35話 解散

「どうした?二人とも」

「エリック……」

「エリック様……」


 荷台からやってきたエリックの声を聞いて二人は視線を焚き火から彼の顔へと向ける。


 取り繕うとしても、自分の感情を隠そうとしても、好きな男の前では全てが子供のウブな反応でしかないのだ。


 セーラもソフィアも男とたくさん話こそしたが、ここまで心を射抜かれたことはない。なので自分を恋の虜にした男がもっと素敵だと思われる女性と仲良くし、スキンシップまでする姿を見せられたら、やっぱり不安になってしまうものだ。


 もちろん、わかっている。エリックはそんな欲望の赴くままに動くような男ではないということを。


 だけど、自分から離れないで、自分をもっと愛してと心の中ではずっと叫び続けるのが女心。そんなもどかしい気持ちをなんとか誤魔化してから二人はぎこちない笑みを見せる。


 すると、彼は


「ちょっとこっちきて」

「?」

「?」


 突然エリックがちょいちょいと、手招いてきたため、二人はキョトンと顔を捻る。だが、相手は信頼できる男。なので、二人は大人しくエリックの後ろをついていった。


 エリックが寝場所として使う馬車についた二人は。荷台に乗ったエリックがガチャガチャと音を立てると、やがて、荷台の天井がガチャっと開け放たれ、エリックは二人に向かってまた話かける。


「こっち」

「……」

「……」


 荷台に登った二人は突然真ん中で横になるエリックを見て、少し動揺する。


「二人とも、僕と一緒に横になってみて」

「え?な、なに?もしかして、一緒に寝るつもりか?」

「エリック様……そ、それなら私は控えた方が……お二方の邪魔にならないように……」

「え?」

「えええええエリックは……やっぱりケダモノだったのか!そそそそういうのは……っこんしてからでも……」

「ケダモノ?なにを言ってるの?」


 だけど、エリックは穢れを知らない雁是がんぜない子供のような顔をしている。心臓がバクバクしているセーラとソフィアはそれを見て安堵するが、一方では少し残念な気持ちを抱える。


「な、なんでもない!」

「……なんでもありません」

 

 そう言ってから二人はエリックの隣で横になった。


「そら見てごらん」

「空?」

「空……ですか?」


 と、エリックに言われ、天井のない荷台から夜空を眺める二人。すると、そこには


「星、いっぱいだ」

「ですね。綺麗」

「でしょ?」


 空に散りばめられた星々は今にも落ちそうに輝きを発している。まさしく壮観。


「僕はね、いつもは都会……えっへん!王宮で生活していたから、夜になってもシャインストーンのせいでこんなに綺麗な星空を見たことがないんだ。でもさ、いざ目にするとなると、自分がちっぽけな人間のように思えて、なんだかどうでも良くなるんだよね。悩みも、心配事も……」


 そう言ってエリックは寂しい表情を浮かべる。在りし日に思いを巡らす彼からは、哀愁のようなものが漂っていた。


「まあ、確かにこの世は広い。でも、私たちにはオリエント大陸に平和をもたらすというとても重要な使命がある。つまり、私たちにとってのエリックはとても大きな存在だ」

「はい!全くその通りです!」


 二人の女の子は愛する男を勇気付けるための言葉を発した。


 彼と苦難と困難を乗り越えて、幸せな人生を歩みたい。そのためには、彼を全力でサポートしないといけない。いくら、マンダネとはギクシャクした関係になったとしても、彼の夢を叶えてあげたい気持ちは消えることがない。おそらくマンダネも同じことを考えているのだろう。


 ふと、そんな想いが二人の脳裏を過った瞬間だった。


 エリックが急に左腕を使いセーラを、右腕を使いソフィアを自分の体に寄せてきた。


「きゃっ!え、エリック!ななななにをする!?」

「エリック様!」

「二人にとって僕が大きい存在であるように、僕だって二人のことがとても大切で、かけがえのない存在だよ」

「エリック……」

「……」

「だからね、どうして僕とマンダネと距離を取ろうとしているのか教えて」


 彼に触れられる。それだけでも、セーラとソフィアは理性が働かない。王宮メイドとして、過去のエリックからひどい扱いを受けていたセーラは、いつしか頬を赤らめて瞳を揺らしている。ハルケギニア王国の次期女王たるソフィアに至っては、電気でも走ったかのように全身をびくつかせている。


 王宮メイドとしてのプライドも、最強剣士という異名を持った姫のプライドも、エリックの前では幻の泡沫うたかたと化す。


「そ、そんなの……言えない……」

「なんで?」

「……そ、それは……」

「エリック様……それを女性に言わせようとするなんて……ううう……」

「え?聞いちゃダメなやつ?」

「別にそんなわけじゃないけど……」


 言ったって、別に問題にはならない。だけど、気づいてほしい。私たちの恋心に気づいてほしい。と、二人は心の中で叫び続けた。


 だが、エリックは容赦がない。より腕に力を入れ、二人をもっと強く抱きしめた。


「エリック……ずるいぞ……私がこんなことされると、なにもできなくなることくらい知ってるくせに……」

「エリック様……これは……別の意味で身が持ちません……」

「言って」

「……」

「……」


 エリックの甘いアタックによって二人は陥落するのであった。


「胸」

「胸」

「胸?」

「……エリックは優しいけど、その……男だから……」

「私の胸はマンダネ姫様に遠く及びません……ですから」


 二人は消え入りそうな声音でボソッと漏らした。


 それを聞いたエリックは、「そんなことまだ気にしていたのか」と心の中で呟いたのち、彼女の心を傷つけない優しい言葉で本音を語る。


「イラス王国には胸の大きい女の子がはいてすてるほどいるよ。でも、僕は二人のことがとても好き。マンダネのことも好き。これは別に胸のサイズがどうとか、というわけじゃなくて……」


 と、一旦区切って、エリックが急にモジモジした。二人は「ほえ?」という音を出してエリックに続きを促し続ける。




「セーラとソフィアの肉体も心も魂も何もかもが好きすぎて……もう二人なしじゃ生きて行けない……それに、一応ずっと我慢しているから……」




 その言葉が二人の耳に届いた瞬間、二人は目を丸くし、体を震わせた。これは、恐怖による震えだ。幸せすぎて死んじゃうんじゃないかと思わせる恐怖。しかも、彼は自分達を「女」としてみてる。そのことを考えると、何かが心の中で芽生える気がして、ドキドキが止まらない。


 これはやばい。彼の優しい言葉に完全に支配されてしまう。もう二度と後戻りできなくなってしまう。もっとやばいのは、心の奥底には彼に支配されたい願望が大きすぎて爆発寸前であること。


 しかし、セーラとソフィアは急に、彼から離れて荷台から降りる。


「え?二人とも……ど、どうしたの?もしかしてさっきの僕の言葉を聞いて引いた?」

「ううん。エリック……明日からはマンダネとも仲良くする……」

「私も、マンダネ姫様に誠心誠意尽くします。今まで申し訳ございませんでした」

「あ、ああ。ありがとう……」

「じゃおやすみ」

「おやすみなさい」

「う、うん……おやすみ」


 戸惑うエリックを背に、テントに向かうセーラとソフィア。


「セーラ」

「はい」

「やっぱり打倒巨乳同盟は無くした方がいいと思う」

「そうですね……エリック様が普通の殿方ならあって然るべきですが、あんなことを言われたら……」

「どうやら、私たちはエリックをみくびっていたようだな」

「ですね……あとマンダネ姫様に申し訳ありません」

「ああ。後でちゃんと謝ろう」

「はい!」

「私たち3人はエリックのもの。だからエリックに倣って、みんな仲良くしよう」

「わかりました!」


 こんなふうに話を交わしてから、二人はテントの中に入った。


 だが、


「あれ?マンダネがいない?」

「さっきまでいらしたのに……夜風にでも当たりに出掛けられたんじゃないんでしょうかね」

「そうみたいなだ。まあ、そろそろ寝ようか」

「はい!」

「今日はゆっくり寝れそうだな……体の熱りが冷めればの話だが」

「本当……エリック様ったら……いつも優しくスキンシップしますから……」

「こっちの身にもなって欲しいな」

「本当です!あ、でも、エリック様もずっと我慢してるって……」

「……寝よう!」

「はい!」


 それぞれ熱いため息をついてから、目を瞑る二人であった。


「ふふふっ……うまくいったみたいですね」


 焚き火の近くにある木に隠れて、テントを優しい表情で見つめるマンダネ。やがて、彼女は視線をテントから荷台の方へ移す。


「エリック、必ずルビアと仲直りしてくださいね!そして……私の夢も……」





 


追記


 マンダネの夢はなんでしょうか?


 次回からはヘネシス王国がメインとなります。


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