第4話 仕組まれたゲーム

「天堂さん。これから時間は空いてるか? ちょっと影人えいとと一緒に協力してほしいことがあるんだけど」


 雪道ゆきみちが俺とお嬢にそう声をかけたのは、放課後になり、これから下校しようという時だった。その手には見慣れない大きな紙袋を持っている。


「私は大丈夫よ」


「俺の予定はお嬢に合わせるが……何に協力させる気だ? どうやらその紙袋の中身が関係してそうだが」


「ご明察」


 頷くと、雪道ゆきみちは紙袋からタブレットよりも一回りほど大きな箱を取り出してみせた。見たところ市販のものではない。箱の表面にはマジックペンで文字が書かれてある。


「…………『人生ゲーム(仮)』?」


「おう。ちょっと知り合いに頼まれて作ってみたんだよ。せっかくだからテストプレイに協力してもらおうと思ってな」


 箱の中身には確かに人生ゲームで用いる道具の一式が入っていた。ぱっと見では市販のものと見分けがつかないぐらいに作りこまれている。


「お前、本当に手先が器用だな」


「よせやい。ただ女の子にいいようにこき使われているうちに身についただけだ」


 果たして哀れまなくてもいいのかを一瞬だけ悩んだが、本人が満足しているのなら水を差す必要はないだろう。


「風見の手先はともかくとして、面白そうじゃない。さっそくやってみましょう」


「お嬢がそう仰るのでしたら……」


 市販ではなく手作りという部分にお嬢は惹かれたのだろうか。

 確かに、市販のものよりは突飛で思いもよらないものが飛び出してきそうという点においては、お嬢の好奇心をくすぐるものがあったのかもしれない。


「基本的なルールは普通の人生ゲームと一緒だ。サイコロを振って、出た目の数だけ進む。んで、止まったコマに書かれてあることが起きたり、指令をこなす」


「サイコロ? ルーレットじゃないのか」


「んにゃ。そこはまだ作れてなくてな。今日のところはサイコロにしてくれ」


 そう言って雪道が十面ダイスを取り出すも、


「待ちなさい。風見あなたが持参したサイコロほど、この世で信頼できないものはないわ」


「ひでぇ言い草だなぁ……」


「日頃の行いだろ」


 そして実を言うと、俺もお嬢の意見に賛成だ。


「『指令をこなす』ってことは、何かしらやらされるはめになるんだろ。イカサマされてお嬢と俺に変なことをさせようとしてる……って可能性は十分にある」


「信用のなさに傷つくねぇ。……つっても、他にサイコロなんて持ってきてないぜ」


「そこは安心してちょうだい。私、手持ちのサイコロがあるから」


 お嬢が制服のポケットから淀みない手つきで取り出してきたのは、黒い十面ダイスだ。


「? お嬢、よく十面ダイスなんて持ってましたね」


「そうね。たまたま、偶然、ポケットに入ってたの」


「は、はぁ……」


 果たして、そんな偶然があるのだろうか……。

 ……考えすぎか。第一、お嬢がわざわざ十面ダイスを制服のポケットに入れておく意味なんてない。今日、雪道ゆきみちが人生ゲーム(仮)を持ってくることなんて、お嬢は知らなかったわけだし。

 それに、少なくとも雪道ゆきみちの持ってきたサイコロよりは信頼できるしな。


「じゃあ、天堂さんのサイコロを使ってさっそく始めるか。順番は……オレから時計回りでいいか?」


「私は構わないわよ。ゲームを作った人が最初にやった方が、色々とスムーズに進みそうだし」


「お嬢がいいなら、俺も構わない」


 時計回り……今座っている位置から考えると、一番目が雪道、二番目がお嬢、三番目が俺ってことか。


「オッケー。そんじゃ、天堂さんの十面ダイスをお借りするとして……これが駒な。そんでこっちが紙幣で……」


 駒は車の形をしており、そこにプレイヤーとなるピンを指していく。

 紙幣にしても駒にしても市販のものとそう変わらないクオリティだ。こいつの手先の器用さは、十分に商売が出来る腕前だろう。


「これでよし、と。これで準備は完了だ。……それとはじめる前に言っておくが、とまったマスに書かれてある内容は絶対だ。必ず守ってくれよ。じゃないと、白けちまうからな」


「……お前な。さては妙なことを」


「分かってるわよ。早くはじめましょう。時間が勿体ないわ」


「ほいほい。そんじゃ、まずはオレからっと……」


 俺が確認しようとしたが、構わずにお嬢がゲームの開始を促す。

 お嬢がやる気になっている以上、俺がそこに水を差すのは気が引ける。

 ……まあいいか。妙なことになったら、俺が止めればいいし。


「出た目の数は……いきなり十か」


 雪道は駒を十マス分進める。……が、止まったマスには何も書いていない。


「……ん? ちょっと待て。この人生ゲーム、どのコマにも文字が書いていないぞ」


「へへっ。実はこれ、全部シールになってんだよ。止まったマスのシールを剥がせば、内容が出てくるってわけだ。何が書いてあるのか分からない、ワクワク感があっていいだろ?」


「へぇー。凝ってるじゃないか」


 思わず感心してしまう。どうやら全てのコマにシールが貼られているらしい。

 確かにこれはちょっとワクワクするかも。


「よし。このマスはなんだったかな……げっ」


【校舎周りを十周する。その間、プレイヤーの順番はスキップされる】


「あちゃー。こりゃいきなりとんでもないハズレを引いちまったぜ」


「これはお気の毒様ね」


「いやぁ、本当に残念だ。しかも校舎周りを十周するまで順番は飛ばされちまうからなー。オレに構わず、二人きりでゲームを進めててくれ」


「そうね。遠慮なく、二人きりで進めさせてもらうわ」


 ――――なんだ? 今、一瞬……二人の間でアイコンタクトが交わされていたような……?


 俺が首を傾げている間に、雪道ゆきみちは席を立って放課後の廊下へと消えていく。


「次は私の番ね」


「そ、そうですね」


 お嬢は何事もなかったかのようにサイコロをふる……あれ? お嬢、俺が目を話す前は右手でサイコロを持ってなかったっけ……いつの間に左手に持ち替えたんだ?


「出た目は……八ね。八個進めて……」


 お嬢は自分のコマを進め、止まったマスのシールを剥がす。


【次の自分の番が来るまで隣の人と恋人繋ぎをする】


 …………………………………………なにこの指令。


「あの、お嬢…………」


「あら。出てしまったものは仕方が無いわね。今は隣に影人えいとしかいないわけだし……しましょうか。恋人繋ぎ」


「いや、この指令はおかしいのでは……」


「おかしい? そうかしら。ごくごく一般的な指令だと思うけれど」


「一般的…………???」


 もしかすると、お嬢と俺とでは『一般的』の定義が異なるのかもしれない。


「指令には従うのがルールでしょう?」


「……お嬢がそう仰るのなら、構いませんが」


「ん」


 恐れ多くもお嬢と手を繋ぎ、指を絡める。

 ……柔らかいな。それに温かい。お嬢の体温が伝わってくるようだ。


「ふふっ。影人えいと、手が大きくなったわね」


「いつの話をされてるんですか」


 お嬢はいつの間にか椅子を隣に寄せて……心なしか、距離も近いような。


「あの、お嬢……近すぎませんか?」


「仕方がないじゃない。恋人繋ぎをする必要があるんだから。ね?」


 しかし、それにしたって肩が触れるほど近づく必要があるのだろうか?

 お嬢が満足げだから別に構わないのだけども……。


「さ。ゲームを続けましょう。次は影人えいとの番よ」


     ☆


 駅前王子様クッキー事件(影人えいとが通りすがりに女の子を助けてお礼にクッキーをもらった一件)の露呈により、私は兼ねてより考えていたある計画を動かすことにした。


『珍しいですねぇ。天堂さんの方からオレに電話をかけてくるなんて』


「あなたに頼みたいことがあるの」


『頼み? そりゃますます珍しい。さては、オレと幼馴染であることを思い出しました?』


「『幼馴染』はおろか周りの人間に心を開かないあなたが言えたセリフじゃないわね」


『おやこれは意外だ。お嬢様は、オレとフレンドリーに接したい願望があったなんてね。これからは下の名前で呼びましょうか?』


「お断りよ」


 この幼馴染が周りの人間に対して心を開かないのは昔からだ。だから私のことを『天堂さん』と他人行儀な呼び方を貫いている。それで特に困ったこともないし、どうでもいいけど。……風見が心を開いているのは影人えいとぐらいのものだろう。だから影人えいとに対してだけは下の名前で呼んでいると、私はにらんでいる。


「……そろそろ本題に入りたいのだけれど、構わないかしら」


『いいっすよ。受けるかどうかは報酬次第ですけど』


「分かりやすくて助かるわ」


 つまるところ、報酬さえ用意出来れば動いてくれる。風見のこういう分かりやすい部分は私も評価している。


「作ってほしいものがあるの。あなた、手先は器用でしょ?」


『まあ、母親が技術者だし、色々手伝ってたのもあってそこらへんの自信はありますがね。何を作ってほしいんです?』


「人生ゲーム」


『……………………すんません。もうちょい詳しく説明してもらっても?』


「はぁ……仕方が無いわね。理解力のないあなたのために、もう少し詳しく説明してあげる」


『……………………あざーす』


「私と影人えいとが合法的にいちゃいちゃするための人生ゲーム」


『……………………ちゃんと寝た方がいいっすよ』


「誰が睡眠不足よ」


 失礼しちゃうわ。睡眠時間はちゃんと確保しているに決まっているじゃない。


「細かい仕様はこっちで作ってあるから、あとはあなたに形にしてもらいたいの。それと、影人えいとと遊ぶときにも協力してもらえると助かるわ」


『まあ……いいっちゃいいですけどね。面白そうだし。けどその分、報酬は貰いますよ』


「……いいわよ。何が望み?」


『貸し一つ』


「……あなたに貸しを作ることになるなんてね。いっそ札束でも要求された方がマシだわ」


『こっちとしちゃあ、天堂星音に貸しを作れることの方が金よりも価値があるんでね』


 この男に貸しを作ることは嫌だけど、仕方がない。

 高校生になってから影人えいとに近づく女の子が増えてきた。多少のリスクは覚悟の上。


「分かったわ。その条件で構わない」


『契約成立』


 風見は仕様書を送ってから三日ほどでその『人生ゲーム』を完成させた。

 けれど問題はそこから。いかにして影人えいとにその『人生ゲーム』をプレイさせるかだった。

 私がこれをいきなり持って行って一緒に遊ぶように指示してしまえば、それはあくまでも『主従関係』の延長に過ぎない。それではダメだ。せっかくのゲームも効果がない。


 あくまでも自然に。屋敷で遊べばどうしても『主従関係』としての雰囲気が拭えない。たとえば、そう……学園の中なら。『主従の関係』ではなく『学生同士』のシチュエーションで遊ぶことが出来るのではないか。


 そこで私が考えたのは、風見の方から誘ってもらうという手だ。


 これなら自然に『放課後に友人と遊ぶ学生』としての状況に持ち込める。

 だけどこの手には一つ問題がある。単純に風見が邪魔だという点だ。


『何か理由をつけて離脱してもいいですけど』


「それじゃあやっぱり不自然よ。あくまでも自然に、必然に……そうね。十マス目の指令で抜けてもらうことにしましょう。サイコロに細工をして、絶対に『十』が出るようにすれば問題ないわ」


『それだと、天堂さんと影人えいとのやつも十マス目に止まっちまうんじゃ?』


「隙を見て私がサイコロを入れ替えるわ。こっちのサイコロには、逆に『十』が出ないように細工を仕込めばいいし」


『わーお。そりゃ手間の込んでることで……』


 だけど風見が用意したサイコロを使えば疑われるかもしれないので、あえて風見が出したサイコロを排除させ、私が用意する流れになった。こうすれば少なくともサイコロに細工がされているという懸念が多少は解消されるだろう。


 そして当日。


 全ては予定通りに事が運ばれ、私と影人えいとは二人きりでゲームを進行することになった。


 放課後の教室。二人きり。これ以上ないシチュエーション。

 これで思う存分、影人えいとといちゃいちゃすることが出来る。


 だけど目的はそれだけじゃない……このゲームで、影人えいとを攻略してみせるんだから。


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