俺が告白されてから、お嬢の様子がおかしい。
左リュウ
第1章 攻略するお嬢様編
第1話 お嬢の様子がおかしい
お嬢は全てを持っている人間だ。
「うおっ。見てみろよ。
成績優秀。
「確かこの前、テニス部に勧誘されてなかったか? 練習試合で全国大会出場者に勝ったとかなんとかで」
スポーツ万能。
「芸能事務所からスカウトされたって話だぜ。CMのオファーだってあったとか。さっすがはアイドル顔負けのスタイルと美貌の持ち主だよなぁ」
容姿端麗。
「しかも実家は世界的にも有名な天堂グループだろ? とても同じ高校生とは思えねぇよなぁ」
まさに全てを持っているといっても過言ではない、完璧な人間。
それがお嬢――――
「おはようございます、お嬢」
「おはよう、
長い金色の髪が窓から入ってくる朝日に照らされてキラキラと宝石のように輝き、澄んだ海のように蒼い瞳が今日も美しい。
整った顔立ちも、膨らんだ胸も、腰のくびれも、全てが計算され尽くされたようなバランスを保っている。奥様……お嬢の母親からして美人で若々しく、スタイルも抜群なので、その遺伝子を引き継いだのだろう。
「今日はいい天気ね。きっと過ごしやすい一日になるわ」
「予報では午後から雨が降るとありましたが……」
「そう? 私はそうとは思わないけれど」
お嬢は不思議なほど勘が良い。テキトーに言ったことが的中するところを何度も見てきたし、逆に外したところを見たことがない。天気に関してもそうだ。予報では雨でもお嬢が晴れだと言えば本当に晴れたことが何度もあったし、恐らく午後も雨は降らないのだろう。
「お嬢の勘はよく当たりますからね」
「そうね。でも、勘が当たりすぎるのも考え物よ? 予想外のことが起こらなくて退屈になりそうだもの」
「贅沢な悩みですね。……紅茶のおかわりは?」
「お願い」
空になったカップに温かい紅茶を注ぐ。それを見たお嬢は、満足げに微笑んだ。
「流石は
「お嬢に拾われてから十年以上は経ちましたからね。これぐらいは当然です」
「ふふっ。そうね。もうそんなに経つのね」
お嬢は紅茶に口をつけながら、その香りや味を丁寧に楽しみつつ、くすりと笑う。
「お互いにもう高校生だし……変わったわよね。色々と」
「そうですね。色々と変わったものです。特に最近は、それを強く感じることがありました」
「へぇ。それって、どんなこと?」
「実は、同じ学園の生徒から告白されたんです」
――――ガシャン。
音がした方を振り向くと、お嬢の手から紅茶の入ったカップが滑り落ち、けたたましい音を立てながら床で砕け散った。
だというのに、お嬢はカップを手に持った仕草のまま硬直している。まるで時間でも止まったみたいに。
「お、お嬢!? 大丈夫ですか、火傷はしてませんか……!」
「それで?」
「えっ?」
「だから、告白されてどうしたの?」
え。なんだ。お嬢の顔が……笑っているのに、笑ってない気が……。
「お断りしましたけど……」
「本当に?」
「はい……」
「嘘はついてないわよね?」
「勿論です」
「…………」
「…………」
「…………そう」
お嬢はすっと肩の力を抜く。……ああ、よかった。いつものお嬢に戻った。
「お嬢、火傷はしてませんか?」
「大丈夫よ。それより悪いんだけど、新しいのを淹れてくれるかしら?」
「かしこまりました」
ひとまず俺は割れたカップを片付けつつ、新しく紅茶の入ったカップをお嬢の前に運ぶ。
「それで? 告白されたことが、変わったと感じることにどう繋がるの?」
「そうですね。流石にこうも立て続けに告白されたことはなかったので……」
――――ガシャン。
「ちょっと待って」
「お嬢!? 火傷は……!」
「どうでもいいでしょそんなことは」
「どうでもよくありませんけど!? それにカップの破片だって……すぐに片付けますから!」
「こんなもん足でどけときゃいいのよ」
「危ないのでおやめください。……というか、割れてしまったとはいえ一つ数百万はするカップの扱い方じゃないですよ……」
「あのね。世の中にはお金よりも大切なことがあるの。たとえば、あなたが立て続けに告白された話とか」
「すみません。さすがに数百万の価値はありません」
「そんなわけないでしょ? 数百万で買えるなら買ってるわよ?」
「お、落ち着いてくださいお嬢。金銭感覚がおバグりになられてます」
ひとまずお嬢には落ち着いてもらい、その間に割れたカップを処理する。
「……それで。立て続けに告白されたって、どういうこと?」
「え? 言葉の通りですが……何日か立て続けに告白を受けてた時期がありまして。高校生ともなるとやはりこれまでとは変わった体験ができるものだと……」
「それっていつの話?」
「先日、お嬢が旦那様や奥様と家族水入らずで旅行に行かれていた時ですね」
「あの時に……! 二泊三日ぐらいならと思って油断したわ……!」
すごい。お嬢がここまで悔やんだ姿なんて中々見れないぞ。
「……ねぇ。そもそもあの旅行、なんで影人はついて来なかったの?」
「旦那様より直々に、家の留守を任されましたので」
「………………あとでお父様に『きらい』って送っておくわ」
「おやめください。天堂グループを潰すつもりですか」
旦那様はお嬢のことを深く溺愛しておられるからな。
そんな言葉を受けようものなら再起不能になってもおかしくはない。
「……告白は全て断ったの?」
「そうですね。心苦しかったのですが……」
「……理由は?」
「俺の人生はお嬢に捧げると誓いましたから。他の女性を幸せにするための余裕はありませんと、お断りさせていただきました」
「いつもサラッとそういうこと言うから、他の泥棒猫がフラフラ近づいてくるんでしょ? 嬉しいけれど」
「なぜお怒りに……?」
あとなんだ。泥棒猫って。
「ちなみになんだけど」
「はあ……」
「……もし私のことがなかったら、その告白を受けてた?」
「どうでしょうか……お嬢がいないこと自体があまり想像できないので、難しいですね」
「ふふっ。そう?」
「ですが……俺には勿体ない魅力的な女性ばかりでしたので、そんな未来もあったかもしれませんね」
「私、絶対に居なくならないから」
「そ、そうですか……」
なんだろう。お嬢は笑っているはずなのに、物凄い圧を感じる……。
「まったく……油断も隙もあったものじゃないわね……」
「……珍しいですね。お嬢がそんな必死そうな顔をされるなんて」
「当たり前よ。どうしても欲しいものがあったら、誰だって必死になるでしょう?」
「全てを持っているお嬢がそこまで欲しいものなんて、一体どんなお宝なんですか?」
「どんな、ねぇ……鏡でも見てきたらいいんじゃない?」
「鏡が欲しいんですか?」
「まったく……あなた、そこだけは高校生になっても変わらないわね」
お嬢の顔は、どこか拗ねているようで、呆れているようでもあって。
「…………全てなんて持っていないわよ。だって、一番欲しいものが手に入らないんだから」
☆
私の
「影人くんに勉強を教えてもらったおかげでテストの点数上がったよー! ありがとっ!」
「いえ。点数が上がったのはあなたの努力があってこそです。俺はただ、ほんの少しその手伝いをしただけですよ」
仕事の合間を縫って勉強して、上位の成績を常に維持している。しかも人に教えるのが上手い。
「影人くん! 球技大会でやってたサッカーの試合、かっこよかったよ! サッカー部が相手だったのに大活躍だったし!」
「チームメイトに助けられたんですよ。それに相手も強くて、紙一重の試合でした」
スポーツだって出来る。元々、お父様に厳しく鍛えられたというのもあって、腕っぷしだって並のボディガードが束になっても敵わないぐらいだ。
「影人くん、よかったら演劇部に入ってみる気はない? 君なら間違いなくスターになれるよ! 固定ファンだって多いし……おっと、これは失言だったかな。まあともかく、どうかな?」
「大変光栄なお話ですが、申し訳ありません。今回はお断りさせてください。俺よりも相応しい演劇部のスターは、きっと星の数ほどいらっしゃると思います」
眉目秀麗というのだろう。顔立ちも整ってるし、夜色の瞳も綺麗だし。身長だってあるし。振る舞いだって紳士的だし。他の女の子が夢中になるのも分かる。
というか、私は知っている。学園内で影人のファンが多数いることを。
誰もかれもが隙あらば影人を狙おうとしている。今は私に仕えているから目立った動きは少ないけれど、ひとたび私が席を外せば御覧の通り。
おまけに知り合いの令嬢までもが事あるごとにスカウトしてくることだってある。
本当に……泥棒猫たちには困ったものだわ。
私の方がずっとずっとずっと前から影人のことを好きだったのに、ただの新参がいけしゃあしゃあと近寄ってくるんだから。
…………そう。私はずっと前から影人のことが好きだった。
私は幼い頃からたいていのことは何でもできた。上手くいった。思い通りに出来た。
欲しいものは何でも手に入ったし、手に入らないものなんてなかった。
才能だって地位だって名声だって容姿だって、望まずともこの手の中に在った。
そんな時に出会ったのが影人だった。
彼は家族に捨てられた。親が影人だけを残して蒸発したらしい。
私が彼を見つけたのは偶然で、私が彼を拾ったのは、その全てを失ったような眼が印象的だったからだ。
そしてお父様は、影人の境遇に色々と思うところがあったらしい。自分も似たような経験がある、と笑って、私の『ワガママ』を引き受けてくれた。
彼を拾ったのは気まぐれのようなもの。その時に欲しいと思ったものを手に入れた、ぐらいの感覚。
……でも影人はそれ以上、私の思い通りになんてならなかった。
「お嬢、ピーマンもちゃんとたべてください。……おれが代わりにたべる? だめです。お嬢のためなんですから」
ワガママを聞いてくれないことだってあるし。
「お嬢。もう少し思いやりというものをもってください。そうやってワガママばかり言っていると、みんなお嬢のことをきらいになっちゃいますよ」
私にお説教なんかしてくるし。
「お嬢、さびしいならさびしいって言った方がいいです。……だんなさまとおくさまがお嬢のことをきらってる? そんなことはありません。たしかに今日はおしごとが入ってしまって、来られませんが……おふたりとも、お嬢のことはだいすきですよ。……今日はざんねんでしたね。おれでよければ、お嬢のたんじょうびをお祝いさせてください」
私が寂しいことにも気づいて、傍に居てくれるし。
「こんなところに隠れてたんですか。……どうしてここが分かったって? お嬢のことなら分かりますよ。ほら、帰りましょう。みんなさがしてますよ」
隠れて泣いていても、見つけてくれるし。
「お嬢はたしかになんでもできますけど、なにもしてないわけじゃないですよね。いっぱいがんばって、努力してますよね。だいじょうぶです。あの方はそれを知らずにひどいことを言ってしまいましたが……おれは知ってますよ。お嬢が、とってもがんばりやさんなことは」
私のことを、見ていてくれるし。
……理由なんてそれ以外にもたくさんある。それこそ数えきれないほどに。
私は色んなものを手に入れてきた。
でも、影人の心だけは手に入れることは出来ていない。
私が人生で一番ほしいと思ったもの。人生をかけてでも手に入れたいと思ったもの。
それさえあれば、他には何も要らないと思ったもの。
うん。だから、他の泥棒猫なんかには渡してやらない。
…………まあ。これまで色んな方法のアプローチを試しているけれど、影人は一向に気づいてくれない。
この前なんかわざわざ家の使用人を動員させてまでシチュエーションを作ったりしたのに……距離が近すぎるのが問題なのかしら? いっそ囲い込みを先に進めた方がいいかもしれない。
新参の泥棒猫がちょっかいをかけてくるまえに勝負をつけないといけないのだけれども、これがなかなか手強い。
……でも、諦めはしない。
全部なんて要らない。全て持ってなくてもいい。
それでも。
「一番欲しいものだけは、誰にも渡さないわ」
「? どうかされましたか、お嬢」
「覚悟しなさい、って話」
さて。今日はどんな手を使って、アプローチしてやろうかしら。
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