第55話 夜の語らい

 特級泥棒猫二人がやらかした条約違反への追及は、日が暮れても決着がつくことはなかった。


「ぜぇ……ぜぇ……し、しぶといわね、あなた達も……」


「……それはこっちのセリフ…………往生際が悪い……二人とも」


「だから……はぁ……はぁ……わたくしではなく、お兄様がしたことだと何度言えば……」


 条約を結んですぐに三人が条約を破ったことで、もはや信頼度は条約は形骸化。

 話し合いの結果、私達はひとまず今日はお互いを監視するために四元院家の屋敷に泊まることになった。


 勿論、影人も一緒だ。私達の知らないところで、なんかそういう話になっていたらしい。条約違反にしてもお泊りは流石にライン越えだと思っている。そう言ってやったら、海羽と乙葉の二人は「どの口が言っているのだろう」とでも言わんばかりの目を向けてきた。だって私は? 影人の? ご主人様だし?


 まあ、とにかく、そんなわけだから、私達は四元院家にお泊りすることになったのだけれども。


「…………なんで私達、三人が同室なわけ?」


 個室ではなく広間に布団が三つ。さながら修学旅行だ。

 というか私の場合、中学の修学旅行は海外だったのでこんなふうに和室の広間で布団を並べて寝るなんてことは、漫画やアニメ、もしくはドラマの中でしか見たことがない。


「仕方がないでしょう。首輪のついていない獣を野放しにしておくわけにもいきませんし」


「……やれやれ。仕方がない。わたしが監視しておかないと、二人はすぐに悪さをするから」


「どちらかというと、あんたが一番監視しておく必要があるけどね。ある意味で」


「人の家絵の天井裏に迷い込む方向音痴は、流石に放置はできませんわ」


「……ふふふ。星音と海羽の嫉妬は心地いい」


「してないわよ」「してませんわ」


 お風呂もいただいて、後はもう寝るだけといった状態。

 三人とも、寝間着として貸し出された浴衣に身を包んでいる。着替えの時にスマートウォッチをはじめとする仕込みアイテムは一時預かりになってしまった。

 まるで暗器を隠し持っている囚人のような扱いに憤慨したものだ。私が何をしたというのか。


「では、そろそろ就寝いたしましょう。わたくしはともかく、影人様とあなた方は一度帰宅して登校の準備をする必要がありますし。勿論、寝たふりをするなどの……」


「抜け駆け禁止、ってことでしょ。分かってるわよ」


「……そもそも、この場合の抜け駆けって、何するの?」


「え? それは……あれじゃない? 夜這い、とか……?」


「ご心配なく。どこかの星音だれかさんのように、体を使ったはしたないアプローチなどしませんから」


「へぇー、知らなかった。あなたって目を開けながら眠るのね。その調子で夏休みのことを夢で全部思い出してなさい」


「……要約。『寝言は寝て言え』」


「その要約、要ります?」


 と、ここまで言ったところで、この場にいた三人が揃って顔を見合わせて、疲れたような息を吐いた。


「……寝ましょうか」


「……異議なし」


「……そうしましょう」


 もう流石に疲れた。特級泥棒猫二人の相手は神経をすり減らす。

 それは乙葉と海羽も同様のようで、広間の明かりを落とすともそもそと布団に入り始めた。

 ちなみに布団の配置は私、乙葉、海羽の順で並んでいる。

 いわゆる『川の字』というやつである。


「……………………」


「……………………」


「……………………」


 妙な気分だ。高校に入る前は、こうやって友達三人と川の字になって眠るなんて事態は想像していなかった。しかもどちらも特級泥棒猫。油断できないライバル。寝る前だって、お互いに手錠をかけて抜け駆けしないように繋いでおくべきでは? と大真面目に提案しなければならないほどの、ライバル(当然だけれど二人から却下された)。

 なのに。私は、どこか……。


「……そわそわする」


「……急にどうしたのよ、乙葉」


 私が感じていた気持ちをそのまま言葉にしてきたので、密かに心臓がドキッと跳ねたことはナイショだ。


「……友達とこうやって、お泊りするの。そわそわする」


 きっと乙葉は今、ぜんぜん寝てなんて無くて。

 布団に入ってはいるけれど目を開けたままなのだろう。

 私も乙葉と同じだ。

 寝るという建前で布団に入っているけれど、目を開けて天井を見ている。

 そして多分、海羽もそうだと思う。

 私達は今、同じ天井を見ている。


「……わたし、子供の頃から無口で。よくつまらない子って言われた。だから、友達もいなくて……こんな風に、友達の家でお泊りって、したことがなかった」


「同業の友達とかいなかったの?」


「……どちらかというと、ライバル視されることが多かった。あとは……尊敬とか。どっちにしても、線を引かれてる感じがした。友達とは違う感じ」


「まあ、そうでしょうね。わたくしもシンガーだったなら、羽搏さんに対しては似たような感情を抱くかと思います」


「そうかしら? 海羽あんたの場合は、ライバル視するにしても線なんてお構いなしにくってやるって目ぇしてくると思うけど」


「……わたしもそう思う。海羽が歌手だったら楽しかったのに」


「あらあら。いいんですの? そんなことを言ってしまって。奪ってしまいますわよ。あなたの歌姫の座を」


「……それはそれで燃える」


 乙葉は嬉しそうに、くすりと笑って。

 つられて海羽も笑っていた。


「…………はっ。いっそ、三人でグループを結成するのもありかも」


「それはつまり、アイドルデビューすると?」


「……え? ていうか今、しれっと私も組み込まれた?」


「……当然」


「あなただけ逃げようだなんて、そうはいきませんわよ」


「……まあ、ステージのセンターに立ってみるのもいいかもね」


「……物凄い自信」


「よくもまあ歌姫を前にして自分がセンターであることをさも当然のように語れますわね」


「別に一番歌が上手い人がセンターじゃなきゃいけないなんて決まりはないでしょ。ちなみにグループ名は『天堂星音と愉快な泥棒猫たち』ね」


「……概ね予想通りの名前が飛び出してきた。捻りがない。五点」


「天堂星音が名付けるならそうなるでしょうね、という感じの名前ですわ。三点」


「海羽はあとでシメるとして、乙葉。一応訊いとくけど五点満点よね?」


「……百点満点中の二点」


「なんで下がってるわけ!?」


「二点堂星音さん」


「コラ画像女がなんですって?」


「わたくしが名付けの手本という物を教えて差し上げます。あとコラ画像については忘れなさい」


「さっさと曝しなさいよ。眠くなるようなユニット名を」


「『ブルーフェザー』は、いかがでしょう」


「……思ったよりそれっぽいのが出てきた」


「直訳すると……青い羽ってところかしら?」


ブルーは海をイメージしていますのよ」


「……直訳すると『海羽』だね」


「あんたの名前しか入って無くない!?」


「……わたしと星音の要素はどこいったの?」


「消し飛びました」


「消し飛ばすな!」


「大義を為すための必要な犠牲ですわ。リーダーとして心苦しく思っております」


「……しれっとリーダーに収まってる」


「むしろ絶対にリーダーに据えちゃいけないやつでしょうよ、こいつは」


「……異議なし」


「そういう乙葉さんは、何か案がありますの?」


「……当然。わたしはこれでもプロ。素人の二人とは違う」


「何かしらね。乙葉プロであることも、私たちが素人であることも事実なのに、この妙にムカつく感じは」


「今は天井を向いてますけど、乙葉さんが得意げになってる姿が鮮明にイメージできるのが、イラっときますわね」


「……じゃあ、期待にお応えして教えてあげる」


「別に期待はしてませんけどね」


「どうせ、しょーもない名前ってのは分かってるのよ。流れ的に」


「………………………………グループ名は『比翼連理』。そう、わたしと影人が固く結ばれることをイメージした……」


「うっわ! 悩んだ末にゴリ押してきた!」


「そもそも女性アイドルのグループ名に殿方と結ばれることをイメージした名前はどうかと思いますわ」


「……ファンが泣いちゃうね」


「分かってるならやめてあげなさいよ……」


 もう寝なければいけないはずが、まったく眠れる気配がない。

 さっきからずっと、目を開けたまま三人そろって同じ天井を眺めている。

 同じ部屋で同じ景色を見て、他愛のない話をしている。


「…………眠れないね」


「…………そりゃ、こんだけ言い争ってたらね」


「…………眠るはずが、無駄に体力を消費している気がしますわ」


「……でも、嫌じゃないのは私だけ?」


「そんなことは、ないんじゃないの……」


「まあ……不愉快ではありませんが」


「……素直じゃないね。二人とも」


 確かに乙葉は、素直だ。

 表面的には感情の起伏に乏しいように見えるけれど、実際はとても素直な子。


「……わたしはね。二人のこと、好きだよ」


 こういうことを、口に出来てしまうぐらいに、素直だ。


「……歌姫っていう肩書きとか、才能とか。そういう線引きなんて関係なく遊べる二人が好き。二人や、影人といると、わたしは自分の持ってるものを全部出せる。遠慮も出し惜しみも加減もしなくていい。だから、二人のことも、影人のことも好き」


 これでも乙葉は世界的にも有名なアーティストで。

 歌に関してはこの私が白旗をあげるぐらいの才能も持っている。

 だからこそ、不自由を強いられていた場面もあったはずだ。芸能界という場所なら、猶更。


「……今日は色々あったけど、楽しかった。友達とお泊りできて。……ありがとう」


 私が思っていても素直に口に出来ないことを、こうして口に出来る。

 そこが乙葉の魅力でもあるのだろう。時として星よりも眩しいほどの、光だ。

 今は活動休止しているけれど、活動を再開した日には、きっと以前よりも強い輝きを放つことだろう。


「お礼を言われることでもありませんわ。ただのなりゆきですし」


「だから次は、正式に招待なさい。たとえば……あんたの家とかね」


「……招待状を出したら、来てくれるの?」


「……まあ、受け取ったなら行くわよ」


「断る理由もありませんし」


「とはいえ……しばらくは無理そうだけどね」


「……影人様の記憶も、まださほど戻ってはおりませんしね」


「……寂しいね」


 乙葉がポツリと零した声は、薄暗い空気の中に溶けて消えた。


「……わたしは、影人と一緒にいた時、楽しかった。星音や海羽と一緒にいた時も、楽しかった。だけど影人は、楽しいことも、全部忘れちゃったんだ……」


「……そうですわね。記憶はそのうち戻るようですが、寂しいですわね」


「……………………」


 二人の言っていることは、分かる。

 理解はできる。忘れてしまうことは悲しい。

 一時的にとはいっても、楽しい思い出を忘れてしまうことは、悲しい。


「…………そうね。楽しい記憶を忘れてしまうのは、寂しくて悲しい。でも……」


 影人は記憶を失ってしまっていた。

 私と過ごした日々のことも。私の使用人として働いていた時のことも。

 ……私の使用人になる前のことも。


「…………楽しくないことを忘れてしまうのは、幸せなことなのかもしれないわ」


 そして……それを思い出すことが、幸せなのだろうか。

 私には分からない。ただ、どちらにせよ……影人の幸せを祈ることしか出来ない。


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