第3章 交流するお嬢様と歌姫編

第11話 交わる刃

 活動休止中だった歌姫の転入というニュースは瞬く間に学園中へと駆け巡った。


「すっげー! 本物の羽搏乙葉はばたきおとはだ!」

「どうしてうちの学園に転入してきたんですか!?」

「よろしければ連絡先を……!」

「あのっ! 私、ファンなんです! 握手してください!」


 ホームルーム後の授業が終わった瞬間、彼女の周りはあっという間に人が集まり、それは二限目、三限目と休み時間になる度に人数が増えていき、ついには教室の外にまで見物の人だかりが出来るほどだ。


 昼休みには生徒会が直々に出張ることになり、周囲の見物人たちに注意をせざるを得なかった。


「まさかうちの学園に転校してくるなんて…………」


 お嬢は朝から机に突っ伏したままだ。こんなにも落ち込んだお嬢は中々見ることは出来ないけど、何をそんなに落ち込んでいるのかはサッパリだ。


「恐らく転入手続き自体はちょっと前から行われてたんでしょうし、運がなかったですねぇ……」


 雪道ゆきみちは同情のこもった眼差しをお嬢に向けている。

 ……気のせいだろうか。俺だけが置き去りにされている感じがするのは。


 兎にも角にも、あまりの人だかりに朝から帰りのホームルームに至るまで、俺たちは乙葉さんに話しかけることはおろか近寄ることすらままならなかった。


 お嬢も照れくさいのか、自ら積極的に近寄ろうとはしていない。

 前の休日では帰りの車内で随分と言葉を交わしてたのになぁ……。共通点が俺しかないせいか、やたらと「影人とはどういう関係かしら」とか「影人は私に仕えてるの」とか話してた気がするので、この転入をきっかけに、お嬢と乙葉さんの間でもっと話題を広げられるといいな。


 そうすれば、お嬢にも乙葉さんという仲の良いご友人が出来るかもしれないし。


「あの、羽搏さん! 転入初日でまだ学園にも不慣れですよね!?」

「よろしければ案内させてください!」

「お前、抜け駆けする気か!」


 羽搏乙葉の案内という大役を巡って早くも争奪戦が勃発した。

 またもやその波は徐々に広がり、またもや生徒会が出張るような事態になるかと思われたが――――


「……ありがとう。でも、大丈夫」


 これまで不動を保っていた乙葉さんが突如として席から立ち上がり、そのまま静かに俺たちの席まで歩み寄ってくると、


「……案内は、影人えいとにしてもらうから」


 その一言で、騒がしい教室から全ての音が消え去ったかのような静寂が敷かれた後、


「「「えぇええええええ――――!?」」」


 生徒たちの声が一気に膨れ上がり、破裂した。


「お、おい夜霧! お前、羽搏乙葉さんと知り合いなのか!?」

「そもそも二人って、どういう関係!?」


 クラスメイトたちの波が今度はこっちに押し寄せてきた。

 確かにあの歌姫と知り合いともなれば、そういう反応になるのかもしれない。

 だが、『どういう関係』かと聞かれれば反応に困る。友人……というのはおこがましいだろうか。それとも家出仲間? 適切な言い回しが見つからない。


「わたしと影人えいとの関係は…………」


 俺が頭を悩ませていると、どうやら先に考えをまとめてくれていたらしい乙葉さんが動いた。ほっそりとした綺麗な人差し指が自身の唇に触れ、その所作の美しさに周囲の生徒たちは言葉を失い、固唾をのんで見守る。

 やがて乙葉さんは僅かな沈黙を経て、


「…………ひみつ」


 にこりとした、雪のように儚くも美しい微笑みを零した。


 ……秘密の関係か。確かに『家出』なんて単語はあまり周囲に言いふらすものでもないだろうし、彼女が『歌えなくなった』ことは世間にも公表されていない。

 秘密というベールに包み込んだ方が無難だろう。流石は歌姫だ。こういう対応はお手の物だな。


「秘密の関係……だと……!?」

「もしかして、恋人関係とか!?」


「……それもひみつ」


 興奮気味に問うてくる女子生徒に対し、乙葉さんは微笑みを浮かべながら同じ回答をする。下手に言葉を継ぎ足せば『家出』のことや『歌えなくなった』ことが漏れるからだろう。情報を必要最低限に絞ることこそが自らを守る術、ということなのだろうか。


「お嬢。乙葉さんの対応は、流石の守りですね。参考になるなぁ」


「守り? 攻めの間違いでしょ……メディア対応で蓄積させた経験値がこんなにも厄介だなんて……!」


 そう語るお嬢はどこか悔し気だ。


「……影人えいと。いこ」


 乙葉さんは俺の手を、雪のように白く美しい両手で包み込む。


「お嬢。構いませんか?」


「そうね。いいんじゃないかしら。知り合いが一緒に居てあげた方が、彼女も安心すると思うし」


 お嬢はニコリと笑うと、そのまま席を立った。


「さ、行きましょうか。お互い、貴重な放課後を無駄にはしたくないでしょう?」


 そう言うと、俺の腕をお嬢はぎゅっと抱きしめる。

 ……なぜか胸を押し付けてきている気がするのは、『人生ゲーム(仮)』の時の言葉が頭の中で蘇ったからだろうか。


「……案内なら影人えいとだけでもいい」


「私に気を遣わなくても大丈夫よ。この前のお休みの時みたいに、三人でまわりましょう?」


「……………………」


「……………………」


「……あの時は別に三人でまわってない。影人えいとと二人きりだった」


「あら。公園で、私たち三人一緒だったじゃない。帰りの車の中でもたくさんお話したことも忘れちゃったのかしら?」


「………………………………」


「………………………………」


 一瞬。本当に一瞬ではあるのだが……なぜかこの時、二人が刃を鍔競り合い、火花を散らしているようなイメージが見えた。おかしいな。疲れてるのかな? 体調管理は基本だってのに。俺もまだまだ未熟だな。


「『三人』……? 『お休みの時みたいに』……? じゃあ、天堂さんも居たってこと?」

「なんだ。夜霧と羽搏さんだけじゃなくて、天堂さんも含めた三人が知り合いだったのか」

「そりゃそうだよな。夜霧って、天堂さんに仕えてるわけだし」


 クラスメイトたちも俺たちの関係に何かしらの納得を得ることが出来たらしい。

 流石はお嬢だ。乙葉さんの『家出』や『歌えなくなったこと』といった、明るみにしたくない事情を隠すために、あえて自分がいたことをアピールしてみんなの意識を逸らしたんだ。乙葉さんの対応力も凄いけど、お嬢だって負けてないな。


「…………おい、影人えいと


「ん? どうした雪道」


「お前、あんな威圧感プレッシャーに挟まれてるってのに、よくもまあ平然としてられるなぁ……オレだったら一瞬でサイコロステーキみてぇに細切れにされてるわ。尊敬するぜ……」


「またよく分からんことを……一応訊いておくが、案内についてくるか? お前は情報通だし、来てくれると助かるんだが」


「おいおい影人えいと、言葉に気をつけろ」


 雪道はフッと口元に儚げな笑みを浮かべ、肩を竦める。


「……………………………………」


「……………………………………」


 その近くでは、お嬢と乙葉さんの無言の視線が雪道に注がれていた。


「言葉一つで消える命ってのも、この世にはあるんだぜ?」


「またお前は大袈裟な……」


 やれやれ。雪道の悪い癖だ。

 こいつは、たまにこういう大袈裟な物言いをすることがある。


「……じゃあ、行きましょうか。羽搏さん・・・・


「……いいよ。一緒に行こう。天堂さん・・・・


 二人とも、随分と打ち解けてきた感じがするぞ。

 これは良い友人同士になれるのかもしれないな。



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