37話 皮肉にも運命は一時の安らぎさえ許さない

X X X


宿


 ルビアの演説が終わり、僕らは王都で色々と情報収集をやってから宿に戻った。


 晩御飯は食堂で済ましたため、宿に着くなり、シャワーを浴びてから作戦会議のため全部僕の部屋に集まっている。みんな長旅で疲れているはずなのに、みずみずしい目を僕に向けている。ちなみに3人は僕のベッドに座っており、僕は向かい側の椅子に腰掛けている。


「エリック……大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」

「あ、ああ……僕は大丈夫だよ」

「……あの時ルビアはエリックを睨んでいた。あの殺気は尋常じゃない」

「このままだと、ルビアはいずれ、エリックの国に戦争を仕掛けます。なんとか手を打たないと」

「あ、ああ……」

「「?」」


 僕が冴えない表情を浮かべていると、セーラとソフィアとマンダネが小首を傾げて怪訝そうな視線を向けてくる。


 今日の演説の時にルビアが向けてきた視線。距離的にちょっと遠かったので、確証はできないが、あの顔には僕に畏怖の念を抱かせる何かがある。現に今も、少し足が震えている。


 ダメだ!ここで僕が弱い姿を見せてはいけない。この3人は僕を信じてここまでついてきてくれたんだ。がっかりさせてはならない。だけど、体はいうことを聞いてくれない。


 僕が当惑の色を見せていると、3人は何かを決心した表情を浮かべ、互いを見てふむと頷き僕のところへとやってくる。


「どうしたの?急に」


 だが、僕のすぐ隣にやってきた3人は何も言わない。その代わりに






 僕を優しく抱きしめてあげた。


「っ!」


 聞こえるのは3人の息遣いと心臓の音。そして3人とも風呂上がりだから、なんともいえないいい香りが僕の鼻をくすぐる。


「エリックは頑張った」

「エリックは頑張りました!」

「エリック様はとっても頑張っておられました!」

「え?」


 そう甘く囁く彼女たちの声に僕が今まで抱いていた恐怖や負の感情は、あっという間に消えてなくなった。しかし、その代わりにものすごい罪悪感が押し寄せてくる。


「ごめん……3人を幸せにしないといけないのに……僕、情けないね……」

「ううん。エリックは頑固だった私の心を変えてくれた。だから今度は私が助ける番だ」

「エリック様は、命をかけて、オリエント大陸が血に染まることがないように尽力なさいました。私はそれを見てきた証人です。ですので、この婢女に甘えてください」

「エリックは私と私の国の全ての人に認められました。エリックは正しい道を歩んでいます。途中でつまずくこともあるし、失敗することだってあります。でも、その度に私があなたを慰め、包み込んであげます……」

「みんな……」


 それっきり、僕たちは無言のまま、この温もりを感じながら心の安らぎを得ていた。


 そういえば、ずっと走ってきた気がする。山岡誠司だった頃も、役所でモンスタークレーマーを忙しなく捌いてきたし、この世界に来てからもセーラと出会い、ソフィアに出会い、マンダネにも出会った。そして僕は、この彼女らを自分のものにするために、幸せにするために、汗を流し、血を流しながら、さまざまな苦しみに出会った。


 こうやって、3人の美少女たちに甘える資格が僕にあるのだろうか。と、うちなる自分が呟いている気がする。もっと良いところを、たくさん見せたかったのに、彼女らの優しい温もりを感じていると、なぜかこの熱を奪われたくない気がしてきた。


 じゃ、少し甘えさせてもらおう。だけど、これは借りだ。ルビアとも仲直りできて、オリエント大陸に平和が訪れたら、僕の愛をこの美しい女子たちにたっぷり注いであげよう。倍返しだ。ふふ。


 






 だが、


 運命は、この一時いっときの安らぎさえ許してくれない。


「……姫殿下!落ち着いてください……護衛もあまり付けずにこんな狭いところに入ったら……」

「うるさい!私に逆らうな!」

「姫殿下……」


 そんな謎の会話が漏れ聞こえ、やがて、ドアが勢いよく開かれる。



 がっちゃん!



 そこにはなんと





「っ!ルビア……」

「ふふ……あはは……あははははは!やっぱり、貴様だったのか」

 

 あろうことか、目の前にはさっき広場のてっぺんで演説をしていたルビアが立っている。


 最上級の錦を思わせるロングのピンク色の髪、真っ白な皮膚、ぴーんと伸びた鼻筋を含む整った目鼻立ち、小さな顔。下に行くにつれて、マンダネに匹敵するほどの大きな胸の膨らみが見え、そのさらに下には、ほっそりとした腰。すらっと伸びた長い美脚。紫色のドレスに身を包んだ彼女は


 


 とてもとても美しい。



 だけど、




 彼女は




 怒り狂っている。



 この顔を見ていると、昔のエリックの思い出が強制的に蘇る。






『お前は、このオリエント大陸の中でもっとも美しい女だ。だから、僕の子を産め。それこそが、お前のたった一つしかない存在意義だ』

『貴様……キュロスの遺伝子をそのまま引き継いだその汚い肉体で私を侮辱する気か?』

『僕の父上は別に関係だろ?これはお前と僕との話だ。悪くない条件だと思うがな。お前はその美しい肉体を使ってイラス王国の次期王となる僕に快楽を与え、子をいっぱい孕む。その子孫たちが我が国も、お前の国も支配するのさ。めでたしめでたしじゃないか?』

『……貴様!私と母が……どれだけ辛い思いをしたのか知りもしないで……殺してやる……いつか……貴様を!!!私の手で殺してやる!!!』

 







「ここにいる男をさっさと捕まえろ!だけど、残りの女3人に危害を加えてはならない。だけど、あの男だけは例外だ!」

「「は、は!」」





 すると、親衛隊らしき女性たちが僕をねじ伏せて、手錠をかけてきた。乱暴な扱い方だ。けど、僕は抵抗する気力も、抗議する気力もなかった。ただただ僕を見下すルビアの赤い瞳に気圧されていただけ。


 そのまま僕は親衛隊が持つ剣の柄頭で殴られて、





 気を失ってしまった。




「エリック!」

「エリック様!」

「エリック!」


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