第3話 苦労と努力
天上院学園高等部の一年A組。
それがこの春からお嬢と俺が在籍することになったクラスだ。
既に入学式から一ヶ月が経過しているこの時期ともなると、クラスの中でもある程度のグループが固まっている。
学園の生徒たちの間では、お嬢と俺のように中等部からエスカレーター式で高等部に進学した生徒たちを『内部生』。そして外部から入学試験を受けて入ってきた生徒たちを『外部生』と呼ばれているが、グループは主にこの『内部生』と『外部生』で二分されている。
中等部からの付き合いがある分、やはり『内部生』同士で固まりやすいのは当然の流れであり、そうなってくると既に出来上がった輪に入りにくい『外部生』たちは、同じ『外部生』で固まってしまうのも仕方がない。
そして目下、俺が抱えている課題の一つに、
(お嬢にご友人がいないんだよなぁ…………)
高等部進学から一ヶ月ほど経ったものの、お嬢に友人と呼べるものがまだ一人も出来ていない。むしろこれは中等部の頃から抱えていた課題でもある。
別に周囲から避けられているわけではない。羨望の眼差しを向けられている方だろうし、話しかければ普通に受け答えもする。先日も下校途中に見知らぬ女子生徒たちから話しかけられたぐらいだ。
ただ、友人と言えるほど深い仲の生徒は殆どいない。
良くも悪くも平等と言えばいいのだろうか。それが悪いこととは言わないし、無理に友人を作る必要もないのだけれども、お嬢の世界を狭めてしまわないか。それだけが心配だ。
「なに難しい顔してんだ?
「それ以上、口を開くなら速やかに懺悔を済ませてこい、
「相変わらず、天堂さんが絡むとお前は物騒だねぇ……」
茶色く染め上げた伸ばし気味の髪。細身ながら適度に筋肉のついたバランスの良い体。たとえるなら、人懐こい犬のようなものだろうか。その言動や振る舞いは、いつの間にか懐に潜り込んでくるような気安さを感じさせる。
いつもは制服を気崩しているが、今は体操着を身に着けてホールドアップしている男子生徒は、
親同士……つまりお嬢の両親と、雪道の両親の仲が良いということもあって、俺やお嬢とは幼少の頃からの付き合いだ。お嬢程ではないにしても高い水準の学力に加え、たった一ヶ月足らずで『外部生』にも溶け込んでいるほどコミュニケーション能力。チャラついた外見からは考えられないほど、全体的にスペックが高い。
「そんなお前が難しい顔して悩んでるぐらいだ。どうせ、天堂さん絡みのことなんだろ?」
「……相変わらず察しがいいな」
こいつはお嬢のご友人と言えなくはない。少なくとも仲は良い方と言えるだろう。
お嬢は現在、友人と言えるほど深い仲の生徒は殆どいない。『殆ど』というのは、こいつを含んでいるからだ。
「お前、顔は広いよな」
「そうだな。自慢じゃないが、『外部生』の女子の連絡先を真っ先にコンプ出来る自信がある。目算はあと一週間ってところだ」
「本当に自慢することじゃないな」
「ま、何かあるなら話してみろや。お前が気軽に相談できる相手なんか、オレぐらいしかいないだろ?」
ロクでもないことは確かだが、こいつのコミュ力は侮れない。
……相談してみるのもいいかもしれないな。お嬢に悪影響が出そうなら、俺のところで止めておけばいいし。
「実は――――」
半ばダメ元で、
「……なるほどねぇ。たしかに天堂さんは、学園の中だと女子の友達ってほとんどいないな。同じ上流階級絡みならともかく」
「その上流階級絡みにしても、天堂の家に匹敵する家柄は中々な……」
「たまに身の程知らずはいるけどな。……ま、それは置いといて、だ。お前の懸念も理解はできる」
「分かってくれるか」
「理解はできるが…………難しいだろうな。特に最近は警戒心が高まってるし」
「……理由は?」
こいつが何の考えもなしに『難しい』と断言するとは思えない。
「そうだなぁ……その前にいくつか確認したい点があるんだけど」
「なんでも確認してくれ。お嬢のことなら、だいたいのことは把握してる」
「じゃあまず一つ。お前、ちょっと前に女子から告白されたよな?」
「されたな」
「その話、天堂さんにしたか?」
「した」
「なるほど。全てを理解した」
「今ので何が分かったんだ!?」
「お前ほど迂闊な男を、オレは他に知らない」
「そこまでか……!? 俺はそこまでのことをしていたのか……!?」
くそっ。何も分からない……何も……!
俺は一体、何をしてしまったというんだ……!?
「ところで、お前のことに関してオレが少し耳にした話があるんだが」
「俺? お嬢じゃなくてか」
「そうだ。
「……そうだな。ちょっとした買い出しがあって、その辺りを通った記憶がある」
「その時に、男に絡まれている女子生徒を見かけなかったか?」
「ああ。見かけたけど」
「……その現場に割って入って、男たちから殴られたりはしなかったか?」
「舐めるな。あんなド素人の拳が当たるわけがないだろ。話も聞かず殴りかかってくるもんだから、軽く受け流してやっただけだ」
「…………………………………………そっかぁ」
「…………なぜそこで天を仰ぐ?」
「いや。幼馴染として、天堂さんがあまりにも気の毒でな……これは当分、警戒心が高まったままだろう」
「次の
「おい、出番だぜ
「あ、あぁ……」
不幸なことに今日の授業は野球だった。バッターボックスに立たざるを得ない。
そのまま会話は途切れ、
☆
「ね、ねぇ。天堂さん……ちょっといいかな……?」
体育の授業が終わり、着替えを済ませて更衣室から出てきた直後に、その子は声をかけてきた。特に面識はない。見覚えもないから、たぶん他のクラスの子……たぶん『外部生』の子かもしれない。
一つ言えるとすれば……そうね。まるで小動物のように愛らしくて、可愛らしい子。きっと気の強い性格じゃないのだろう。面識のない私に話しかけるのも、きっと勇気を要したはずだ。
「ええ。構わないけれど。何かしら?」
「
「…………渡したいもの?」
フリーズしなかった私を誰か褒めてほしい。本当に誰でもいいから。
「うん。ちょっと前に、助けてもらったことがあって……」
「…………ごめんなさい。私、その話を把握してないの。ちょっと詳しく聞かせてもらえる?」
その子は詳しく語ってくれた。
駅前の広場を歩いていたら、男の人に絡まれたこと。
無理に誘って来るけど怖くて振り切れなかったこと。
そこに
白馬の王子様みたいにかっこよかったこと……ああ、この子ちょっと夢見がちなタイプね。今回はこういうタイプか……。
「へぇ――――……そうだったの……知らなかったわ。ありがとう」
うん。本当に知らなかった。そんな重要な話を、私は一切知らなかったわ。
「それで、
「これ……なんだけど……」
女の子が取り出してきたのは、可愛らしいピンクの包みだ。
この手触り……焼き菓子。クッキーね。恐らく手作り。
「これ……助けられたお礼なんだけど……
「…………自分の手で渡さなくてもいいの?」
またもやフリーズしなかった私を誰か褒めてほしい。本当に誰でもいいから。
「うぅ……本人に会うと、あの時のことを思い出して、恥ずかしくなっちゃうから……でも、お礼だけは早く渡したくて……」
「そ、そう……じゃあ、私の方から渡しておくわね」
「ありがとうっ……!」
☆
「お嬢、体育の授業はいかがでしたか?」
「まあまあよ。……それより、ほら。これ」
「なんですか? クッキー……?」
「駅前の広場で助けてもらったお礼だそうよ。大事に食べてあげなさい」
「ああ、あの時の……」
「……
「構いませんが……いったいどちらに?」
「そうね。駅前の広場とかどうかしら」
「あそこに目新しいものはなかったはずですが……」
「いいの。とにかく行くの………………負けてられないもの」
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