第15話 ご褒美

 ――――結果として。


 どうやら天上院学園球技大会一年女子の部は、お嬢有する一年A組が勝利をもぎ取ったらしい。


「……激闘だった」


 学園の中庭でそう語る乙葉さんは、試合のことを思い返しているのだろう。しみじみとした様子で頷いている。


「……流石は高校女子バスケ界期待の新星。チームのみんなと、星音の力がなければ負けていたと思う」


「確かに織田さんの実力も相当なものですが、チームの連携などがあったとはいえ、そんな織田さんのいるチームに勝ったのですから乙葉さんやお嬢も流石ですよ」


 個人の力というのも重要だが、バスケットボールというものはチーム競技。

 ましてや今回は球技大会であり、チームメイトはほぼ素人。人数も普段の試合と比べて変則的。色々な条件が揃っていたとはいえ、その条件を上手く突いたお嬢と乙葉さんの手腕も見事だ。


「……当たり前よ……乙葉やみんなと組んだ私が……負けるわけないんだから…………」


 乙葉さんと一緒にベンチに腰かけているお嬢は自信たっぷりな口ぶりだが、うとうととしており、今にも瞼が下りそうだ。


「……泥棒猫には…………渡さないんだから…………」


「……すっかりお疲れ」


 お嬢は乙葉さんの肩に寄りかかるようにしている。もう寝落ち寸前……いや、たった今寝たなこれ。


「今日の球技大会に備えて随分と特訓をされていましたからね。緊張の糸が切れたのもあって、疲れが一気に押し寄せてきたのでしょう」


「……影人えいと。嬉しそうな顔してる。どうして?」


「お嬢や乙葉さんが勝利されたことも喜ばしいのですが――――お二人の距離が縮まったことが、何よりも嬉しくて」


 偶然にも今お嬢と乙葉さんが腰かけているベンチは、転入初日の時と同じものだ。

 あの時は二人はベンチの両端に座っていたけれど……今はこうして、お互いの肩が触れ合い、寄り添うようにしている。

 お嬢と乙葉さん。今の二人の距離を現しているようで、見ていて嬉しく、微笑ましい。


「……そうかな?」


「そうですよ。いつの間にか、お二人ともお互いのことを下の名前で呼ぶようになっていますし」


「……それは……試合中に、流れで」


 二人とも負けず嫌いな上にどこか素直じゃないところがあるからなぁ。

 本当はもっと早く……それこそ放課後の練習の段階でお互いのことはそれなりに認めていたんだろうけど、素直になれず下の名前で呼べなかったんだろう。

 だけど、試合に夢中になっている内に自然と下の名前で呼べるようになった……といったところだろうか。


「お二人はもう、すっかりお友達なんですね」


「……………………そうかも」


 自分の肩でスヤスヤと眠るお嬢を見て、乙葉さんは柔らかな笑みを浮かべる。

 俺の目には嬉しそうに、喜んでいるように見えた。


「星音はわたしの友達……うん。友達」


 乙葉さんは自分の中でそれを確かめるように頷く。どうやら彼女の中でもお嬢が『友達』であるという事実を、すとんと腑に落ちたらしい。


「……でも、友達だけじゃない」


「と、言うと?」


「……ライバル」


 ライバルか。確かに何かと張り合うような空気はひしひしと感じていたし、練習の最中も互いに切磋琢磨してどんどん上達していた気がする。


「……だから。ライバルとしては、迂闊と言わざるを得ない」


 自分の肩で眠るお嬢を一瞥したあと、乙葉さんは改めて俺の方に向き直った。


「……影人えいと。わたし、ご褒美がほしい」


「球技大会で優勝したご褒美……ということですか?」


「……うん。わたし、がんばった」


「そうですね。とても頑張っていらっしゃいましたね」


 …………ん?


「えーっと……つまり、俺が乙葉さんにご褒美を差し上げる、ということですか?」


 確認するような俺の問いに、乙葉さんはこくりと頷いた。


「一年の優勝賞品は、『ワンダーフェスティバルランド特別招待券』……これで一緒にデートしよ?」


 俺はサッカーで、乙葉さんたちはバスケで優勝したので、お互いにこの『特別招待券』は持っている。このまま使わずにいるというのも勿体ない。それに、


「ああ、その件ですね。大丈夫です。既にお嬢から聞いておりますよ」


「………………………………どういうこと???」


「優勝賞品の招待券でワンダーフェスティバルランドに出かける件ですよね? 俺と乙葉さんと、お嬢の三人・・で」


「三人……で…………?」


 おかしいな。乙葉さん、はじめて聞いたようなリアクションだ。


「昨日の夜、お嬢から聞きましたよ。『球技大会で優勝出来たら、景品の招待券を使って、ご褒美に三人で出かけましょう』と。……それと、『きっと羽搏さんの方からあらためて誘いに来ると思うけど』とも仰っていましたから。てっきり、その件なのかと……」


 そうそう。昨日の時点ではまだ『羽搏さん』呼びだったから、さっき『乙葉』と呼び方が変わってたから内心でちょっとばかり驚いてたんだよな。


「……………………まさか……わたしの行動を先読みして……!?」


 乙葉さんは、肩でスヤスヤと眠るお嬢を見て驚愕している。


「……流石はライバル…………侮れない……!」


「? そうですね。お嬢は凄いと思います」


 何のライバルかはよく分からないけど、『流石』と言っているのでお嬢のことを褒めてはいるのだろう。


「さて。そろそろ下校いたしましょう。遅くなってしまう前に」


 ベンチで眠るお嬢を起こしてしまうのは忍びない。

 宝物を扱うように繊細に丁寧に、お嬢を両手で抱きかかえる。

 なぜか乙葉さんが羨ましそうな目でそれを眺めているけれど、


「……仕方がない。今日のところは譲ってあげる」


 そう言うと、乙葉さんもベンチから腰を上げる。


「……でも。どこかで別のご褒美は欲しいかも。もちろん、影人えいとから」


「あはは。俺に出来ることなら、何でもいたしますよ」


「……うん。考えとく」


     ☆


「お嬢。起きてください、お嬢」


 屋敷に着いた後も、お嬢は寝たままだった。ベッドの上でスヤスヤと気持ちよさそうに瞼を閉じて眠っている。

 あんまり昼の内から眠っていると、夜に寝れなくなるから、出来ればそろそろ起きていてほしいんだけど……俺もそうだが、一応学園でシャワーは浴びているから、寝かせてあげたくもあるんだけどな。


「そろそろ夕食ですよ。起きてください」


「んぅ――――……やだ……」


 起きてはくれたようだけど、これはまだちょっと……いや、かなり寝ぼけてるな。

 朝もお嬢を起こすのは大変なんだよな。基本的にはメイドに起こしてもらってるけど、たまに俺が呼ばれることもあったりして。


影人えいとも一緒に寝るの……」


「それは出来ません。ほら、起きてください」


「やだぁ…………」


 普段や幼少の頃からご両親に甘えられる機会が少なかったせいか、お嬢は寝起きみたいな意識が朧げな状態だと一気に幼くなるんだよなー。こうなると中々に言うことを聞いてくれなくて、メイドの人も苦労していると聞く。

 そのメイドの人がコツを教えてくれたことがあったんだよな。

 ワガママをダメですとはねつけ続けるのは逆効果。一度ワガママを聞き入れてお嬢を緩ませるのがコツ。


「分かりました。少しだけ、一緒に寝てあげますからね」


 苦笑しつつ、お嬢のベッドにお邪魔させてもらう。


「ん――――……?」


 お嬢はベッドに入ってきた俺の顔を見るや否や、ふにゃりと表情を崩した。


影人えいとだ…………んふふ♪」


 おっ。機嫌が良くなってきた。あと少しすればこっちの言うことも聞いてもらえるか?


「ぎゅ――――……♪」


 お嬢は機嫌を良くしたまま、急に抱き着いてきた。

 まるでお人形や抱き枕を抱きしめるように。


「ちょっ……お嬢?」


「♪」


 俺の言葉は届いていないのか、幸せそうな寝顔を浮かべていることだけはなんとなくわかる。わかる、というのは俺はお嬢の顔を見れていないからだ。

 その成長した豊満な双丘に頭を押し付けられており、正直言って呼吸すら危うい。


影人えいと……」


 ……まずい。お嬢の声から明らかに眠気が増してきた。また眠るつもりらしい。

 かといって無理やり引き剥がすことも出来ないし。


「ごほーび……んぅ……」


「…………」


 ご褒美、か……。


 そうだよな。球技大会優勝もそうだけど、今日はお嬢の友達が出来た記念すべき日だ。

 どっちにしろ、俺からお嬢に差し上げることの出来るご褒美なんて、ワガママをきいてあげることしかできないんだ。


「ぶはっ」


 ひとまず柔らかく弾力のある双丘からの脱出を果たして呼吸を確保した俺は、絹のように美しく心地良い手触りの髪をそっと撫でる。


「……今日だけですよ」


 愛らしい寝顔を一目見た後、俺はそのままお嬢の抱き枕に戻ることにした。

 きっと夜中に目が覚めてしまうのだろうが、その時はその時だ。





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