祝福の光の粒

 ユウナは朝方目を覚ます。

 気がつくと昨日の魔物がいない。

 傷が癒えたので去ってしまったのだろうか?

 寂しさを感じながら立ち上がる。

 そう言えば昨日は帰ってから治療に夢中で何も食べてない。

 パンを食べようと準備していると……


「ウォン!」

 と吠える声がした思った方向を向くと昨日の魔物がユウナに飛びついてきて顔を舐める。

「や、ちょっと、くすぐったい!」

 魔物の美しい白い毛はもふもふしている。

 その感触を楽しみながら魔物に舐められる。


 ユウナは傍にウサギが転がっているのに気がつく。


「あれ、このウサギ、あなたが捕ってきたの?」

「ウォン!」

 魔物もお腹がすいたようだ。

 ウサギさん。焼いたら食べられるだろうか。

 ユウナはナイフを取り出し、ウサギの解体に取り掛かる。


 なんとか解体と調理ができたウサギ。

 調理といっても皮を剥いだ後は丸焼きだけど。

 後はパンとミルクを魔物と分け合う。


「それじゃ、いただきましょ。いただきます」

 そういうと魔物と一緒に食事をする。

 ウサギの方は美味しい! というか肉を食べるのはかれこれいつぶりだろうか。

 両親が亡くなってから一度も食べてないはずだった。


 そうだ魔物の名前を決めようと思い立つ。

 そうだな……

「あなたの名前はロジェね」

 特に由来などない。魔物を見て思いついた名だった。

「ウォン!」

 と魔物は気に入った様子だ。


 それにしても今日はなんだか街が騒がしい気がする。

 食事が終わったら行ってみよう。




 街に着くと、そこにはいつもの人通りの何倍もの人々で溢れかえっていた。

 出店も出ているし、吟遊詩人の人たちもいて、奏でられる音楽によって踊りを踊っている人たちもいるようだ。


 そうだ今日は収穫祭だ!

 一年に一度穀物の収穫がされるこの時期にされる収穫祭。


 レイングラードは人族が多いが今日は他の種族の人たちも多くきているようだ。

 獣人族の猫種の人はローブを纏い、数々の結晶やクリスタル、オーブを販売している。

 あっちのトカゲさん、リザードマン種の人は何やら巻物を売っている。

 他にも祭りの時しか出店されない食べ物やキラキラしたよく分からないものが売られている。

 奏でられる音楽。

 音楽に合わせて踊りを踊る人々。

 ああ、やっぱり祭りはいいなあ。

 心が躍ってウキウキしてくる。


 広場でロジェと一緒に出店で買った焼き鳥を食べる。

 お金はないから贅沢はできないんだけど一年に一度の収穫祭だ。

 奮発して買ってしまった。


 一口食べると――うん、美味しい。

 ロジェも美味しそうに食べてる。よかった。

 美味しいねー。


 行き交う人々。

 ユウナのような小さい子供が他に一人で出歩いている事はまずない。

 小さい子を見つけたと思ったら家族連れ。

 お父さんとお母さんと一緒だ。


 そんな中、

「お母さん?」

 と思わずその人を見た時、ユウナは立ち上がった。

 だがその人は横顔は似ていたがユウナのお母さんではなかった。

 当然か。ユウナは少し落胆する。


 そのお母さんが連れているのはユウナと同い年くらいの男の子だった。

 ユウナは無意識でその二人を目で追ってしまう。

 はたから見ていてもその男の子はお母さんに愛されているのが分かる。

 祭りの中でユウナの両親の記憶が蘇る。




 ***


「ユウナ、美味しいか?」

「うん、美味しい!」

 ユウナは変わった飴を出店で見つけ、おねだりして買ってもらった。

 見た目が変わっていて虹色のような色をした飴の渦巻きだった。味は甘くて普通においしい。

 ユウナは今、お父さんに肩車をしてもらっている。


「あ、前からまた吟遊詩人の人たちが来る」

「お、ほんとだ! タッタリラー」

 お父さんは音楽に合わせて踊り出す。

「もう、お父さん、ユウナ上にいるんだから危ないよ」

「ああ、ごめんごめん」


 小休憩で広場の踊り場に3人で腰を下ろす。


「ふー、お、あの焼き鳥うまそうだな。ちょっと買ってくる」

「ユウナのも!」

「ああ、ユウナのもな」


 楽しいな。お父さんとお母さんと一緒。


「あっ!」

 ユウナのたちの目の前で小さい男の子が走っていてこけた。


「わーん!」

 男の子が泣き出す。

 ユウナは駆け寄り、

「大丈夫?」

 と手を差し出した。

 男の子は一瞬キョトンとするが、こっくりと頷きユウナの手をとり立ち上がった。


 そうしていると一人の女性が駆け寄り――

「アール大丈夫? お嬢ちゃんありがとね」

 お母さんであろう人にその男の子は連れて行かれた。


「お母さん、ありがとうって言われた。今、ユウナがしたのいい事?」

「ええ、すごいいい事よ。ユウナは偉いねー」

 そう言ってお母さんはユウナの頭を撫でてくれた。


「お父さん! ユウナいい事したんだよ!」

 お父さんが焼き鳥を片手に戻ってきた。

「そうか、ユウナいい事したか! よくやったぞ!」

 そう言って、お父さんはユウナを高い高いしてくれた。


 ***




 息子であろう男の子に愛情を注いでいるお母さんに似た人。

 自分には今、愛情を注いでくれる両親はいない。

 ユウナにはその事実が突き刺さる。


 優しいお母さん。

 愛情を注いでくれるお母さん。

 逞しいお父さん。

 同じように愛情を注いでくれるお父さん。

 ユウナを甘やかしてくれるお父さん。

 甘えたい。

 愛されたい。


 少年と自分を比較してしまった事により自分が持たざる者という現実が事実が否応なしにユウナに突き刺さる。

 少女の心はそれに耐える事ができなかった。

 楽しかったはずの祭りなのに涙が溢れてくる。


「お父さん、お母さん……」


 悲しい、寂しい、甘えたい……

 どうしようもないと頭では分かっていても感情は溢れ出してくる。


「クゥーン」

 ロジェが心配している。


 ロジェにユウナは抱きつく。

 ごめんね心配かけて。

 でも悲しいの。

 ロジェにもお父さんとお母さんいたでしょ。

 別れる時、悲しかったよね。

 それと一緒だよ。


 一度、堰を切ったように溢れ出した感情はなかなか止める事はできない。

 暫くの間、ユウナはロジェのその体に顔を埋め泣いた。



「いい事をしなさい。できれば他の人に。そうしてればいつか自分の周りにいいことが溢れるから。」

 ひとしきり泣いた後、ユウナの脳裏にお母さんのその言葉が蘇る。

 今は悲しいけど。

 今は辛いけど。

 なるべくいいことをしよう。

 そうしていればいつか天国に行った時もお父さんとお母さんはユウナを褒めてくれるだろう。


 ユウナはこうして一つの決意をした。

 体は小さくまだ幼いけど。

 この決意はユウナの人生を将来好転させていく事になる。

 それはまだまだ先のことになるけれど。


 わーー

 突然、ユウナたちの広場に光の粒が舞い降り始めた。

 見たことのない光景だ。

 周りの人たちもみんな驚いている。

 その光の粒は明らかに害はないものであるという事は直感で分かった。

 それは何かの祝福のようにも感じられ、幻想的な風景だった。

 夜空を見上げると辺り一面が光の粒で埋め尽くされまるで別世界に舞い降りたようにも感じられた。


 実はこの光の粒の演出をしたのは一人の魔術士だった。

 かつてケインの魔術王だった時の前世で魔術でグラードと渡り合ったほどの魔術士。

 このレイングラードに住み、近辺の聖なる森を長い間見守ってきた。

 そして最近そこに住み着いた少女を当然認識していた。

 その少女が妖精や精霊の加護を受け、聖獣を連れている事も。


 これはちょっとした祝福。

 そしてこの少女を決して不幸にはしないという魔術士の決意表明でもあった。

 この祭りの時のこの光景は伝説としてレイングラードの街で後世に渡って語り継がれる事になるのであった。

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