第13話 試合の前に
天上院学園の球技大会は景品が出るということもあって、生徒たちにとって大きなイベントだ。
昔はそうでなかったらしいけれど、どこかのタイミングで生徒会や融和委員会――内部生と外部生の溝を埋めるために設立された委員会――による改革が入ったことで、今のような景品が出る形式になったらしい。
なので、教室で待機している生徒たちの士気は高い。特に運動部員たちは随分と張り切っている。
ちなみに運動部員たちは、所属している部活動と同じ競技に参加してもよいとされているが、上限が設けられている。
たとえばバスケ。仮にクラスに五人のバスケ部員がいたとしても、球技大会のバスケに参加できるのは二人までとなっている。ちなみに俺たちA組のバスケ部員は二人だが、本人たちの士気は周りと比べて低い。
「バスケ部員って言っても、ウチらはベンチですらないしね」
「それにC組には
「C組にバスケ部員は織田さんしかいないけど、それでもねぇ……」
「あたしらみたいなのが何人いようがどうしようもないっていうかさ……」
この二人……
「そんなことありませんよ。相川さんは視野が広いですし、咄嗟の状況判断力に優れていらっしゃいます。パスの速度やパスを出すタイミングも素晴らしいです。上野さんは試合の最初から最後まで走り切れる体力がありますし、シュート力だって中々のものです。何より二人とも基礎がしっかりと身についております。地味な基礎練習を根気強く続けている証拠ではないですか」
「夜霧くん、ウチらのことそこまで見てくれてたの……?」
「覚えてませんか? 中等部にいた頃、織田さんに誘われて少しだけ女子バスケ部の練習を見学させていただいたことがあったのですが……」
「そりゃあ、覚えてるけどさ。てっきり織田さんのことしか見てないのかと……」
「そんなことはありません。皆さん一人一人の頑張りは、全て覚えています。相川さんや上野さん……他の部員の方々も含め、全国大会にむけてひたむきに練習されていた姿はとても真っすぐで、織田さんにも負けず劣らず輝いていましたから」
己が才に溺れず奢らず、幼少の頃から努力を重ねてきたお嬢のお姿を見てきたせいだろうか。頑張っている人というのは、俺の眼には輝いて見える。そんな人を少しでも応援したいと思うのは、もはや染みついたものだ。
「……あ。そうだ。よろしければ、こちらを皆さんでお使いください」
「これ……保冷バッグ? 何が入ってるの?」
「球技大会は勝ち進むと試合を重ねることになるので、おにぎりやゼリーなど、エネルギー補給になりそうなものを色々と。飲み物も用意していますので、お嬢たちと召し上がってください」
「わざわざ用意してくれたの?」
「それにこれ、全部手作り? これだけのものを用意するとなると、朝も早かったんじゃ……」
「俺にはこれぐらいしか出来ませんから」
本当は俺も試合に参加してお嬢を支えたかったのだが、俺は女子の試合に出ることはできない。これぐらいのことしか出来ないのが歯がゆいぐらいだ。
「……ありがとう。夜霧くん」
「……試合の前から諦めちゃダメだよね。うん。あたしたちもがんばる!」
「はい。頑張ってください。影ながら応援させていただきます」
それが、お嬢に仕える者として俺が出来る精一杯のことだ。
「――――そこまでよ、
「…………両手を上げて大人しくして」
そのお嬢本人と、乙葉さんが教室に現れた。既に更衣室で着替えを終えており、天上院学園の体操着を身に着けている。運動のためだろう。髪は後ろで束ねていて、二人とも今日はポニーテールだ。
「えっ。なぜホールドアップ……?」
「「いいからじっとしてて。お願いだから」」
言われた通りにするものの、なぜホールドアップを命じられたのかはまったくの謎だ。
お嬢と乙葉さんは、相川さんと上野さんの様子を一瞥すると、二人揃って沈痛な面持ちをし始めた。
「嘘でしょ……着替えをしていた、たった一瞬で……!?」
「……あまりにも、手際が良すぎる…………!」
よく分からないが、二人はもうすっかりと気が合っている。
今日の球技大会まで、ほとんど毎日一緒に練習した仲だもんな。
「
「ですが、まだ時間的には余裕が……」
「……待たせるといけない」
そのまま二人に背中を押され、半ば追い出されるようにして俺は雪道のいる方へと押しやられてしまった。
「あ、あの、お嬢! 皆さん! 頑張ってくださいね!」
☆
「まったく……油断も隙もないわね」
「……心休まる時がない」
羽搏さんの言葉には同意しかない。二人揃ってため息をつくあたり、癪だけど私たちも息があってきたということなのだろう。
「だけど相川さんと上野さんの二人は大丈夫。『ちょっといいかも……?』ぐらいの段階よ。
「……どうしてそんなことがわかるの?」
「
「……同情する」
同情されるのはあまり好きじゃないけど、今回ばかりは染みるわね。……まさかこの気持ちを誰かと共有できる日がくるとは思わなかったけど。
……まあいいわ。それに、良いこともあった。
「相川さん。上野さん。どうやら二人とも、ちょっとは勝つ気になってくれたみたいね」
「あはは……うん。まあね」
「ていうか、見抜かれてたか」
「生憎と、私の眼は節穴じゃないの。さっきまでは
「安心なさい。確かにあなたたち二人だけなら勝算は低いかもしれない。……でもこのチームには私と羽搏さんがいるし、試合形式も人数の関係で四対四。普段の試合とは勝手が違う。何より……」
「「……何より?」」
私は二人の視線が集まったタイミングで、
「この球技大会に向けて、私と羽搏さんは血の滲むような猛特訓をしてきたの」
自信たっぷりに、堂々と言ってやった。
「「血の滲むような猛特訓……?」」
二人は、私の言葉にぽかんとしている。
……おかしい。ここは感心して拍手喝采するところなのに。……もしかすると、半端な練習をしたのだと勘違いしているのかもしれない。
「そうよ。半端な練習はしてないわ。設備を貸しきった上に、元プロのコーチまで雇ってみっちりと鍛えたんだから」
「すごっ。流石は天堂グループのお嬢様……」
「そうなの? 羽搏さん……」
「……ん。ばっちり。絶対に勝ちたいから、頑張った」
クールな表情そのままにこくりと頷き、ピースサインを作る羽搏さん。
そんな私と羽搏さんを見て、相川さんと上野さんは互いに顔を見合わせて――――
「ぷっ。くくっ……」
「あははははっ!」
なぜか噴き出した挙句に、大笑いした。
「……あ、ごめんごめんっ。別にバカにしてるわけじゃなくてさ」
「球技大会なのにあまりにもガチだから、つい……ふふっ」
どうやら虚仮にされてるわけではないらしい。
それにしたって笑われるとは思わなかった……球技大会に真剣なのは当たり前だ。こっちは引き抜き泥棒猫を何としてでも阻止したいのだから。
「それにしても、血の滲むような猛特訓って……」
「天堂さんって……思ってたよりも面白い人だったんだね」
「なっ……!? お、面白い?」
また言われた。面白い……? それじゃあ、まるで私が芸人枠のような感じじゃない……!?
「……うん。天堂さんは面白い。そして愉快」
「あはははっ。羽搏さんも、思ってたより面白いよ」
「ていうか、猛特訓なら誘ってくれればよかったのに」
それも一応、考えたことだ。でも……。
「あなたたちは放課後、バスケ部の練習があるでしょ」
「……流石に球技大会のために、あなたたちの部活動の時間を削ることは出来ない」
そう言うと、相川さんと上野さんは目を丸くして、
「天堂さんたちって、意外と真面目なんだね……?」
「そうそう。思ってたよりも身近な感じがするっていうか……」
二人は自分の中で言葉を探しているらしい。少しずつ、続く言葉を紡ぎ出していく。
「……なんて言うのかな。二人とも、別に怖いってわけじゃなかったんだけど……」
「高嶺の花、ってやつ? あたしらとは格が違うって感じがして、あんまり話しかけられなかったんだ。……でも、こんなにも面白いなら、もっと早くに話してみればよかったかも」
……そう思われていたんだ。別に気にはしてないけど。
「そっかそっか。猛特訓か。ウチらもバスケ部として負けてられないね」
「なんか行ける気がしてきた! 一緒に優勝目指して頑張ろう!」
何にしても、士気が上がったのは良いことだ。
「目指すんじゃないの。優勝するのよ。そこのところ間違えないで」
「……それ以外に興味なし」
私と羽搏さんがきっぱりと言い切ると、相川さんと上野さんの二人も頷いた。
「そうだね! ビビってたらダメだよね!」
「優勝しよう! あたしたちで!」
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