47話 冷静な理のカケラさんとルビアの過去
目の前にいる美しい少女は、切ない表情で僕を見下ろしていた。質素なドレスは所々穴が空いていて、土や埃などで汚れている。オリエント3大美女のうちもっとも美しいとの評判の彼女は、オンボロだ。だけど、
「無事で何よかった。ルビア」
綺麗な体や美しい顔に傷がなくて本当によかった。ネフィリムと戦った甲斐があったものだ。
「バカ……バカバカバカ!こんなにボロボロになるまで闘うなんて……あなたは非常識な人よ」
「ボロボロになるまで戦わないとルビアを守れないだろ?」
「っ!エリック……あなたという人は……」
依然として下には熱い溶岩が僕を飲み込まんとばかりに火を放ちながら流れている。つまり、僕の命は、ルビアの意志によって決まると言っても過言ではない。いや、その前に、出血過多でショック死しそうな感じではあるが。
死にたくない。断じて死にたくない。けれど、血が体から出ていくにつれて、意識がどんどん遠のいていく。
口が動かなくなる前に僕の心を伝えておかなければ
「ルビア、この手を離していいよ」
「な、何をバカなことを……」
「それでルビアの怒りが収まるのであれば、安上がりだ」
「エリックは……怖くないの?私がこの手を離せば、全てが終わってしまう。それでいいの?」
「いや……僕はセーラともソフィアともマンダネとも……そしてルビアとも幸せに暮らしたいんだ。今までみたいに、お互いを憎しみ合うのをやめて、仲良くなって、これまで感じたことのない喜びを分かち合いたい」
「だったら、なんで離せって言ったの?もっと別の理由があるはずよ!」
ルビアは赤い瞳を潤ませながら細い声で聞いてきた。
答えは僕が日本で不慮の死を遂げた時からもうすでに存在していた。それはそのまま口にするのさ。
「一人でも欠けてはならない。3人の姫を自分のものにし、このオリエント大陸に平和をもたらさなければならない……でも、ルビアが納得しないのであれば、僕はそれを実現するだけの器ではないというわけだ。だから……だから僕は嘘つきだ!」
「う、嘘つき?」
「ああ。セーラもソフィアもマンダネも……僕を信じて、
「わ、私は……」
「ルビアは僕をずっと前から殺したいと思っていただろ?今この手を離せば、ルビアが長年抱いていた念願が叶う。だから、この手を離しなさい。そして、命の木の実のカケラを持って、王宮に戻ってくれ」
「い、いや……私は……」
やばい……意識がだんだんと朦朧として……視界が霞む……
「……」
「エリック!エリック!」
ルビアが切なく僕を呼んでいるが、
僕は気を失ってしまった。
ああ、今度こそ本当に死んでしまったのか……結局、僕は理のカケラさんから与えられた任務を全うすることができずに、今生を終えたわけだ……
悲嘆に暮れている僕は、白に包まれた空間を彷徨っていた。
「エリックは怖い?」
「こ、この声は……理のカケラさん!?」
「エリックは怖い?」
理のカケラさんの声音はいつもの優しい感じではなく、至って冷静だ。威厳のある声に僕はさらに萎縮してしまう。
「こ、怖いです……」
「なぜ怖いのか、言ってほしい」
「僕、みんなを裏切ってしまって……任務に失敗してしまって……悲しむみんなのことを思うと、とても心が痛くて……」
「行きなさい」
「え?」
「誠司くんには私がいる。誠司くんは私のもの。誠司くんは私と共に歩むもの。そして、誠司くんは、私がもっとも愛する人よ」
「理のカケラさん?あなたは一体誰ですか?」
「私は、存在の片鱗」
「存在の片鱗?」
「この世の理を司る存在の片鱗」
「言っている意味がわかりません」
「わからなくて当然よ。誠司くんの正しい心がなければ、誠司くんは、私の声を聞くことすらできないわ。もし、私の本当の姿をみたら、エリックは硫黄と火で溢れるゲヘナに投げ込まれてしまう。だから、誠司くんが本当の私を知ることはできない」
「……」
「行きなさい。誠司くんにはまだやらなければならないことがいっぱいあるから」
「やらなければならないこと?」
「愛を伝え、あの美しい3人の姫たちと幸せになって子孫を残すこと」
「愛……子孫……」
「それこそがエリックに与えられた正しい道なの。だから行きなさい」
「理のカケラさん……」
それっきり、理のカケラさんは何も言ってこない。その代わりに、周りがだんだんと黒くなっていく。
そして
目が覚めた。
「ん……」
「エリック……」
後頭部から伝わる柔らかい感覚と極上の触り心地……まるで、巨大なマシュマロで作られた枕に頭を乗せた時のようだ。
「ルビア……」
「無事……みたいね」
「どうして……」
膝枕されたままの僕はルビアの顔を見ようとするが、間に大きな2つのマシュマロが邪魔しているせいで、ルビアがどんな表情をしているのかは見えない。けど、ルビアはあるところを指差していた。そこへ視線を移すと、命の木があった。
「ルビア……あれを使って僕を救ったのか?」
「……うん」
「エステル女王陛下は?僕よりエステル女王陛下の方がルビアにとって……」
「二つあったの」
「あ、そうか……それはよかった!はあ……」
安堵のため息を吐いて再び視線を巨大な二つのマシュマロの方に向けると、ルビアは突然下を向いて、やるせない表情で僕の頬を撫でる。
「っ!ルビア!?」
「私は、お父様から一度も愛されたことがなかったの」
「え?」
ルビアside
私はこれまで一度もお父様から認められたことも愛されたこともなかった。
『お父様!見てくださいまし!今回も試験で満点を取りましたの!』
5歳だった頃、ヘネシス王国の王であり、私のお父様である彼に私が笑顔を向けて丸尽くしの試験用紙をパタパタさせながら見せる。
だけど、
『……邪魔だ!そんなどうでもいいことで俺の執務室に入るな!』
『は、はい……ごめんなさい』
いつもこんな感じだ。私は、いつもお父様に認めてもらいたくて、褒めてもらいたくて、愛してもらいたくて頑張ってきた。だけど、その度にお父様は蔑んだ目で私に酷いことをいう。
他の官僚や貴族たちには優しいのに、一人っ子である私には冷たく接するお父様。きっと事情があるはずだ。なんらかの理由があるから、素直に私を受け入れてくれないだけだ。そう自分に聞かせて、もっと努力に努力を重ねてきた。表面上はああだけど、心の中では私を愛しているに違いない。
だけど、その努力は、10歳だった時に全部崩れ去ってしまうこととなる。
『私は次期女王となるもの!だからもっと頑張らなくちゃ!』
と、ヘネシス王国の大学レベル相当の論文を書いた10歳の私は、褒めてもらうために、論文を手にお父様の部屋にやってきた。
すると、ドアの隙間から
『きゃっ!あ、あなた……いきなりどうされたんですか?』
『エステル……イラス王国のキュロスという男に処女を捧げたクソ女』
『……』
『俺は、お前と結婚したことを後悔している!』
『どうかお許しを……』
『そんなにあの男の体がよかったのか?我が国でもっとも美しい女であるお前が……結婚する前に処女を捨てるほど、その男が好きだったのか?』
『……私はいつでも死ぬ覚悟ができております。穢された私の体がお気に召されなければ、その腰にある剣で、私の首を……』
『いいや、お前は殺さない。だって、お前より美しい女はこの国にいないから。つまり、お前は、その美しい体と顔以外はなんの価値もないクソ女ってことだよ!』
『……』
『俺、わかっているぜ。キュロスはお前にガイアという名を使って、永遠の愛を誓ったんだって?』
『それは……』
『ははははは!!!でも、お前は俺のものだ。だけど、お前は俺の快楽を満たすための道具にすぎない……なぜなら、お前は穢されたからだ!!!!!!!!!』
私は見てはならない光景を見てしまった。そして、行為が終わった後、お父様が、怒り狂った表情のまま部屋を抜けたことを確認してから、お母様のいる部屋へ入った。
『お、お母様……』
『ルビア……』
『お母様……お母様!!!!』
私は涙を流しながら、お母様のところに飛び込んだ。血のついた布団、傷だらけの体。
『ルビアは私の愛する娘よ』
『うええええええ!!!お母様!!!!!』
この出来事以来、私は「美」に傾倒するようになった。お母様のように美しい女になろうと、いや、このオリエント大陸でもっとも美しい女になろうと決めたのだ。そうしたら、お父様はきっと振り向いてくれるはず。
運動、服、香料、化粧、装飾、などなど。私は美に対して研究し、どうすれば男が欲しがる女になれるのかを探求してきた。
そして、血のにじむ努力を重ねた結果、私はもっとも美しい女となった。
『これなら、お父様もきっと認めてくれるはず!』
15歳になった私は、綺麗なドレス、耳飾り、手首飾り、首飾り、脚飾り、最上級香料、宝石が散りばめられたハイヒールなど、奢侈品を身につけ、病弱になっているお父様の寝室に姿を現した。
だけど
『お前は呪われた女だ。イラス王国の王・キュロスに呪われた女だ。お前の母もあの男から呪われたから、お前も同じく呪われた存在だ。確かにお前は俺の血を継いでいるが、俺はお前を一度でも自分の娘だと思ったことがない』
私は……呪われた存在。
お母様を呪ったキュロスという男は私から全てを奪った。
許さない……許さない……許さない!!!!!!!
やがて、お父様は病死してしまい、お母様が女王となった。
そして一年経った頃
『お前は、このオリエント大陸の中でもっとも美しい女だ。だから、僕の子を産め。それこそが、お前のたった一つしかない存在意義だ』
エリックから言われた忌々しい言葉。
私は、あの言葉を聞いた瞬間、キュロスとその息子であるエリックを殺そうと心の中で密かに決めた。
エリックside
涙しか出てこなかった。
気づいた時は、僕は、ルビアを強く抱きしめて、体を震わせていた。
「ごめん……ごめん……僕が悪い。僕、ルビアにあんな酷いことを……」
追記
次回はルビアの甘々な場面が見られます!この物語もそろそろ終わりに近づいてきてますね!
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