第27話 四元院家のご令嬢

 集合場所である駅前の広場にある噴水に来てみると、休日ということもあって人で賑わっていた。これだと誰が今回の合コン参加者か分からないな。……まぁ、いつもの癖で一時間前に来てしまったというだけで、集合の時間まで間がある。周辺に不審なものが無いかを確認しつつ、時間を潰すか。


「……っと?」


 ふわり、と。視界の端を純白のハンカチが横切った。風に煽られて飛ばされてしまったのだろうか。そのまま天高く舞い上がりそうなハンカチを反射的に掴み取る。

 風の流れから飛ばされてきた方向を予測して視線を向けると――――まず目に入ったのは日傘。そして次に薄青色の長い髪。清純な印象を抱くワンピースに身を包んだ、一人の少女がそこにいた。


(あの方は……)


 見覚えがある。いや、見覚えがあるなんてものじゃないな。


 ――――四元院しげんいん家。

 古くより天堂家との関わりの深い名家だ。

 そしてこのワンピース服の少女は、その四元院家のご令嬢である……


四元院しげんいん海羽みう様? お久しぶりです」


「お久しぶりですわね、夜霧様。春頃に行われたパーティー以来かしら」


「ええ。……あ、こちらのハンカチは、四元院様のものでしょうか?」


「はい。風で飛ばされてしまいましたの。ご親切に、ありがとうございます」


 キラキラとした砂浜を思わせる美しく白い肌。膨らんだ胸にきゅっとしたウエスト。バランスの整った体形はどこかお嬢に似ている。

 日傘を持つ手。風に流されそうになる髪を抑える指。繊細な仕草はどことなく柔らかく、力強い意志を感じさせるお嬢とは正反対だ。


 お嬢を『火』とするなら、この方は『水』。

 お嬢を『剣』とするなら、この方は『弓』。

 お嬢を『剛』とするなら、この方は『柔』。


 お嬢が令嬢離れした天真爛漫さを見せるだけに、四元院様のような清楚なご令嬢はどことなく新鮮だ。


 ……って、ダメだな。どうしても、お嬢を基準にして考えてしまう。お嬢から離れるための夏休みだというのに。それにいくら口に出していないとはいえ、いきなり他の女性と比べてしまっては失礼だ。反省しないと。


「ところで、四元院様はどうしてこのような場所に?」


 四元院の家は古くから天堂家と関わりのある名家というだけあって、天堂家に及ばないにしても結構な御家柄だ。普段から電車なんてものとは無縁だろう。こんな駅前でショッピングというわけでもあるまい。


「実はわたくし、今日は『ごーこん』をしに参りましたの」


「えぇっ!? 四元院様が!?」


 いや。旦那様が絡んでいる以上、それもありえるのか……?

 それに俺の記憶が確かならば四元院様の通われている学園は『鳳来桜ほうらいおう学園』だったはず……ありえなくはないが……。


「あら。そんな風に驚かなくてもよいではありませんか。わたくしだって年頃の乙女ですもの。こういったことに興味があるのは自然ではなくて?」


「も、申し訳ありません。その、あまりにも意外だったので、つい……」


「意外、と言うならば、夜霧様の方こそ意外ですわ。『ごーこん』に参加されるなんて」


「ご存知だったんですか? 俺が参加するということを」


「ふふっ。少し小耳にはさんでおりましたの」


 四元院様とお嬢は幼い頃から交流があり、それに伴って顔を合わせる機会も多かった。

 ……まぁ、交流といっても、パーティーで顔を合わせれば軽く挨拶をする程度で、そこまで深い間柄でもないのだが……俺が『合コン』に参加することを不思議がる程度にはお互い認識がある。


「いつもならこういったものへの参加は、星音様がお止めになりそうなものですけど」


「実は今、夏休み休暇を頂いておりまして。その期間を利用して経験を積むべく、思い切って参加することにしたのです」


 それで積もうとしている『経験』が『合コン』なのだから、我ながらちょっと情けない。傍から見れば遊ぶための言い訳にしか見えないだろう。


「それは素敵なお考えだと思いますわ。実を言うとわたくしも、この夏はいつもと違う経験を積みたいと思い、今回の『ごーこん』に参加させていただきましたのよ」


 四元院様は花のように清楚で上品な笑みを浮かべる。


「偶然とはいえ夜霧様も同じ考えで『ごーこん』に参加されていたなんて……ふふっ。わたくしたち、案外気が合うのかもしれませんわね」


「そうかもしれませんね。俺としては、恐れ多いことですが」


「あら。わたくしではご不満かしら?」


「不満だなんてそんな」


「冗談ですわ」


 互いに笑い合い、和やかな空気が漂う。お嬢の為に距離を置こうとして天堂家を離れたけれど……こうして知り合いに会えるのもそれはそれで嬉しいもんだな。


「――――そこまでだ影人えいと。両手を上げて大人しくしろ」


 和やかさとは正反対。張り詰めた糸のような緊張感を漂わせた声が、俺にホールドアップを指示してきた。


「雪道? 珍しいな。お前がこんな早くから集合場所に来るなんて」


「うるせぇぇぇええええええ! いいからさっさとその和やかムードを止めやがれ!」


「なんだよ急に。四元院様に失礼だぞ」


「ふふっ。お気になさらないでくださいまし、夜霧様。今日のわたくしは『ごーこん』に参加するために参った一学生。気遣いは無用でしてよ」


「いいからさっさとホールドアップしろ! オレが虫ケラみてぇに潰されてもいいのかよぉぉぉおおおお!」


「またわけのわからんことを……すみません。こういうやつなんです」


 まるで命の危機に瀕しているみたいにガタガタ震えてる。相変わらずリアクションがオーバーなやつだな。


 この『合コン』もどうなることやら……。


     ☆


(情報通り、ですわね……)


 夜霧影人やぎりえいとがこうした待ち合わせの際に、集合時間の一時間前から集合場所に訪れ、周囲を確認する傾向があることはあらかじめ知っていた。

 だからこそ、わたくしはこうして偶然を装って一時間前から彼を待っていたのだ。


(『合コン』なんてくだらないですけど……まぁ、これが機会チャンスであることに変わりはありませんしね)


 この『合コン』の話を耳にしたのは偶然だ。そしてこの『合コン』の正体が、夜霧影人やぎりえいとの伴侶を見つけるための『お見合い』であることも承知している。


 正直言って彼に興味もなければ結婚にも興味はない。どうでもいい。


 だけど。彼の伴侶になれば――――天堂星音の悔しがる顔を存分に拝めることだろう。


(天堂星音……)


 わたくしの家、四元院家は古くから天堂家と関りがある。

 両家の関係は良好。それなりに関わりもある。それ故に、わたくしと天堂星音は歳も同じということもあって、周囲から何かと比較されて見られることも多かった。


 勉強も、スポーツも、容姿の評判ですら。

 わたくしはいつだって天堂星音に劣る『二番手』だった。


 周りにそれでバカにされたり、家族から責められたことなんて、一度も無い。

 それがわたくしにとっては惨めで仕方がなかった。

 天堂星音に勝てないのは仕方がない。気にすることはない。そんな声ばかり。


 誰もわたくしになんて期待していない。どれだけ努力しても関係なかった。一度も勝つことが出来なかった。


 それでいて天堂星音本人は勉強も、スポーツも、容姿も、どれだけ他者から称賛されても意味がないとばかりに興味がない。


 悔しかった。勝ちたかった。なんでもいいから、あの女を越えたかった。


 ――――そんな時、夜霧影人やぎりえいとのお見合いの話を耳にした。


 絶好の機会チャンスだと思った。


 彼女が一番大切にしている彼を奪ってやろう。


 そうすれば、わたくしは……一番になれる。


(あなたを利用させていただきますわよ。夜霧影人やぎりえいとさん)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る