第32話 お嬢様の準備

 私はお父様を脅……親子として健全な対話を行った末、夏休み限定の一人暮らしの許可をもらっていた。

 部屋は当然、影人の隣。

 なぜ影人が一人暮らしをはじめたのか。その理由、影人なりの考えがあるということは、お父様から無理やり吐かせて……ではなく、親子の会話を以て知った。


 影人自身の成長。そして全ては、私自身のためを思って、己を磨こうとしたということ。影人のためを思うならこのまま一人暮らしをさせるべきだろうと思った。


 だって、影人が変わろうとしている。


 彼の主としてこれほど嬉しいことはない。ならばその意志を汲み取り、成長を願い、夏休み明けに再びお互いに成長した姿を見せるのが正しい選択なのだろう。


 ――――まぁ、それよりも私は影人とラブラブあまあま夏休みライフを過ごしたいので、そんなものお構いなしに引っ越してきたわけなのだけれど。


 成長? なにそれ美味しいの? というか、成長とかそんなのもっと後のイベントでしょうよ。その前にあるじゃない。告白するとか、恋人になるとか、婚約するとか、結婚するとか、ヒロインたる私とラブラブあまあま夏休みライフを過ごすとか。


 成長イベントはその後にゆっくりとこなせばいいでしょうよ。


 ……それに、一人暮らしにも興味はあったわけだしね。


「では、お嬢様。私たちはこれで」


「ご苦労様」


 天堂家の者たちは速やかに私の部屋に家具などの生活に必要なものを運び、荷ほどきも済ませると、そのまま部屋を出ていった。恐らく、私の部屋のすぐ隣にある待機場所へと戻ったのだろう。さすがに天堂家の娘がそう簡単に一人暮らしができるなんて考えてはいない。


 本来ならば物件探しや引っ越し業者の手配、荷ほどきなども自分が行わなければならないのだろうが、天堂家の娘に万が一のことがあってはならない。この部屋も私が来る前に不審物がないかなどのチェックも済ませているはずだし。


 風情が無い、と思わなくもないけど、今回の一番の目的はそこじゃないから別にいい。

 なんなら下手をすればこの部屋はあまり使わない可能性だってある。


影人えいとのバイトが終わるまで、まだ時間はある……」


 取り出したのは隣の部屋の鍵。もっといえば、影人の住んでいる部屋の合鍵だ。

 私はさも当然のように扉に鍵を差し込んで、部屋を開けて上がり込む。


「ここが影人の部屋……」


 思っていたより物は必要最低限だ。えっちな本とかを隠すスペースはなさそう……いえ。電子書籍も普及しているこの現代、デジタルデータとして持っている可能性もある。

 影人だって男の子だもの。そういう物の一つや二つぐらいは持っているはず……………………持ってる? 本当に? ちょっと自信なくなってきたわ。


 ちなみにだけど、私は別に影人がそういう書籍データを持っていても構わない。

 だって今の影人は恋人がいないわけだし、恋人でもない私がそういうことに口を出すのはヘンな話だ。むしろ持っていてくれれば影人の好みの傾向を把握しやすくて助かるとさえ思っている。……いやね。もうね。それぐらい手がかりがないのよ。そんなものに縋らなくちゃいけないぐらいノーヒントな状態なのよ。


 私が影人のカノジョになった場合は、もちろんそういったものは処分してもらいたいけど。だって私がいればそんなものは必要ないはずだし。


「…………さて」


 まずは部屋の確認。事前に間取りや設備のデータはもらっており、頭に叩き込んでいる。

 だけどここはあくまでも部屋。人が住む場所だ。データと実物のズレが出ていてもおかしくはないので、そのズレを修正していく……うん。特に問題なさそうね。


 お風呂の浴槽も掃除する必要はさそう。越してきたばかりだし、影人も自分でまめに掃除しているのだろう。あとは影人のバイト先や帰宅ルート、移動手段などを考慮して、お湯を入れる時間を逆算しなくちゃね。


 これには一分一秒のズレも許されない。となれば、方法は一つ。


 まずは自前のスマホを使い、天堂家のデータベースへとアクセスして情報を入力。

 そして天堂家が莫大な資金(だいたい東京オリンピックが七回開けるぐらいの額らしい)を投じ、何やらオカルト的な要素も組み込んで独自開発した、スーパーコンピュータの演算能力を使って、お風呂を入れる最適なタイミングを算出してもらう。科学の力は偉大ね。


 ……よし。これで影人が帰ってきた時にお湯を沸かしておくことができる。


 次は食事だ。きっと影人はアルバイトをがんばってお腹を空かせているはず。

 つまり、最も有効的に胃袋を掴めるタイミングになっているということ。

 ここで一気に最大火力を叩き込むことができれば、勝機はある……!


 影人家の冷蔵庫の中にある食材を勝手に使うわけにはいかない。

 じゃあ家に勝手に入っていいのかというと、それもまあよくはないだろう。

 だけど私は天才なので、この作戦を実行に移す前にマンションをまるごと買い取っている。つまりこのマンションは私の所有物。つまり私の所有物なら勝手に入っても問題なし。


 話を戻そう。食材は私の部屋にあるものを使うか、新たに調達してくるかのどちらかだ。


 事前に色々と計画を立ててはいるけれど、この料理の部分に関してはまだ決めかねている。

 私の部屋の冷蔵庫の中には世界中から仕入れたありとあらゆる高級食材を詰め込んでいる。それらを使い、この私自ら腕を振るえば、三ツ星レストランのシェフですら跪き、自ら首を垂れて悔し涙を流しながら敗北を認めるほどの絶品料理が作れるはず。


 一見するとこれしか道が無い、完璧なプランのように思えるが……しかし。私の優秀な頭脳は、この完璧なプランに対抗しうる、もう一つの可能性に気づいていた。


 それは――――近くのスーパーで食材を買って作った方が、家庭的な感じがしてよくない? という可能性である。


 高級料理か。家庭的な味か。

 究極の二択だ。これ以上に難しい問題は私は知らない。この問題に比べれば全国模試で一位をとることなんて児戯にも等しい。

 考えに考えても答えは出ず、今もこうして当日になるまで悩んでいるという醜態を晒している。


「……そうだわ。アレが使えるかも」


 再び天堂家のデータベースにアクセスし、そこから天堂家が巨額の予算(こちらも同じく東京オリンピックが七回は開けるだけの額らしい)を投じて独自開発をしている人工知能に情報を入力する。ちなみにプログラムの一部は天才たるこの私が作り上げたものだ。信頼性は高い。


 あとはスーパーコンピュータをリンクさせ、人工知能の機能を底上げしておく。


 本来なら人工知能に選択を委ねたくはないけれど、当日になっても答えが出てないという無様なことになっている以上、もはや私個人のプライドは二の次だ。


 全ては影人とのラブラブあまあま夏休み計画のため……!


「…………っ! 答えが出た……!」


 人工知能からの回答が出た。これで私の運命が決まる。

 震える指でスマホの画面をタップして、結果を表示する。


『どっちでもよくない?』


 東京オリンピック十四回分の予算が一瞬でゴミになった。


 端的に言ってクソね。そもそもなによこの馴れ馴れしい感じ。誰が作ったのかしら……そういえばこの口調に設定したの、私だったわ。


「いっそのことスクラップにしてやろうかしら……いえ。機械に選択を委ねようとしたのがそもそもの間違いなのよ」


 しっかりしなさい天堂星音。運命は自分の手で掴みとるもの。

 私はとりあえず膨大な予算をつぎ込んで製作されている天堂家のデータベースを閉じ、スマホで『あみだくじ ツール』で検索をかける。


 ……うん。もうこのサイトでいいわ。金をかけりゃいいってもんじゃない。


「えーっと、まずは選択肢を入力するのね……『高級料理』……『家庭料理』……これであみだくじを開始っと」


 こうして私は自らの運命を選択し、影人の帰りを万全の態勢で待つことに成功した。


 ちなみに料理は近くのスーパーで食材を買ってきて、カレーを作った。


「おかえりなさい、影人」


――――――――――――――――――――――――――――

※タイトルを変更しました。


それに伴って、キャッチコピーもお嬢の魂の叫びに変更しました。


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