2話 和解

 セーラは体の震えが止まらず、その振動が俺の身体に直に伝わる。華奢きゃしゃな体つきだから余計、俺の涙腺を刺激した。


 こんなか弱い女の子が、家族を養うために命懸けでメイドをやっていたのか。どんな優秀なメイドでも、二ヶ月も経たないうちに病んでしまったが、この子は一年も俺の身の回りの世話をしてくれている。幼いけど、本当に立派な女の子だ。


「エリック様……お許し……くださいませ……家族だけは……」


 僕は怯えるセーラの耳に優しく声をかけてやった。


「家族は殺さない。こんなにかわいいセーラちゃんを産んでくれたお母さんもお父さんも、そして弟も妹も殺さない」

「え?」

「セーラちゃんの家族は殺さない。そして皿を割ったのも大丈夫だ。こんなに緊張しているのに逆に失敗しない方がどうかしてる」

「エリック様……」

「とりあえず、このまま、身体の震えが止まるまで一緒に居よう。君に絶対危害を加えないことをオリエント大陸を司る大地の神・ガイアに誓う」

「は、はい……」


 オリエント大陸における権威者がガイアに誓うという行為は大きな意味合い持つ。もし、その誓いに反する行いを見せると、その者は必ず裁きを受けなければならない。場合によっては、王であっても死ぬ場合がある。セーラも恐らく知っているのだろう。


 役所で働いてた頃は、子供の面倒をみることも多かった。もちろん中には泣き虫や臆病な子も結構いて、こんなふうにやさしく抱きしめてあげれば大人しくなる。


 前世での記憶を頼りに、僕はセーラを抱きしめながら頭を優しくなでなでしてあげた。最初こそ、セーラは戸惑っていたが、次第に緊張がほぐれ、不規則な呼吸も整っていった。



 セーラが落ち着いたのを確認した僕は、離れて口を開く。


「指に怪我はない?」

「は、はい!大丈夫です!でも……」

「でも?」

「エリック様の皿を割ってしまって……同じものを調達しようとしたら、私の給料の5倍分の金貨が要ります……」

「気にするな。ちゃんとこっちが金出して買うさ。所詮モノだ。でも大事なセーラちゃんはこの世に一人しかいない」

「ん!えええ、エリック様!キュキュ……急にどうされましたか!?」

「うん?セーラちゃんこそなんでそんなに驚いてるの?」

「そそ、それは……名前で呼ばれたのも初めてですし……いつもはすごく怖い表情と言葉遣いで……でも今は、とても優しく……あっ!今ので気分を害されたのでしたら謝罪します!ごめんなさい!」


 またセーラはオドオドしながら頭を下げる。確かに僕には二つの記憶が存在する。過去のエリックと山岡誠司としての記憶。だけど、僕の性格と自我は昔のエリックではなく、役所でモンスタークレーマーを捌いていた山岡誠司だ。


 なので、いつものように接しただけだが、セーラからしてみれば、まるで別人のように映ったのだろう(別人だが……)。


 でも、ここでいきなり「僕は日本という国からきた山岡誠司だよ」と打ち明けることはできまい。信じてくれるはずがないし、キチガイだと誤解して、より当惑してしまうのだろう。


 だから、僕はこの場を丸く収めるための言い訳を考えた。


「ううん。怒ってない。あとセーラちゃんには伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいことですか?」

「うん。僕は1年間セーラちゃんに対してひどいことをしてきた。そのことに関しては、本当に申し訳ないと思っている」

 

 僕は、頭を下げて、セーラに謝罪した。すると、セーラが両手をぶんぶん振ってくる。


「頭を上げてください!イラス王国の王子様が私みたいな下賎な婢女はしために……」

「下賎ではない。セーラちゃんは立派でとてもいい子だ。家族全員を養うために僕のメイドを1年間やめずに頑張ってくれた」

「え、えええええ?!エリック様……急にそんなこと言われると……」


 セーラは恥ずかしそうに視線を外してモジモジしている。


「あと、今セーラちゃんが見ている僕が本当の僕だ。今まで辛く当たったのは、セーラちゃんが信頼できる人なのか僕の命を狙っている人なのか試すためだった」

「ほ、本当ですか?」

「うん。結果、セーラちゃんは僕が信頼できる人であることが分かったんだ」

「い、いいえ!私なんか、エリック様に信頼されるほどの人間ではありません!身分も低い上に、持っている財産もなく、あるのはこの身体だけです……」


 かしこまるセーラに僕は優しく語りかける。




「僕はセーラちゃんの身分とか財産とかに興味はないよ。セーラちゃんという一人の女の子としての魅力について話しているから」

「……」

「セーラちゃんは、一年間も僕に尽くしてくれた。つまり、僕の課した試験に見事合格した。だから、もうセーラちゃんに酷いことは言わない」

「……」

「セーラちゃんを大事にする」

「エリック様……ずるいです。私……今まで……本当に本当に怖かったのに……今はとても優しくしてくださるから……」

 

 セーラは目を潤ませてから思い詰めた表情を作る。


「おそらく、セーラちゃんの心の傷がすぐ治ることはないだろう。だから、これからはセーラちゃんを大切にして行きたいと思うんだ。これからもずっと僕の専属メイド、やってくれるか?」

「……エリック様は次期王であらせられます……ですから、私に拒否権などございません」

「僕は次期王としてでなく、一人の男としてセーラちゃんに聞いているんだ。僕の専属メイド、続けてくれるかい?」


 僕が微笑みを浮かべてセーラを見つめて問うと、セーラは頬を赤く染め、下を向く。その愛くるしい姿を見て嘆息を漏らしていると、やがてセーラは顔をあげ、明るい表情で答えてくれた。


「はい!」


 そんな可愛いセーラの頭に僕は手を置いて、優しく撫でてあげた。


「ん……エリック様……恥ずかしいです……」

「セーラちゃん、一つお願いがあるんだ」

「なんでしょう……」

「僕の本当の性格を知るものは今のところセーラだけだ。だから、僕が急に変わったとか、そんな噂が立つとややこしくなるから、今日あったことは……」

「誰にも言いません」

「助かる」


 これで、メイドちゃんと仲直りすることができた。なんだか過去のエリックの尻拭いをさせられてる気がしてならないが、幸いなことに、僕の前世での対人スキルが功を奏した。


 あとやることは。


『三つの王国の姫たちと仲直りして、結婚をして異世界を救ってほしい」』

 

 うん。全体像はある程度掴めた。

 






 あとは旅立つだけ。


 その前に、父上を安心させないと。

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