第16話 ご褒美②
「んぅ…………?」
ぼんやりとしていた意識がゆっくりと覚醒していく。
暗い。温かくて、心地良くて……この感触……ベッドの上だ。
「んー……」
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい、ということを自覚する。
たぶん、時間的にはまだ夜だ。だって外が明るくないし、暗いし。朝だったらメイドが起こしに来るだろうし。
起きた方がいいのだろうか。けれど今、起きてしまったら、たぶん眼が冴えて今度は寝られなくなる気がする。それに今日はどうにも『起きる』という行為に抗いたくなる。
不思議だ。今ほどこのベッドの上から降りたくないという気持ちを抱いたことはない。
元々、起きるのは苦手な方なのだけれど……この安心できる温もりを手放したくはない。
そう。手放したくは……手放す? 何を?
枕? いいや、違う。だって枕はこんなにも温かくはないし、サイズだって違う。
抱き枕? いいや、それも違う。私は抱き枕なんて持ってない。
ぬいぐるみ? いいや、それすらも違う。ぬいぐるみにしては大きすぎるし、なんだか寝息のようなものが聞こえてくる。
おそるおそる、目を開ける。
「………………
いつの間にか私が抱きしめていたのは、紛れもない。
(えっ? えっ? なんで? どうして?)
分からない。分からなさ過ぎて混乱する。
いいえ。落ち着くの。こういう時、まずは落ち着くのよ天堂星音。
落ち着いて、冷静に、目の前で起きている事象を整理するの。
その① 私はいつの間にか寝てしまった。
その② 起きたら
ここから導き出される結論は……………………無い……! 何も出ない……!
(ああ、もうっ! こんなの冷静になれるわけがないじゃない!)
テーマパークのアトラクションや全国展開しているコーヒーチェーン店の新メニューへの改善案とか、そういうのだったらいくらでも出せる。
全国模試で上位の成績をとるとか、スポーツで好成績を出すとか、そういうのだって出来る。
そんなことよりも今の状況を理解することの方が何よりも難しい。というか、無理だ。
…………でも、
嫌じゃないのかな。嫌だったらどうしよう……怖いけど……
「すー……すー……」
えっ。なにこのカワイイ生き物。
……思えば
「こんな顔、してたのね……」
かわいい。
「ふふっ……」
試しに頭を撫でてみる。サラサラしてて、撫で心地がいい。今度からちょくちょく触らせてもらおうかしら。
「…………」
いや。頭を撫でる。そんなことで満足していて、果たしていいのだろうか。
目の前の小さなこと(いや、決して小さくはないのだけれど、ここは敢えて小さなことと呼ばせてもらおう)に拘って、大きなものを手放そうとしていないかしら?
落ち着くの。こういう時、まずは落ち着くのよ天堂星音。
落ち着いて、冷静に、目の前で起きている事象を整理するの。
その① 今は夜。
その②
その③ ここはベッドの上。
「………………………………なるほど」
何がどうとは言わないけれど……もしかすると、たまたま偶然、やむなしに、不可抗力で、何かしらの間違い(※私にとっては間違いじゃないけど)が起きる可能性というものを考慮するべきなのでは?
「…………っ……」
心臓の鼓動が高鳴る。ドキドキと、音が満ちる。
そのまま私は顔を近づけようとして……ふと気づく。
(今日は球技大会でたくさん運動した後だし……)
一応、学園でシャワーは浴びてきた。それでもやっぱり、気になる。念のため。そう、念のためよ。別に日和ったとか、そういうのじゃ決してない。
「よし」
私は抗い難い心地良さを一気に振り払い、まずは起床。
先ほどまでの不調が嘘のように頭は回転していた。
お風呂に入ろう。時間を無駄にしてはならないので、その間に軽食も用意してもらうの。
いざという時にお腹が鳴りでもしたら、ムードとか、そういうのが台無しになるかもしれない。
善は急げだ(※これは誰が何といおうと善であるため)。きっと
私は出来るだけ早く、そして人生で一番念入りに体を洗って軽食も入れて歯も磨いて、いざという時の為に買っておいたとっておきの
あとは何食わぬ顔でベッドの中に戻るだけ。セリフだって用意してる。
わーびっくりーまさか
なんて完璧な演技なのかしら……もしかしたら私には俳優になる才能があるのかもしれない。
「…………よし。大丈夫。大丈夫よ、私」
ここにきてやっぱり恥ずかしくはなってきたけれど、それよりも勇気の方が勝っている。
……だってもう、こんなにも好きなんだから。
あとはこのドアを開けて、ベッドに潜り込むだけ。何てことはない。ただ自分のベッドに入るだけのことなんだから。
「入るわよ……よし。今から入る……! 三、二、一で入るわよ……! さーん、にーい……」
「お嬢、就寝されるんですか?」
「そうよ。就寝というか、ベッドに戻るの。決戦なの」
「? そうですか。今日はお疲れのようですし、ゆっくりとお休みください」
「ええ。お休み、
さあ、仕切り直すわよ。
三、二、一で今度こそ入るの……! さーん、にーい…………
いーち……ぜ……ろ……。
………………………………………………。
「……………………
「どうかされましたか、お嬢」
「……………………起きたの?」
「はい。というか、いつの間にか俺も眠ってしまって……面目ないです」
「そう……いや、ぜんぜん眠っても構わないのだけれど……」
よく見てみれば、
「……………………
「あ、はい。既にお風呂もいただいて、就寝の準備を済ませたところです」
つまり、私が起きている間に
…………なんてこと! あの時、日和ったばっかりに……! あ、いや。嘘。この私が日和るわけないけど! 結果的にそうなってしまったというだけで!
「では、お休みなさいませ。お嬢」
丁寧に頭を下げる
……どうやら空振りに終わってしまったらしい。あぁ……結局、今回も……。
「あ、うん……お休み…………」
そのまま私はいつものように、自分の部屋に戻ろうとして――――
「………………待って」
私は、
「お嬢?」
「…………私、今日はとても頑張ったわ」
「ええ。そうですね。残念ながら直接お目にかかることは叶いませんでしたが、お嬢はとてもよく頑張ったと思いますよ」
「だから、ご褒美をちょうだい」
自分でもおかしなことを言っている自覚はある。でも、ここでいつもみたいに引き下がっていたら、いつまでも進めないと思ったから。
「あなたも疲れてるし、私も疲れてるし……だから、そう。一緒に眠ってちょうだい。そうすれば疲れも取れる気がするし……傍で寝てくれれば、それでいいから……だめ?」
こんなおねだり。子供みたいで恥ずかしいけれど、なりふり構ってられなかった。
「…………ふふっ」
「……
なぜか、
「ああ、すみません。お嬢、寝てた時も同じことを言ってましたから」
「そ、そうなの!?」
無意識のうちにご褒美を求めてたって……なにそれ。なんかちょっと、恥ずかしい。
「俺で良ければ、お嬢の安眠を支える抱き枕になります」
「そ、そう……うん。なってちょうだい」
思い切って、私は両手を伸ばす。抱っこをせがむ子供みたいに。
「……だっこして。ベッドまで運んで」
「お嬢のお望み通りに」
そのまま
「ご褒美、ですからね」
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