第28話 王様ゲーム

 集合時間の十分ほど前になって、今回参加するメンバーが揃った。

 男子は俺と雪道と、クラスメイトだったり他のクラスだったりする男子が八人。

 女子は四元院さんと、同じ鳳来桜ほうらいおう学園の方々が九人。

 十人と十人。男女合わせて合計二十人。大所帯になってしまったが、その分雰囲気は賑やかだ。……外部の人間を合わせてこれだけの数を集められる雪道のコミュ力の高さには、毎回驚かされるな。


 その後、雪道の案内で向かった店は、アンティークの家具や小物が並ぶ小洒落たカフェだ。ランプの落ち着いた仄かな明かりが店内のインテリアと自然に溶け合うようにマッチしており、それでいて秘密基地や隠れ家といったテーマ性も感じさせる。

 しかし……なんだろう。この違和感。雪道は遊び慣れているだけあってこうした店選びのセンスは良いし、そこは俺も認めている。だが……このセンスはどちらかというと、お嬢に近い気が……?


 それに気になる点はもう一つ。


「あれ? ここって、ついこの前まで何も入ってなかったよな」

「いつの間に喫茶店になってたんだ?」


 周りの男子たちが首を捻っている。普段からこの近辺で遊んでいるからだろう。

 俺と同じ違和感と疑問を抱いたらしい。

 そう。この店はつい最近まで空き家だった。だがいつの間にかこんなにも立派な喫茶店が入っている。普通なら噂になりそうなものだが、今日この時まで俺の耳に一切入ってきていないというのも変だ。


「実はこの店はつい最近完成したばかりでオレはこの店の持ち主とも知り合いで今日一日貸し切りにしてもらってるんだ個室もあるから気兼ねなく楽しんでくれよな!」


 ペラペラと一息で説明する雪道。まるで事前に用意していた台本を一気に読み上げたかのようだ。


「へぇー。個室もあるのか」

「しかも貸し切りとかやるじゃん、風見」


「ま、まぁな」


 だらだらと汗をかきながら頷く雪道。……こいつはなんでこんなにも緊張してるんだ。

 さしものこいつも、鳳来桜ほうらいおう学園を相手にするとなるとプレッシャーを感じているのだろうか。

 ……なんだかんだこいつには普段から世話になっているからな。今回だって合コンなんていうふざけた提案をしてきたものの、俺に足りないものをズバリ言い当てて、こうしてセッティングまでしてくれたんだ。ここは軽く持ち上げといてやるか。


「流石だな雪道。まるで天堂グループが介入したかのような迅速さで準備されたこの喫茶店の情報を掴んでるなんて」


「ははは……………………」


 褒めているのに肝心の雪道の反応はどこか薄い。


「ま、まぁ、とにかく座ろうぜ!」


 雪道の仕切りで案内された席に各々が座っていく。


「待て影人えいと。お前は一番外だ」


「ん? それは別に構わないけど……なんで?」


「…………それがこの合コンのルールだからな」


「そうなのか」


 俺は合コンには疎いからな。知らないルールがあってもおかしくはない。

 ひとまず雪道に言われるがまま、俺は一番外の席に座る。

 テーブルを挟んで男子と女子が向かい合う形になった。うん。これは俺の中にある合コンのイメージとも合致するな。


「夜霧様。本日は、お手柔らかにお願いしますわ」


「こちらこそお手柔らかに。四元院様」


 偶然にも俺の目の前は四元院様だ。合コンは俺にとって未知の世界だ。お嬢と付き合いのあるご令嬢とはいえ、女性側に知り合いがいるというのは心強い。

 ……万が一にも失礼なことは出来ないという、別の緊張感はあるけれど。

 合コンという場だからといってあまりハメを外さない方がいいな。夏休み休暇中の身とはいえ、お嬢に迷惑をかけることだけは避けたい。


「まずは各自、好きに飲み物でも頼んでくれ」


 それぞれが賑やかに会話を混ぜながら飲み物を注文していく。

 流れ的にはまだ男子は男子と、女子は女子と、といった具合だ。初対面なわけだし何かきっかけでもないと話しづらいからか。


 頼んだ飲み物や軽食はすぐにまわってきた。今日は貸し切りにしているので他に客がいないおかげだろう。

 その後は簡単な自己紹介。男子たちはここぞとばかりに対面の方々にアピールしている。鳳来桜ほうらいおう学園の方々は、そんな男子たちが物珍しいのか反応は悪くない。

 自己紹介を済ませた頃には空気も徐々に解れてきて、自由に会話を楽しめる程度にはなってきた。

 それにしても……意外だな。


「夜霧様、意外そうなお顔をされていますね」


「……そうですね。程度に差はあれど、あまり男性慣れしていないのではと思っていたので」


 何しろ鳳来桜ほうらいおう学園はいわゆる女子高だ。

 男性が苦手という理由で進学先に選ぶ方もいるだろう。


「確かにわたくしの学友にも殿方に免疫のない方々はおりますが、今回参加しているメンバーは中学の頃に共学の学校に通ってらっしゃった……そちらの言葉でいうところの『外部生』の方々ですの」


「ああ、なるほど。鳳来桜ほうらいおう学園も中等部がありましたね」


 歴史的にも格的にも形式的にも、天上院学園うちと鳳来桜学園は似通っている点がある。だからこそ共学化にあたっての『慣らし』として天上院学園うちから選抜生徒が出向くことになったのだろう。


「天上院学園には『外部生』と『内部生』の間に溝のようなものがあるのですが、もしかしてそちらにも? そこに共学化の問題が絡むとなると……」


「ふふっ。確かにその辺りのお話も興味深いところではありますが、今はもう少し別のお話をしてみたいですわ」


「別のお話?」


「そうですね。たとえば……夜霧様のお話とか」


 言われて気づく。雪道が合コンと銘打ってはいるが、あくまでもこれは交流会。親睦を深めるための話をしなくては。


「わたくしたち、パーティーで顔を合わせることはあっても言葉を交わしたことはあまりないでしょう? せっかくの機会ですもの。あなたのこと、わたくしに教えてくれませんか?」


「ええ。勿論です」


 ここは普段、お嬢に仕える者として同行しているパーティーの場とは違う。

 四元院様もそういった『普段』とは異なる話題を求めているのかもしれない。


「……では、ご趣味は?」


「ふふっ。夜霧様。それではまるでお見合いではありませんか」


「すみません。実はこういった場にはあまり慣れていなくて」


「お気になさらず。わたくしも同じですから。……ああ、でも。せっかくですし、それもいいかもしれませんわね」


「それも……というのは?」


「お見合いです。お互いに不慣れなことですし、お見合いしているつもりで話してみるというのはどうでしょう?」


「いや。流石にそれは四元院様に失礼ですよ。俺ではあなたのような素敵な方とは釣り合いません」


「そんなことはありません」


 四元院様の視線がゆらりと流れる。余所見をしているわけじゃない。

 その目は俺の姿をしっかりと捉えている。だけどそのほんの僅かな視線の揺らぎに、何処か惹きつけられる。


「わたくしは、夜霧様とならお見合いしても構いませんわ」


 その声にも。視線にも。仕草一つにさえ。どこか不思議な魅力が漂っていて――――


「突然ですがァ!!! ここで王様ゲーム始めたいと思いまぁぁぁぁぁぁすッッッッッッ!!!!!」


 本当に突然始まった。しかもなぜか、雪道は俺と四元院様の間に割り込むように棒の入った筒のような器をテーブルの上に置いた。


「ルールは簡単ッッッ! このクジをひいて王様になった人は、指定した番号の人になんでも好きな命令が出来ちゃうぜ! でもオレたちは高校生なんで、節度ある命令を頼むな! はいどうぞ影人お前はさっさとクジを引けこの野郎ッ!」


「お、おぉ……分かった……」


 あまりにも切迫した雪道の表情に圧されるがまま、とりあえずクジを引く。

 会話を中断させて俺がクジを引いた様子を見届けると、雪道はほっと安堵した。


「あ、危なかったぜ…………急にお見合いを始めた時は、もうオレの命もここまでかと……海底……生き埋め……」


「なにブツブツ言ってんだよ」


 今日の雪道はちょっと変だな。合コンの幹事は俺の思った以上に重労働なのかもしれないな。


 重労働に勤しむ友人を気にかけている内に、どうやら全員がクジを引き終わったらしい。


「よ、よぉーし、全員クジは引き終わったな? んじゃあ、『王様だーれだ』の掛け声で、王様を引き当てた人は名乗り出てくれ」


 なるほど。そういうルールなのか。

 俺の引いたクジは……王様じゃなかったか。まあ、王様になってもどんな命令をすればいいのか分からなくて困ってただろうしな。一番手の人がどんな命令をするか様子見させてもらうとしよう。


「いくぜー? せーの!」


「「「王様だーれだ!」」」


     ☆


 夜霧様との会話を途中で中断されるとは思っていませんでしたが、王様ゲームをする流れになることは予想の内。


 案の定、風見様は王様ゲーム用のクジを忍ばせていた。それが確認出来れば、あとはわたくしが事前に用意した四元院家傘下の企業が独自開発した特殊塗料を塗りこんで細工を施せばいいだけ。しかもこの塗料は、わたくしがつけているこのコンタクトレンズでのみ色を視ることが出来るというもの。


 そして風見さん。あなたは知らないかもしれませんが、今回参加している鳳来桜学園側の生徒はすべてわたくしの息のかかった者たち……あなたの隙を見てクジに細工を施すことなど造作もありませんわよ。


 ふふふ……。『合コン』について少女漫画を読んで履修したかいがあったというもの。

 ついうっかりページをめくる手が止まらなくて徹夜してしまったなんてこともありましたが。


 さて……みなさん、クジを引き終えたようですわね。


「いくぜー? せーの!」


「「「王様だーれだ!」」」


 くだらない掛け声コールですこと。

 誰だも何も、わたくしにはすべてお見通し。

 ……わたくしは五番。夜霧様は……八番。そして王様は……。


「あ、私が王様みたいです!」


 わたくしの手の者。ふふっ……これは幸先が良いですわね。

 天上院学園側の殿方に王様が回ってしまえば、さすがに何も小細工が出来ませんから。


(わかってますわね……夜霧様は八番。わたくしは五番ですわよ)


(もちろんです!)


 鳳来桜学園側わたくしたちだけの秘密のサインで、一瞬のうちにやり取りをかわす。


 ふふふ……この『合コン』のため、怪しまれず秘密のサインだけで意思疎通を可能にする鍛錬を積んできたかいがあったというもの。

 おかげで以前までは敬遠されていた『外部生』の方々とも打ち解け合ってなんだかんだ良き友人になりましたわ。


「じゃあ、えーっと……八番の人と五番の人が、一分間見つめ合う!」


 まずは軽くいきましょう。初手から過激なものをしてしまうと心象も悪いですから。


「夜霧様の番号は?」


「俺は……八番ですね」


「あら。偶然ですわね。わたくしは――――」


「あっ、オレ五番だわ」


 なん……ですって……!?


 そ、そんな馬鹿な……!? わたくしのクジには確かに五番と書かれて……!


「…………っ……!?」


 おかしい。わたくしの持っていたクジの番号が、いつの間にか『二番』になっている。

 クジをすり替えられた? いえ。このコンタクトレンズに映っている塗料の色は確かに『五番』のはず……。


 細工の時にしくじった? いいえ。あらかじめ塗料ごとに割り振った番号通りの色になっている……考えられるとすれば……クジの番号そのものが変化した? でも、そんなことが……。


「なんだ。五番は雪道か」


「うるせー。オレだって野郎と一分間も目なんざ合わせたくねーよ…………命令じゃなけりゃなぁ……」


「――――っ……!」


 命令……まさか風見様は、誰かの命令で動いている……?


 ……そうですわ。思えば、そんなはずがない。


 夜霧影人やぎりえいとが合コンに参加しているというのに、『あの』天堂星音が何もしないわけがない……!


(このクジ……特に気にも留めていませんでしたが、手触りからして金属で出来ていますわね。それに番号の記されている部分が仄かに熱を帯びていますわ……)


 恐らく番号が記されている部分は一定の熱で浮かび上がる数字が変化するようになっている。熱の温度によって数字が割り振られているのでしょう。あとはクジの内部に仕込まれた発熱装置を遠隔で操作して、好きな数字を浮かび上がらせるようにしている……。


 この無駄に凝った……いえ。あまりにも凝り過ぎたクジ。

 間違いないですわ。このクジは天堂星音が独自に開発したもの。あの優秀な頭脳をこんな無駄なことに使うなんて……! その才能を世の中のために使えばいいものを!


(タイミングからして、おそらくこの合コンの様子も別室で見ているはず……どこかに隠しカメラが……!?)


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