第24話 それぞれの決意

 手配した服が届き、ついでに昼食も済ませ、お嬢と一緒にホテルから出てきた頃にはすっかり日も暮れつつあった。用事から戻ってきた乙葉さんも合流してようやく約束していた三人での行動になったものの、残念ながら遊ぶ時間は殆どなかった。


「…………」

「…………」


 何より、お嬢にしても乙葉さんにしても、両者揃って落ち込んでいた。

 声をかけても上の空で反応も薄い。


「「はぁ…………」」


 落ち込むようなことがあったことだけは分かるが、なぜか二人の息はぴったりだ。ため息まで揃っているぐらいなのだから。


「あ、あの~……お二方、何かあったのですか?」


「「むしろ何もなかった…………」」


「も、もうすぐパレードが始まりますよ。花火もあるらしいですし」


「「へー…………」」


 だ、ダメだ……! 二人とも目が死んでいる……!


 何を言っても話しかけても反応が薄いし、これはしばらく様子を見てみるしかない。

 パレードや花火はこのテーマパーク最大のイベントだ。

 少しでも元気になってくれればいいんだけど……。


     ☆


 大通りをLEDの光で装飾されたキャラクターたちが織り成す賑やかなパレードが通り過ぎていく。頭上では色とりどりの花火が打ち上げられ、カラフルな華が夜空に咲き誇っている。


 ……うん。自分でもびっくりするほどテンション上がらないわ。


「…………」


 隣では乙葉もぼんやりを夜空を眺めているが、リアクションが薄い。

 いや、元から感情を分かりやすく表に出さない子ではあったけれど、今は本当に無感情といった様子だ。だって、目が死んでるし。


「……星音。目が死んでる」


「あなたもね……」


「……その自覚はある」


「でしょうね……」


 ああ、綺麗だわ……花火もパレードも。きっと全てが上手くいった状態で見てたらさぞかし綺麗だったのでしょうけども……今の私と乙葉にとって、その煌びやかさはあまりにも残酷だわ……。


「今回は引き分けってところかしらね……」


「……共倒れの間違い」


「言わないようにしてたのに……」


 今回のデート、私は心の中で乙葉との勝負だと思っていた。それはたぶん乙葉も同じだったと思う。でもその時点で私たちは間違っていた。


 これはある意味で、影人えいととの勝負だったんだ……。


 見るべき相手を見ていなかった時点で、私たちの敗北は決まっていた。


「「はぁ…………」」


     ☆


「んで、どーだった。お嬢様と歌姫様のデートは」


 お嬢や乙葉さんと一緒にテーマパークへといった翌日。

 登校してきて早々に、雪道はお出かけの件を問うてきた。俺から話した覚えはないが、この様子だと全て筒抜けって感じだな。


「俺に何か落ち度があったんだろうな……最後の方は、お二人とも落ち込んでいる様子だった」


「あー……なるほど。何がどうなったのか、今のでだいたいわかったわ」


 俺にはさっぱりだが、雪道の中では何か色々と思い当たるものがあったらしい。

 流石は情報通と言うべきか。こいつの観察スキルは見習いたいものだ。


「…………」


「で、お前はどうしたんだよ」


「何がだ?」


「隠しても無駄だっての。何か悩んでるのはバレバレだぞ」


 ……敵わないな。こいつには。


「まあ、色々と思うところがあってな」


「思うところ?」


「ああ……正直、俺がお嬢の邪魔になってるのかなって」


「なるほどなー。寝言は寝て言えって言葉は、こういう時に使うのか。勉強になったぜ」


「こっちは真剣なんだぞ!」


「うるせぇ! 戯言を聞かされたオレの身にもなれや!」


 何が戯言か。こっちは真剣に悩んでいるというのに。


「……まァ、お前がそういうことを言い出すのは初めてだしな。一応、聞いてやらぁ」


「……感謝しとくよ」


 色々とアホなところはあるが、雪道は何だかんだ話を聞いてくれるんだよな。


「俺は今までお嬢のお傍に仕えてきて、お嬢を支えてきたつもりだ。でもその分、お嬢の成長を妨げてきたんじゃないかとも思うんだ」


「……どういうことだ?」


「お嬢に友人があまり出来なかったのも、俺が過保護だったせいなのかと思ってさ。今でこそ乙葉さんとか、球技大会の時に仲良くなった方たちはいるけど、どれも俺があまり干渉していない時のことだったし」


「まぁ……色々と突っ込みたいところはあるが、お前の考えることも分からなくはないな。けど、何で急にそんなことを考え始めたんだ? 何かきっかけでも?」


「そうだな……お嬢に対する独占欲とか、自分でも知らなかった自分みたいなのを知る機会があって」


「ほぉー。具体的にはどんなことがあったんだ?」


「えーっと……お嬢と一緒のベッドで寝た時に……」


「ちょっと待て」


 話の出だしで止められてしまった。せめて折るなら話の腰にしてくれ。


「何だよ」


「どういう状況?」


「お嬢にご褒美をおねだりされて」


「天堂さん、本当によく頑張ったんだな……」


「? そうだな。球技大会ではとても頑張っていたからな」


「まァ、いい。敢えて何も言うまい。で、何があったんだ」


「……ちょっといじわるしてしまった」


「ちょっといじわるしてしまった???」


 オウム返しみたいに言葉を口にする雪道。

 その目はまるで何が起きたのか分からないとでも言わんばかりに見開いている。


「……おい。そうやっていちいち止められてたら、話が進まないだろ」


「分かった。オーケー。とりあえずお前が話し終えるまで黙ってるから、とりあえず進めてくれ」


 雪道は手で自分の口を塞ぐと、ゆっくり話を聞く体勢に入った。

 それを見た俺はようやく、お嬢へのいじわる……独占欲のようなものを発揮してしまったこと、ついでにテーマパークでの出来事などを話した。


「――――と、いうわけなんだ」


「お前、そろそろ磔にされも文句言えねぇぞ」


「なんでだよ!?」


「それが分からねぇやつは世界中の男から石を投げられて当然なんだよ!」


「まったく……お前は相変わらず言葉が大袈裟だな」


「よーし、頑張った! 頑張ったぞ、オレ! よくぞこの拳を振り下ろさなかった! 我ながら勲章ものだぜ!」


 雪道と話してると、本当に話が進まない時があるんだよな。こいつの悪い癖だ。


「つーかお前……そこまでやるならいっそのこと抱いてやれよ」


「抱きしめる? お嬢を?」


「いや。いい。何でもない。忘れろ……それで、だ。まあ、お前にSっ気と独占欲があるのは分かった。それはいいとして、お前は何を悩んでるんだ?」


「…………これはまだ頭の中で考えているだけのことなんだけど」


 一晩考えてみて、こうして学園に登校して、こいつと話をしてみて。

 頭も冷えたけれど、それでも考えは変わらなかった。だからこれはきっと、俺の中では決まったこと。決めたことになるんだろう。


「俺さ。ちょっと、天堂の家から離れてみようと思うんだ」


「……………………」


「……リアクションぐらいくれよ」


「……いや。すまん。思ってもみなかったことだから、マジで驚いた」


「そうだな。正直、自分でも驚いてる。こんなこと、つい最近まで考えたこともなかった」


 俺はずっとずっと、お嬢の傍にいるものだと思っていたから。


「テーマパークの一件で俺も自分の未熟さを思い知った。天堂家という環境に甘えていたのかもしれない。これを機に自分を見つめ直し、お嬢を支えるに相応しい人間にならないといけない。俺が未熟なせいでお嬢の成長を阻害するなんて、あってはいけないからな」


「お前のその世界一無駄な忠誠心には恐れ入るよ」


 世界一無駄とは失敬な。『無駄』は要らないだろうよ『無駄』は。


「でもそれ、許可は下りるのか?」


「さあな。まだ俺が勝手に考えてる段階だし、当分はお嬢のお世話が出来なくなる。お許しが出なかったら出なかったで、別の方法でお嬢のために己を磨くのみだ……それに、あくまでも一時的なものだし」


「一時的っていうと……そういやもうすぐ夏休みだな」


「ああ。夏休みを利用してなんとか出来ないかと思ってる。だから、仮に許可が下りたら……ちょっと力を貸してほしいんだ。一人暮らしはやったことがないし」


「ま、見ている分には面白そうだし、その時は力になってやらんでもないが……はてさて、一体どうなることやら……」


     ☆


 ――――なんていう話を、私は教室の廊下から聞いていた。


 厳密には読唇術で二人の会話を読み取ったのだけれども、そんなことは些細なこと。


「……影人えいとが、天堂家から離れる…………」


 彼なりに私のことを色々と考えてくれているということは十分に伝わってきた。

 けれどそれ以上にショックの方が大きい。期間限定とはいえ、影人えいとが傍に居なくなる生活なんて、今まで考えたこともなかったから。


 結局それも私が許可を出すか出さないか次第なところもあるけれど……私のワガママで、影人えいとの邪魔をしたくないし。もし頼まれたら何だかんだ言いながら、見栄を張って出しちゃうんだろうな……。


 ……ううん。後ろ向きなコトばかり考えても仕方がない。

 少しは前向きに考えよう。これはある意味でチャンスなのかもしれない。

 以前、影人えいとと私の距離を少し離してみることで意識してもらおうと試みたことがあった。乙葉というとんでもない泥棒猫を呼び寄せてしまったことで一度は封印した試みだけど……これを機に、もう一度試してみるのもいいかもしれない。


 距離を離すにしては、前はちょっと中途半端だったし。

 …………また泥棒猫が増えてしまう可能性もあるけれど、それはそれ。どうせほっといても増えそうだし。そもそも今まで傍にいても増えていたし。今更、十人や二十人増えたところでそんなものは誤差だ。それぐらいの人数が誤差になってしまうぐらいなのだから。


「このピンチを、チャンスに変えてみせるわ……!」


 私は一人拳を握りしめて、決意を固める。






 ――――そして、夏休みが始まった。






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