第12話 同盟

「あちらが食堂になります。今は難しいかもしれませんが、状況が落ち着いた頃にご利用ください。味の方も生徒たちからは好評です」


「……覚えておく。その時は、影人えいとも一緒に来てくれる?」


「そうね。三人で一緒にランチというのも悪くないかもしれないわね」


「……三人一緒じゃなくてもいい」


「そう。だったら風見も呼んで四人にしましょう」


 先ほどから学園を案内しているが、既にお嬢と乙葉さんの間では幾つもの言の葉が交じり合っていた。不思議と俺の眼には刃を手にした二人が斬り結んでいるようにも映ったのだけれども、それはきっと疲れからくる幻覚なのだろう。


(お嬢が学園で、こんなにも他の女性と言葉を交わしているところを見るのは初めてかもしれないな……乙葉さんにしたって、あの休日の時よりもずっと口数が多い気がする)


 お嬢にしても乙葉さんにしてもニコニコしてるし、二人ともお互いに気が合うんだろうな。それこそ、何かきっかけさえあれば良い友人になれるかもしれない。


「ここが中庭です。御覧の通り、広さもあるのでお昼休みには芝生の上で日向ぼっこをされる方や遊びに興じられる方で賑わっていますし、あそこに咲き誇っている美しい花々は、園芸部の方々の努力の賜物です。……いかがでしょう。あそこのベンチで、花々を眺めながら休憩しませんか?」


「……そうね。ずっと気を張り詰めていても仕方がないし」


「……確かに。ここで一息つくのもいいかもしれない」


 タイミング良く、学園の案内も中庭まできたところで、俺は二人をベンチまで案内する。

 ……別に肩を寄せ合って座ってほしいとまでは思ってないけど、それでも両端に寄って座るとは思ってなかった。


 これを見ると、あまり仲が良いようには……いや。まさか……二人は――――


(――――照れているのか?)


 そうか。第三者である俺がいる前だと、お嬢も乙葉さんも照れくさくて仲睦まじく振る舞うことが出来ないのかもしれない。そういう意味では、やっぱりこの二人は気が合うのかもしれないな。


(……よし)


 前からお嬢に学園でのご友人がいないことは個人的には気にしていたことだ。

 乙葉さんならばきっとお嬢とも気の合う良きご友人になるかもしれない。

 おこがましいことかもしれないが、ここはちょっとだけ背中を押させてもらおう。


「お嬢。乙葉さん。喉が渇いたでしょう? 俺が何か買ってきますから、お二人はここで休んでいてください」


 そのまま言葉を返す隙を許さぬまま、ひとまず俺はその場を離れることにした。

 飲み物を買いに行くというのは本当。ただ、学園の売店や自動販売機ではなく学園の近くにあるコーヒー店ではあるけれど。


(この間に、少しでも交流を深めてくれればいいな)


     ☆


 …………呼び止める間もなく行ってしまった。

 まったく、影人えいとったら。一体どういうつもりなのかしら。


「…………」


 羽搏乙葉むこうもいきなり私と二人きりの状態になって、少しだけ戸惑っているようだ。……とはいえ。実のところ、私も戸惑ってはいるけれど。

 さっきまでは何だかんだ泥棒猫に対する牽制をするという勢いがあったわけだけど、影人えいとがいなくなったことでその勢いもすっかり落ちてしまった。

 かといって、このままずっと黙っているのも居心地が悪い。


「……ねぇ」


「……なに?」


「…………あなた、もう歌えるようになったの?」


「……うん。少しずつだけど、あの日から歌えるようになった。今はゆっくりレッスンして、リハビリしてる最中。せっかくだから、学園生活を楽しむつもり。学生生活の経験があれば表現の幅も広がるかもしれないし……お父さんを安心させてあげたいから」


「そう。それは何よりね」


「……心配してくれてたの?」


「そ、そんなんじゃないわ。ただ……あなたの歌声に関しては……悔しいけど、この私が認めざるを得ないものよ。それが無くなったら、勿体ないって思っただけ」


「……それを心配って言うんじゃないの?」


「だから違うって言ってるでしょ」


 ああ、もうっ。この子、ちょっと天然入ってるのかしら。

 話題を変えた方がよさそうだ。


「それよりも。あなた、どうしてこの学園に転入してきたの?」


「……前から興味があったの。ここ、お母さんが通ってたところだから。影人えいとがいたのは知らなかったから、嬉しい偶然」


「あなたのお母さんね……いくつか曲を聴いたことあるけど……人の心に響き、色づかせる、素敵な歌だったわ。この私が手放しで認めてあげるぐらいにはね」


「……当然。わたしのお母さんだから」


「休日の時から思ってたことだけど。あなた、そういう顔も出来るのね。テレビではもっとクールな感じだったのに」


「……影人えいとのおかげ」


 そういうことね。まったく……影人えいとったら。目を離すとすぐにこういうことしちゃうんだから。私もそうやって救われた側の人間だから、なおさらこの子の気持ちが分かってしまう。


「……一緒に居たい。傍に居たい。誰にも渡したくない。こんな気持ち、はじめて。影人えいとがはじめてなの」


「……そうね」


 放課後の中庭に風が流れ、私たちの頬を優しく撫でる。


「うん。私にも理解出来るわ。その気持ち」


 だって私たちは同じ人に救われて、同じ人を好きになってしまったから。


「……天堂グループのご令嬢。パーティで少し見かけたことがあるぐらいだけど、あなたも思ってたより……」


「思ってたより可愛らしくて驚いたかしら?」


「……面白くて愉快な人だった」


「それ、褒めてるわけ?」


「……褒めてるつもり」


 素直に喜んでいいのか判断しかねるわね。


「……あなたは綺麗だし、可愛いし、勉強も出来てスポーツも出来て、影人えいとのご主人様。強力なライバル」


「……まあ? あなただって美人だし、絵本から飛び出してきた妖精みたいな美しさだし。歌にしたって、悔しいけど私が認めざるを得ないし。他の泥棒猫に比べれば、中々に厄介だと言ってあげるわ」


 学園の中でここまで思い切った会話なんて、女の子同士だとあまりしたことがなかった。

 だからちょっと、不思議な気分だ。


「……でも、負けないから」


「それはこっちのセリフよ」


 どんな手強い子が相手だって、影人えいとを渡してなんかあげないんだから。


「お嬢、乙葉さん」


 ようやく影人えいとが戻ってきた。その手にはコーヒー店の紙袋があるところを見るに、やはり席を外したのはわざとだったらしい。


「お待たせしました。……遅くなって申し訳ありません。途中で、知り合いの方に呼び出されてしまって」


「別にいいわ。こっちはこっちで楽しんでたから」


「……うん。有意義な時間だった」


「それは何よりです」


 影人えいとからコーヒーを受け取る。描かれているマークは、天堂グループ傘下にある店のものだ。……流石は影人えいと。私の好みの味をバッチリ把握してくれているわね。そうそう。このエスプレッソは私も開発の時に少しアドバイスして改良を加えたのよね。そのかいあって改良前より売り上げが向上して…………。


「ちょっと待ちなさい」


「お嬢?」


 私の勘が告げている。さっきの影人えいとの言葉で、聞き捨てならないことを聞いたような気が……。


影人えいと。知り合いの人に呼び出されたって言ってたわよね?」


「はい。それがどうかしましたか?」


「誰に何の用で呼び出されたの?」


「C組にいる女子バスケ部の方です。どうしても聞いてほしいお願いがあるとかで」


「へぇ――――……そう。聞いてほしいお願い、ねぇ…………」


 確かC組に女子バスケ部員は一人だ。しかも、中学時代は全国大会にも出たことがある将来有望な実力者、期待の新人とかで雑誌とかでも話題になってたはず。


「ちなみにその子とはどういう関係?」


「以前、バスケの悩みを抱えていた際に、俺が通りがかって……ちょっと話を聞いたり、練習に付き合ったりしただけですよ」


 ああ、なるほど。そういえば中学時代、影人えいとがバスケやトレーニングに関する本を読み漁って知識をつけたり、やたらと栄養バランスに凝ったお弁当を朝早くから起きて作ってた時期があったっけ……なんで急にバスケとは思ってたけど……これで謎が一つ解けたわ。


「……お願いって、どんな?」


 どうやら羽搏さんも勘づいたらしい。


「今度の球技大会で優勝することが出来たら、俺に女子バスケ部に入ってほしいと……出来れば専属の練習パートナーになってほしいとかで」


「「……………………」」


 なるほどなるほど。専属の練習パートナー、ねぇ……?

 へぇー。ふーん。そういうこと。これはアレね。最初は練習パートナーから初めて、最終的には人生のパートナーとかやっちゃうやつね。


「ねぇ、影人えいと。その子は球技大会で何の競技に出るって言ってた?」


「確か……バスケだったと思います。うちの学園の球技大会は景品も出ますからね。各クラス、運動部員は気合を入れてますよ」


「私たちのクラスが参加する競技を決めるのは明日よね?」


「そのはずです。他のクラスより少しばかり遅いですが……今思えば、乙葉さんが転校してくるので、先生が配慮したのかもしれませんね」


「…………!」


 どうやら羽搏さんは、私の意図に気づいたらしい。


「そうだ影人えいと。今日はこのまま帰るから、教室から鞄を取ってきてくれないかしら。羽搏さんの分も一緒に」


「分かりました。少々お待ちください」


「ええ。頼んだわよ」


 影人えいとはまた駆け足でその場を去った。今度はさっきより早く戻ってくるのだろうけれど、時間は僅かでもお釣りは来る。


「ねぇ、羽搏さん。あなた、バスケに興味はある?」


「……今はある。ちょうど球技大会はバスケにしようと思ってた」


「それは奇遇ね。私も球技大会はバスケにしようと思ってたところよ。ちなみにあなた、バスケはやったことある?」


「……やったことはない。でも、運動は出来る方」


「私もあまりやったことはないけど、まあセンスはある方だと思うわ」


「……だったら、お互いに練習が必要」


「そうね。まずは練習用の設備と指導してくれるコーチの用意かしら」


「……球技大会までに仕上げるには、きっと厳しい特訓が必要。お嬢様には耐え切れないかも」


「寝言は寝て言いなさい。華奢な歌姫様の方こそ心配だわ。途中で倒れてしまうかもしれないもの」


「……それこそ寝言。厳しいレッスンは私にとっての日常だよ」


 私たちはお互いの目を見つめ合う。……意図は明白。意志は合致。


「練習設備と指導者コーチはこっちで手配しておくわ」


「……放課後の予定は全て空けておく」





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