


「……もしかしてあの男は二人に手を出した?」

「出しておりません」

「だとしたら、あの二人は処女だってことね……」


 ルビアは意味深な表情を浮かべるが、セーラはエリックの潔白を証明すべく、話す。


「もし、そのようなことがあれば、あのお二方はエリック王子様を決して許さないんでしょう」

「……そうね」


 それっきり、この豪華な馬車は静寂に包まれ、公爵家の有力者のところに向かった。


 セーラは事態の深刻さに気がついた。公爵とその関連人物は、ルビアの憎悪を利用し、早く戦争を仕掛けるべきだと彼女を焚きつけ、資金の調達や、イラス王国にまつわるフェイクニュースを垂れ流した。


 そして夜の宴会だって例外ではなく、みんなでルビアの美貌を褒め称えつつ、エリックとその父でるキュロスを貶すような事実無根の話ばかり吹聴する。一つ共通点があるとすれば、あの欲望に塗れた貴族たちはルビアをとてもいやらし目でみていたということ。


 宴会が終わり、王宮に戻った3人はルビアの部屋に集まり、反省会みたいな感じで話し合っている。


「セーラ」

「はい!」

「なぜソフィアとマンダネがあなたに信頼を寄せているのかがわかったわ」

「え、え?わ、私はただ、ルビア姫様の話相手としてそばにいたことくらいしか……」

「世の中にはそれすらもできない胡散臭い女たちが履いて捨てるほどいるから。試すような話し方、そして妬みの視線」

「……」


 セーラはあまり意識してないが、ソフィアとマンダネもまた絶世の美女と称されるほど美しい。セーラは邪な考えを排除し3人を心から尽くしてきた。そして彼女は、あの3人とたまには助け合い、たまには笑い合える関係を築けるほどの器を持っている人間であることにまだ気づいていない。寝巻き姿のルビアはセーラのこんな天然で驕らず真っ直ぐなところをちゃんと見抜いているようだ。


「いいわ。セーラは二人のところに戻りさない。エルゼも今日はご苦労だった」

「は、はい!」

「承知いたしました」


 と、二人はルビアの部屋から出ていこうとする。


 だが、ルビアは


「セーラ!」

「はい!なんでしょう!?」


 名前を呼ばれたセーラが踵を返してルビアの顔を見る。何かを言いたそうな面持ちだが、喉まででかかった言葉を飲み込むようにもどかしい表情で視線を外している彼女の顔を見たエルゼは、


「失礼します」


 と、簡潔に伝えてから、ルビアの部屋をあとにした。ドアが閉められ、この中には二人しかいない。


 なので、ルビアは短くため息をついてから、意を決したように言葉を発する。


「これは、別に深い意味があるわけではなくて、セーラが異邦人だから一応聞くんだけど……」

「?」


 セーラが首を捻って視線で続きを促すと、物憂げな表情でまた目を外してから口を開くルビア。


「報われないかもしれない努力をし続けて大事なものを守っている一人の女の子がいたとして、その女の子は闇に飲まれようとしている。その女の子は救われると思う?」

「……」

「やっぱり、今のは無し。忘れてもいいから、二人のところに戻りな……」



「報われるに決まっています!」

「っ!ど、どうして、そう断言できるの?」


 驚くルビア。あの話は、ルビアにとって重要な意味合いを持っているのではないかと、そう推測したセーラは、深く深呼吸をしてから優しく言葉を紡ぐ。


「私の両親は重い病気にかかっていて、私がいくら村や町で働いても薬草を買えるだけのお金は手に入りませんでした。でも、王宮メイドになって、一生懸命働いた結果、私の家族を可哀想に思った心優しい方によって私の家族は助かりました」

「家族……お母様」

「きっと、出口の見つからない状況に置かれたとしても、報われます!」


 ガッツポーズを決めて、ルビアに力説するセーラ。


「……」


 しかしルビアは急に頭を下げて、返事をしない。なので、セーラは焦り始める。


「さささ差し出がましいことを言って申し訳ありません!どど、どうかお許しを……」


 許しを乞うセーラ。しかしルビアは、


「ぷふっ!いいの。いいから部屋に戻りさない。明日もよろしく」

「は、はい!良い夢を!」



X X X

 

 あれからというもの、ルビアとセーラに依存するようになった。ルビアの話を聞いたセーラは返事をし、それを聞いたルビアは心の安らぎを得る。


 そしてセーラとソフィアとマンダネは毎晩毎晩情報を交換し、エリックがルビアと仲直りするための計画を立てていた。


 みたいな感じで数日が経ったある日の夜。









 ルビアの部屋から呻き声が聞こえる。


「……ん、お父様……お父様……お願い……私を嫌わないでください……私に愛を……」

 

 悪夢でも見ているのか、ルビアは冷や汗をかいている。美しい顔は歪んでおり、恐怖に怯える一匹のネズミのようにブルブルと体を震わす。


「いや……いや……行かないで……お父様……いやあああああ!」


 真夜中、目が覚めたルビアは息を弾ませる。瞳孔はとっくに開いており、落ち着かない様子だ。


「はあ……はあ……キュロス……殺す……エリックも……エリック……今牢屋にあの男が……」


 そう呟きながらベッドから降りたルビアは、寝巻き姿で、分厚いドアを勢いよく開き、部屋を出る。


「ルビア姫殿下!?どうされましたか?」


 だが、返事をしないまま、あるところを目掛けて走って行く。


「姫殿下!?お、おい!何ぼーとしている!?早くエルゼ様を呼べ!」

「は、は!」


X X X



「早く鍵を渡しなさい!」

「姫殿下!こ、こんなところに一人で入るのは危険です!」

「お黙りさない!これは次期女王としての命令よ!あの男がいる牢屋の鍵を渡しなさい!」

「……」


 かしましい。分厚いドアによって遮られているが、甲高い声は漏れ聞こえる。数日経っているが、状況は同じだ。タイミング的に拷問でもするつもりだろうか。


 深々とため息をついて起き上がると、分厚いドアが勢いよく開け放たれた。そして、そこに立っているのは


「ルビア!?」

「エリック!」


 またあの時のように怒り狂っているルビアが僕がいる牢屋の鍵を開け、入ってきては、








「貴様が、憎い!!!!!」

「っ!」

 





 僕を倒して、殴り始めた。





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