20話 ソフィアは気づいている。そしてエリックは決心する。

 僕らはハルケギニア王国の国境を出て、エルニア王国へと向かっている。エルニア王国はオリエント大陸における最大の穀倉地帯であり、領土はそんなに広くはないものの、国土の約70%ほどが小麦畑である。時期的にそろそろ種蒔きをしている頃合いだろう。


 けれど、イラス王国とエルニア王国は断交状態。我が国でエルニア王国産の小麦が出回ることはない。


 ハルケギニア王国と我が国は、外交関係こそ最悪だが、経済的にはお互い助け合っているところがあるからまだしも、現在、エルニア王国とはなんの繋がりもない。


 それに、


 過去のエリックはオリエント大陸3代美女の一人であるエルニア王国の姫・マンダネにひどい事を言って心の傷を負わせた。


 これは、一筋縄ではいかないだろう。けれど、やるしかない。


 とりあえず、今、大事なのはソフィアとセーラだ。


 身分の違う二人が、お互いをどう思っているのかも気になるし。二人にもっと優しくしてあげないと。


 だが、

 

 セーラは僕たち二人を避け続ける。


 昼になり、馬車をとめてハルケギニア王国から持ってきてサンドイッチを食べているけど、セーラは、モジモジしながら居づらそうに視線を外している。


「セーラちゃん?どうした?食べない?」

「わ、私は、他のところで食べますので、お二人でごゆっくり!」

「セーラちゃん!?」


 そう言って、タタタっと足早に茂みの中へと走って行くセーラ。


「……」


 そんなセーラの後ろ姿を見ながらソフィアは浮かない表情をしている。

 

 昼ごはんを食べてからも、僕たち3人はギクシャクしていた。明らかに気を遣うセーラに、暗い顔のソフィア。そんな重たい雰囲気は変わることはなく、気がつくと夜になっていた。

 

 野営の時間である。


 学生時代、キャンプ部だったので、アウトドアにはある程度詳しい。なので、渓谷の近いところで馬車と止め、持ってきたテントを張り、火を起こした。


「エリック様!すごいです!手慣れてますね!」

「ああ、僕、学生時代はキャンプ部の部長……こういったアウトドア系は昔から好きだったから!」

「は、はい……」


 や、やば!つい、いつもの癖で、山岡誠司だった頃の話を口走ってしまった。まあ、言っても信じてくれないと思うが……


「私は、そろそろ晩御飯の準備をしますので……お二人でごゆっくり……」

「あ、ああ……お願い」


 そう言って、セーラは鍋を持って水辺のところへと行く。


「エリック」

「ん?」

「私、動物を狩ってくる。肉が必要だから……」

「うん!」

「(チラチラ)」 

「……?」

「(チラチラチラ)」

「一緒に行く?」

「……うん」


 やっぱりかわいい……


 けれど、


「あああああああああ!なんで全部僕についてくるんだよ!!」

「「ヴあああああああ!」」

「エリック!動かないでくれ!仕留められないぞ!」

「止まると、この巨大猪たちに飛ばされるよ!あああああ!」

「「ヴああああああああああ!」」

「エリック!!一体どこへ走っているんだ!?奥に入ると、もっと猪が出てくるぞ!」


 僕はどうやら異世界の獣たちに好かれる体質らしい。しばらくの間、死に物狂いで走りまくっていると、ついてきたソフィアが持ち前の身体能力を駆使して巨大猪たちを一気に切った。


 断末魔を上げて倒れていく巨大猪たちの姿を見て僕は思わず地べたに倒れ込んでしまう。


「はあ……はあ……死ぬかと思った……」

「エリック……これからは、こんな野の獣に追われたら、逃げずに私のところに来てくれ。ちゃんと守るから」

「はあ……はあ……あああ……あああ……息苦しい……」

「……ぷふっ!あははははあ!」

「なんで笑うんだよ……」

「すまない。私はエリックに負けて、エリックのものになった。けど、私の男があんな小さな猪に追われてこんなみっともない姿を晒すからな、ぷふっ」

「いや、これ僕よりはるかに大きいよ……まあ、みっともないのは事実だけどね……」

「やっぱりエリックは面白い。ふふ」

「あはは……ソフィアちゃんの笑顔が見れたから、走った甲斐あったね!」


 しばらくの間、僕たちは心ゆくまで笑い合った。そして、図ったかのように沈黙が訪れる。


 虫の鳴き声が耳をくすぐり、空には星々が散らばっている。そして浮かんでくるのは僕を陰で支えるメイドの顔。


「エリック……」

「何?」

「野営するところに獣が現れたら大変だから、私は他の動物を狩りに行く。だからセーラのところに行きなさい」

「え?」

「だって、エリック、ずっと気にしてたから……」

「……悪い」

「エリックは誰よりも優しい。けれど、その優しさを私が独占しようとしたら、それは、単なる私の我儘だ。そこにエリックの優しさはない」

「ソフィア……」

「エリックを信じるから」


 ソフィアは剣を握ったまま、僕を真剣な顔で見つめる。健気なソフィア。そんな彼女に僕は近づき、


 ちゅっ!


 唇を重ねてから僕の気持ちを伝えた。


「ソフィアちゃん、こういう二人きりの時は我儘言ってもいいよ。僕が全部、受け止めてあげるから」

「……」

「行ってくる」

「うん……」


 僕はソフィアの頬を撫でてから、セーラのいる水辺へと向かう。




「私……エリックのことがもっと好きになっちゃったかも……」





 僕が水辺につくと、セーラはここら辺でとれた草やら木の実やらを熱心に洗っていた。だが、僕の足音に気がつき、後ろを振り向く。


「エリック様!?」

「よ!セーラちゃん」

「どうされましたか!?ソフィア姫様と一緒だったはずでは!?」

「うん!そうだったけど、セーラちゃんのことが気になって来てみたんだ」

「そう、ですか……私は大丈夫です!」

「本当?」

「はい!」

「本当に本当?」

「本当に本当です!」



「本当に本当に本当?」

「本当に本当に本当……です」

「嘘は良くないよ。セーラちゃん」

「……」

「なぜ僕たちを避けるの?」

「っ!……それは……」

「セーラちゃんの本音、聞きたいんだ」


 僕は真面目な顔でセーラを捉えると、彼女は俯いて、僕を背に口をもにょらせる。


 そして意を決したように感情を押し殺した声音で語り始める。


婢女はしための本音なんて、取るに足りないものです。私は、エリック様がソフィア姫様と他の姫様と幸せになれるようサポートするだけです。ですので、お気になさらないでください……」


 そう言ってから、セーラは、鍋の中にある野菜や木の実などをまた洗い始める。


 その後ろ姿からは哀愁が漂っているようにも見えた。


 月明かりの下でしゃがんでいる一人のメイド。三つ編み二つ結びの髪は揺れ動き、ほっそりとした体型は守ってあげたいという欲望を駆り立てる。セーラは貴族ではなく平民。だけど、その顔は、王宮メイドにふさわしいほど綺麗だ。


 そんな彼女が発した声は、僕の心を締め付ける。いくら感情を隠そうとしても、微かに震える声と僕をガッカリさせてはならないという態度はっきりと伝わった。





 儚い姿




 だから、僕は、我慢することができない。たとえ、平民でメイドだとしても、僕はセーラを幸せにしたい。


 さんざん苦労したセーラ、誰よりも努力して僕に尽くしてくれたセーラ。

 


 そんな彼女は、愛を受ける資格がある。幸せになる権利がある。


 そして、僕はセーラを大切にする義務がある。


 この異世界では、平民メイドは優秀な者を除けば、使い捨ての道具に過ぎない。だけど平和な日本で過ごしていた僕は、そんなの許せない。


 この世界は身分制度が存在していて、ソフィアは王族、セーラは平民。だが、僕の心の中では、ソフィアもセーラも同じ人格を持つ可愛い女の子だ。


 無論、この世界のルールには従わないといけない。僕も王族である身だからなおさら。


 けれど、王族は平民を愛してはならないという法律は存在しない。存在するのは偏見に満ちた人たちの固定観念だけ。それをぶっ壊すのだ。


 王族だろうが貴族だろうが平民だろうが、


 僕は、自分の考えを貫き通す。


 全員に愛をたっぷり注いで、彼女らを満足させよう。飽きるほどの愛を伝えよう。


 そう思い、僕はしゃがみ込んで果物を洗っているセーラの背後に立ち、腰をかがめて







 優しくバックハグをする。






「っ!エリック様……」







追記


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