第34話 臨時のマネージャー
この度、本作「俺が告白されてから、お嬢の様子がおかしい。」(※【旧タイトル】仕えているお嬢様に「他の女の子から告白されました」と伝えたら、めちゃくちゃ動揺しはじめた。)
が、「第3回HJ小説大賞前期『小説家になろう』部門」にて受賞作の一つに選ばれました!
それに伴い、本作品の書籍化が決定しました!
2023年以降、順次出版予定とのことですので、お楽しみに!
https://firecross.jp/award/award18
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「乙葉のマネージャーをしてます。
「本日、アルバイトで乙葉さんの臨時マネージャーをさせていただきます。
「こちらこそよろしく」
礼儀正しく名刺を渡してくる巣堂さんは、ぴしっとスーツを着こなしていて、いかにも仕事ができる敏腕マネージャーといった感じだ。乙葉さんとはデビュー当初からの付き合いで、彼女の成功の裏には常に巣堂さんの存在があったようだ……というのは、あらかじめ調べてある。
お嬢の交流関係に乙葉さんが加わった時点で、彼女は既に天堂家の調査対象だ。特に芸能界なんて一般人に比べればキナ臭い部分も多い。調査は念入りに行われている。結果として、乙葉さんはもちろんのこと、巣堂さんもただの敏腕マネージャーであることは分かっている。
「夜霧さん。まず先に、お礼を言わせてください」
「えっ?」
「あの子の声を取り戻してくれたこと、本当に感謝しています。羽搏乙葉のマネージャーとしてだけじゃなくて、あの子の友人としても……ありがとう」
「大したことはしてませんよ。ただほんの少し、家出少女の相談に乗っただけです」
実際、あれは俺が特別何かしたというわけでもない。
乙葉さんに親子の会話をするように勧めてみただけだ。
「……ですが、それはそれ。これはこれ。仕事は仕事。きっちり働いていただきます」
「もちろんです」
「臨時のマネージャーといっても、事前にお伝えした通り、そう大掛かりな仕事をしてもらうことはありません。乙葉の身の回りの世話や、雑用がメインとなります。……今回は乙葉がどうしてもということであなたにアルバイトをしていただきますが、ついてこられないようならその時点で辞めていただきますので、そのつもりで」
「承知しました」
「……厳しいようですが、今の乙葉は復帰に向けた大事な時期なんです。ご了承ください」
「臨時マネージャーとして仕事を全うできるよう、全力を尽くします」
乙葉さんはまだ声を取り戻して、歌えるようになったばかり。
今は少しずつブランクを埋めている最中なのだろう。確かに大事な時期だ。
「まずは本日の乙葉のスケジュールを把握していただきます」
手渡された資料にざっと目を通す。
「外部への流出はもちろんのこと、紛失もしないように細心の注意を……」
「覚えました」
「えっ?」
「全て頭に入れたので、こちらのスケジュール表はお返しします。破棄しても問題ありません」
「スケジュールを間違えることは、万が一にもあってはならないことですよ」
「勿論です」
「……今日の十時からの予定は」
「ボーカルトレーニング」
「十六時三十分」
「その時間だと移動中ですね。十七時から事務所の会議室Cで打ち合わせが入っています。乙葉さんは寒がりなので、会議室の冷房を強くし過ぎないように調整し、飲み物はホーオー社のミルクティーを用意しておきます」
「二十一時四十五分」
「その時間はスケジュール表に記載されていません。今日の乙葉さんは、二十一時十五分に帰宅予定です」
「…………凄いですね。完璧です」
「ありがとうございます」
最後のひっかけも看破したところで、巣堂さんからお褒めの言葉をいただけた。
「ですが、常に予定通りに進むとは限りません。何よりアーティストは人間です。その日のコンディションは勿論のこと、モチベーションを維持してあげられるように努めることも大事な仕事です」
「はい。乙葉さんの活動の助けになれるよう、全力を尽くします」
「お願いします。特にあの子はなんというか……独特というか、えー……個性的というか……まあ、色々と、突拍子もないことをしでかすところがありますので」
「そうですね。家出をしたと思ったらいきなり空から降ってきましたし、ついでに方向に対する感覚が少し個性的ですしね」
「その節は大変ご迷惑をおかけいたしました」
「いえいえ。俺も楽しかったです」
あの時は流石に驚いたけど。なにせ、話題の歌姫様がいきなり空から降ってきたんだから。
「実はあなたにアルバイトをお願いしたのは、その辺の意味もあるんです。何も知らない人が、いきなり乙葉の突拍子もない行動に合わせるのは大変ですから」
「なるほど。それは確かに大変かもしれませんね」
「頼りにさせていただきます。……さて。どうやらボイトレが終わったようですね。よろしければ、声をかけてあげてください。あなたが来ることを楽しみにしていましたから」
巣堂さんに勧められ、レッスン室の扉を開けると――――
「……おかえりなさい、だーりん。お風呂にする? ごはんにする? それとも……」
――――巣堂さんは扉を閉めた。
「……………………」
「……………………」
「……さて。どうやらボイトレが終わったようですね」
あ、そこからやり直すんだ。
「よろしければ、声をかけてあげてください。あなたが来ることを楽しみにしていましたから」
「……わかりました」
「あ、扉は私が開けますので」
今度は巣堂さん自らレッスン室の扉に手をかける。どこか祈りを捧げているかのような面持ちで、再び扉が開かれ――――
「……わ・た・し? きゃー」
――――巣堂さんは扉を閉めた。
「…………申し訳ありません夜霧さん。先ほど私が視た、レッスンウェアの上からエプロンを身に着け、一切表情筋を動かさぬまま新婚面していた羽搏乙葉は幻覚か何かでしょうか?」
「残念ながら現実です」
「そう……ですか…………幻覚であることに賭けていたのですが……」
うん。わかった。この人、かなりの苦労人だ。
「……
巣堂さんが閉めた扉から、乙葉さんがひょっこりと出てきた。
「予想外でした」
「……奇襲はバッチリ」
なぜ俺を奇襲する必要があるのか、と突っ込んだらそれはそれでまた変なものが飛び出してきそうだからやめておこう。
「……乙葉、ボイトレはどうでしたか?」
「……ばっちり」
「それは何よりです。ああ、それと……アナタの方が詳しいでしょうが、一応。臨時マネージャーの夜霧影人さんです」
「よろしくお願いします、乙葉さん」
「……ん。よろしく。ずっと楽しみにしてた」
「そう言っていただけると嬉しいです」
乙葉さんからすれば、俺はご友人であるお嬢のおまけみたいなものだろう。それなのにこんな風に言ってもらえることは素直に嬉しい。
「……今日、星音は?」
「お嬢ですか? 予定がある、とは仰っていましたが、何かまでは……」
「……そう」
乙葉さんはきょろきょろと周りを見渡した後、窓を開いて……窓の外に向かって、ピンっと指で何かを弾き飛ばした。その後、流れるようにスマホの電源をオフにする。
「……これでよし」
最後に監視カメラに向かって勝ち誇ったようにピースサイン。
「……夜霧さん。今のあの子の行動に心当たりは?」
「ドローンを潰しただけでは?」
「……夜霧さんも冗談を言うんですね」
冗談じゃないんだけどなぁ……まあ、俺もなぜ天堂家のドローンや盗聴器がこんなところに仕掛けられていたのかまでは分からないけど。
☆
「しまった……!」
私こと天堂星音が自ら作り上げた、光学迷彩機能搭載型ドローンのカメラがマゼンタ色に染まった。乙葉が指で弾き飛ばしたペイント弾がカメラ部分に直撃したせいだ。私が個人的に趣味で作っただけの試作品だから替えはないのに。
くっ……! あの泥棒猫、見えてもいないのにどうして……もしかして音? 勘も混じってるかもしれない。無駄にハイスペックな泥棒猫は厄介だ。……というか、なんでペイント弾なんか持ってるわけ? 非常識じゃない?
「まずいわ……! このままだと、あの女が影人に手を出しかねない……!」
考えなさい天堂星音。他にも手立てはあるはず……そうよ! 手持ちの端末から乙葉のスマホに侵入すれば、少なくとも音を拾うぐらいはできるはず……って電源を切ってる!? 姑息なまねをしてくれるじゃない……!
「まだよ! 建物の中にある監視カメラなら生きてるはず!」
監視カメラの映像を端末に映すと……乙葉が勝ち誇ったようにピースサインを送った後、影人たちを連れてカメラの四角へと姿を消した。
「こんの……泥棒猫――――――――っ!」
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