第26話 控室にて
合コン当日がやってきた。
まさかの天堂家ご当主を経由してセッティングされたとあっては、参加しなければ旦那様の顔に泥を塗ることになる(雪道の顔になら別に泥を塗ってもいいのだが)。
歩きながら、あらためて自分の服装に不備がないかを確かめる。Tシャツに七分袖のテーラードジャケット、パンツといったいつも通りの私服。合コンというものに不慣れなのでどんな服装で行けばいいのか分からなかったが、雪道からは「普通でいいんだよ、普通で」と言われたので普通にしている。
……ま、そうだよな。思えば俺はお嬢の傍にお仕えして、その仕事をしている関係上、大人がやり取りをする場に関わることが多かった。一般的な学生の規模感というものがまだ掴めていないという自覚はある。
とはいっても
天堂家のような上流階級というわけではないが、そこそこ裕福なご家庭の方が多い。向こうからしても、こちらの一般的な高校生の視点というものを学ぶつもりなのではなかろうか(共学化の件もあることだし)。
ここは一緒に勉強するつもりで挑むとしよう、と決意を新たにしたところで、改めてスマホに表示されている店の情報を確認しておく。
実はつい昨日、合コン会場として利用する予定だった店舗を変更するという連絡を受け取ったのだ。
「それにしても今回の変更連絡……雪道にしてはずいぶんと急だったな……」
あいつはチャラチャラした見た目をしているが、あれでこういった計画を立てる時はきっちりしている。
調べものや細かい計画を立てるのも得意だ。そんな雪道が、こんなタイミングで店を変更するとは珍しいこともあるもんだ。
幸いにして今のところ店以外は変わることはないようだし、このまま集合場所に急ぐとしよう。
☆
「はぁ……ついに来ちまったか。今日という日が」
天堂家ご当主直々にセッティングしてもらった今回の合コン。実はオレの中では結構楽しみだったりしている。実態としては
ここで新しいツテを作れるかと楽しみにしていたのだが……それも少し前までの話。
今となっては『楽しみ』という気持ちよりも、恐怖心の方が勝っている。
それもそのはず。何しろとても恐ろしくておっかない邪魔が入ってしまったわけで……。
「風見。あなた今、『邪魔が入った』って思ったでしょ」
「ははは。なーに言ってんスか。そんなこと思ってませんってば」
「……右腕の骨に誓って?」
「申し訳ございませんでした」
すっかりこの身体に刻み込まれた土下座ムーヴで、天堂さんと羽搏の二人に平伏する。
つーかなんだよこの二人。こえーよ。
「それにしても、流石は天堂グループっスねぇ。今日一日店を丸ごと貸切るのはともかくとして、息のかかった従業員まで手配するとか」
「あなたとパパが余計なことをしなければ、こんなことする必要もなかったんだけどね」
「と、ところで、もう準備は終わったんスか!?」
なんとか会話で空気を誤魔化そうとしたら余計な地雷を踏んでしまった。
口に関しては自信があるが、とてもこの二人に勝てる気はしねぇ。むしろ下手に誤魔化そうとすると命の危険を感じるぐらいだ。
「……細工は流流」
「あとは仕掛けを御覧じなさい」
この
事実、二人は既に例の服装に着替えている。準備は万端というわけだ。
何も知らない
「むしろ、そっちはどうなのよ。もう集合時間の一時間前じゃない」
「……一刻も早く集合場所に向かうべき」
「ここから集合場所まで歩いて五分ぐらいですし、流石にまだ早いでしょう。ははは」
「「はぁ…………」」
なんか、二人にえらく重いため息をつかれた。
言葉にすると「本当に分かってないなこいつ」みたいな感じだ。
「一瞬で準備して秒で出発しなさい。速く。今すぐに」
「えっ……な、なんで……」
「…………分からない?」
どうやら羽搏さんは天堂さんの言いたいことが分かっているらしい。
……もしかしてこの場で分かってないのって、オレだけ?
「あ、あのぉ……念のため、理由を聞いてもいいでしょうか?」
「仕方がないわね。いいかしら?
「はぁ……それはまァそうでしょうけど。それが何か問題あるんスか?」
「……そして、その集合場所にはきっと…………」
「……きっと?」
「「かわいい
なんか言いたいことが分かってきたぞ。
「その泥棒猫は
「いや、まさか。いくらなんでもそんなこと……」
「……『ない』って、言い切れる?」
「あの
「ない……とは……言えない…………なぁ……」
言われれば言われるほど『奴ならありえる』という気持ちが大きくなってきた。
「またフラグを建てられる前に、さっさと空気を壊してきなさい」
どうやら天堂さんの中では既に
「……分かりました。準備してすぐに行きます」
出来るだけ早く準備して、可能な限り速く集合場所に向かうとしよう。
オレだって命は惜しいからな。
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