48話 愛という快楽をルビアはずっと知らずにいた

「……」


 ルビアは無言のまま、僕を振り解くことなく、僕の腕を受け入れてくれた。うごめくように流れる溶岩と、柔らかすぎる肌。この相反する感覚を感じていながらも、心はルビアのことを大切にしろと、優しく接しろと密かに僕に囁いていた。


 10分がすぎても僕たちは話を交わすことなく、お互いの熱と鼓動を伝えあっている。


「僕の体、気持ち悪くない?」


 跪いたままルビアをぎゅっと抱きしめていた僕は顔をすすっと微かに引いて、彼女の美しい赤い瞳を見ながら問うた。


「昔は、触れるだけでも吐き気がしたけど、今は……大丈夫よ」


 目を逸らしながら返事するルビア。その横顔は、彫刻品のように整っている。けれど、彫刻品にはない人間らしさが内包されているようであった。


「よかった。ルビアの体に触れて嬉しい」

「な、なに言ってるの……」

「ルビアは呪われてない」

「……いや、私は呪われたの」


 唇を噛み締めて悔しがりながら言うルビア。おそらく、ずっとこんな価値観に囚われて生きていたのだろう。


 なので僕は、ルビアの両肩を押さえて


 本音を言ってあげることにした。





「こんなに可愛くて、熱心で、愛を求める女の子が呪われたわけがない。命をかけてルビアを守ったのは僕にとって最高の選択だった!」



「や、やめて!そんな言葉……言われたことないから……それに服もボロボロで、化粧してないから、かわいくなんかない!」


 仕切りにあちこち視線を動かして動揺するルビア。怒りや悲しみの表情ではなく、未知の感情に出会った時に見せる面持ち。



「もちろん、ルビアの美しさを引き立てる服とか装飾品も大事だけど、その全ては、ルビアがいないと意味を成さない奢侈品にすぎないんだ」

「っ!」

「ルビアは人形じゃない。こうやって、僕に自分の悲しい過去が言える女の子で、僕を救ってくれた命の恩人でもあるんだ」

「い、いいや……エリックを救ったのは命の木の実のカケラが二つあったからで……」

「二つあっても、僕を本当に殺したかったなら、わざわざこの貴重なものを使って甦らせるような真似はしない」

「うるさい……エリックの意地悪……」


 逃げるような言い方。けれど、君を決して逃さない。


「僕が全て受け止める」

「え?」

「ルビアの闇、鬱憤、悲しみ……全部僕が受け入れる。またネフィリムに殺されかけることがあっても、やる!」

「……」

「僕にはそれをしないといけない義務がある」

「い、いや……いいの……これは、私が背負わなければならない……」

「ごめん……僕嘘ついた」

「う、嘘?」





「今のルビアがあまりにも可愛すぎて、甘やかしてやりたいんだ……僕を殺そうとしたあのルビアが、今はこんなに目を潤ませて頬を赤くして僕を見ているから……正直僕の方が我慢できない。ルビアは呪われてない女の子だと、ずっと耳元で囁きたいんだ」

「え、ええ!!?エリック!にゃ、にゃにを言って!?」

「ご、ごめん!忘れてくれ!うう!最悪だ。ルビアのこと大切にすると心の中で誓ったのに、自分のことばっか……」


 はあ……日本にいた頃のように、またいらないことを言って……


「もっと言って」

「え?」

「エリックが、私にしたいこと、全部言って……」

「い、いいの?」


 僕が戸惑いながら聞くが、ルビアは俯いてコクっと頷く。


「ルビアの頭をなでなでしたい」

「っ……」

「ルビアをちゃん付けで呼びたい」

「……すれば?」

「い、いいの?」

「う……うん」

「る、ルビアちゃん……」

「……あとは?」

「あとは、だね……ずっとルビアちゃんの話を聞きたい。些細なことから、大事なことまで」

「王宮に戻ったらしてあげる……あとは?」

「……ルビアちゃんの匂いを嗅ぎたい」

「っ!変態!」

「ごめん!」

「でも……実際、私もエリックの匂い嗅いでるから、人のこと言えないかも……」

「そう!?ちなみに、ぼ、僕の匂いはどんな感じ?」

「……言ってあげない!あとは?」

「あと……はね」

「?」







「ルビアちゃんとキスがしたいんだ」




「っ!!!!」


 いきなりルビアが僕から離れて壁にもたれかかる。顔はすでに真っ赤になっており、顔より赤い瞳は揺れながらも、正確に僕を映している。


 僕は立ち上がってルビアに近づきながら言う。


「僕の全てをあげる。だから、ルビアちゃんの唇を、僕にくれ」

「そそそそそれは……割に合わない」

「え?ルビアは他に欲しいものでもあるの?」

「違う!私はそんな浅はかな女じゃないの!」

「じゃ……」





「私と仲直りするために、そしてお母様を救うために命をかけた男が、今度は自分の全てをあげると言っているのに……私は唇だけだなんて……私を舐めないでちょうだい!」


「ご、ごめん」


「貴方が貴方の全てを私にくれるなら、私も、全てをあなたにあげるわ……エリック」


 僕は微笑みを湛えつつ、ルビアの前にやってきた。


「さっきはなんで逃げたの?」

「……いきなりキスって言われたから……わるい?」

「ううん。可愛いなって思っただけ」

「な、生意気よ」

「いや?」

「……知ってるくせに」

「ルビア」

「……」

「お互い、素直になろう。僕はルビアが好きだ。ルビアはどう?」

「……そんなの……そんなの」

「?」


 言い淀むルビアに僕は首を傾げて続きを促したが、煮え切らない態度を見せるルビア。


 そして



 ちゅっ!


「っ!ルビア!」

「私より一つ年下のくせに……年上ぶってんじゃないわよ……」


 ルビアからキスされた僕は、呆気に取られてなにも言えずじまいだ。だけど、この生意気なお姉さんを見ると、お灸を据えてやりたい気持ちが湧いてくる。もちろん、憎悪や怒りではなく、溺れるほどの愛で。


 だから



 ちゅっ



「エリック……」

「ルビアちゃん、言って。まだ返事を聞いてない」

「……」


 ちゅっ


「……ずるい」

「言うまでする」

「……」

「……」

「……言ったら、後戻りできなくなる……私という人間が、エリックの女に変わってしまう……」


 ルビアは恐れている。だが、僕は急かしたりはしない。ルビアを安心させる言葉をかけ続けるだけ。


「怖くない。昔の傷ついたルビアも、僕の女になったルビアも、僕にとっては同じルビアだ。ルビアの過去の全ては否定されるべきではない。だから、そのルビアに僕が一生寄り添うから」





「……そんなの言われたら……もう我慢できない……意地張ってみても、私はあなたには勝てないわ」

「ルビア……」

「好き……愛している……あなたのその正しい心と行いに私は惚れてしまったの……だから……」

「だから?」

「私に、愛をちょうだい」

「ああ。いっぱいあげる。飽きるほどあげるから」

「飽きることはないわ。私があの世に行くまでずっとあなたに求め続けるから」

「ああ、おいで、ルビアちゃん!」

「うん!大好き!」


 

 と、ルビアは僕に抱きついてくる。


 ルビアの表情は、明るい。


 服はボロボロで、ガイア神殿で見たあの煌びやかな姿と比べたら、実に見窄らしい。


 けれど、今の笑っているルビアは、僕が今まで見てきた中で、最も美しく、最も綺麗で、最も愛おしい。


 父上とエステル女王陛下の件がまだ残っているが、大丈夫。


 きっとうまく行くはずだ。


 根拠があるわけでもなく、明確なプランが存在するわけでもない。


 だけど、心なしかそんなポジティブな考えが芽生え始めている気がしてきた。



 


追記


負けず嫌いなルビアもなかなか萌え萌えですな


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