第4章 吸血鬼王国編

奴隷紋

「おい、大人しくしとけよ。大人しくしてれば飯は食わしてやるからな」


 男はそういうと乱暴にドアを閉めて出て行った。


 部屋に明かりはなく部屋の上部にある小窓程度から入ってくる明かりからおそらくは日中だろうと推測できた。


「お父さん、お母さん」


 両親を思い出し、泣いてしまいそうになる。


 しかし泣き声を上げるとまたあの乱暴な男が現れてぶたれてしまう。少女は鳴き声を出してしまわないようにグッと唇を噛んで堪えた。涙自体は抑える事ができず、目からは大粒の涙が次々と溢れている。


 両親の二人が亡くなったという事実がいまだ信じられない。訃報の連絡が入ってきたのはほんの2日前だ。なんでこんな事になってしまったのだろうか? ユウナは自身に起こった事を思い返してみる。



 ◇



「ユウナちゃんちょっとおいで」


 家で留守番をしていた時に近所のおばさんに呼ばれた。


「お母さんから知らない人について行ったらダメだって」

「おばさんは知らない人じゃないでしょ。だから大丈夫」


 ユウナはおばさんと手を繋ぎ連れ立って教会まで連れて行かれた。


 教会へは何度か来たことがある。孤児の子たちを引き取っていてその時はユウナの遊び相手になっていた。あの子たち今日もいるかなとちょっとワクワクしていた所、2つの棺の前まで連れてこられた。いつもの修道女のお姉さん。なぜか悲しい顔している。


「ユウナちゃん落ち着いて聞いてね。お父さんとお母さんだけどね、不幸があって亡くなってしまったの」


 亡くなるってなんだろう? いなくなって事かな? ユウナを置いてお父さんとお母さんがいなくなった? そんなのいやだ。


 2つの棺は開かれるとそこにはお父さんとお母さんの顔が見えた。お父さんとお母さんなんでこんな所に寝てるんだろう?


「お母さん起きて」と頬に触れると冷たい。びっくりしてユウナは手を引っ込めた。


「ユウナちゃん。お父さんとお母さんは天国に行ったのよ」

「なんでユウナをおいてなくなるの? そんなのいやだ!」


 感情が抑えられないようになり目から涙が溢れてくる。

 お父さん、お母さん…………その内、堰を切ったように感情が爆発した。



 ユウナが泣いてる間、近所のおばさんは修道女のお姉さんと何か話していた。結局その日はユウナは近所のおばさんに連れられて家に帰った。


 家ではその夜おばさんがパンとスープを与えてくれた。誰もいない家は寂しい。いつもの食卓。笑い声。ユウナがこぼしたら注意してくれた。今は誰もいない。また涙が溢れてくる。


 結局その日は食事の後も泣いている内にいつの間にか寝入っていた。



 翌朝起きてしばらくぼーっとしているとあの男が突然家に入ってきた。


「このガキか?」

 近所のおばさんに男は聞いている。


「はい。」おばさんは答えた。


「おい、お前一緒に来い。」

 男はユウナの手を取り強引に家の外に出そうとする。


 状況が分からず、おばさんに助けの視線を送るがおばさんはユウナと目線を合わせようとしない。


「これで旦那の借金は……」

「ああわかってる。チャラにしてやるよ。おい、早く外に出るぞ。ぶたれないと分からないか?」

 男は手を振り上げた。

 ユウナは怖くていう通りにした。



 しばらく歩き、貧民街の入り組んだ所に入っていくと、


「ここだ、この家の中だ」


 と家の中に入れられる。するとすぐに中庭のようになっているようで、その中庭で何かを鍛造するのだろうか、大きな釜があった。ちょうど何かを熱しているようだった。


「おい、準備できたか?」

「おう! ちょうど温まってきた所だ」


 そう答えた男はユウナを連れてきた男に長い棒を渡した。

 長い棒の先端は何か小さい正方形の板のようなものが付いている。

 ユウナはその棒を見ると直感でゾッとする。


「おい、焼印入れるから暴れないように抑えておけ」


 ユウナは後ろから腕と体をガッと抑えられた。

 そしてユウナの左手の甲を前方に突き出される。


 長い棒の先端の小さい正方形部分が焼印と呼ばれる部分だろうか。

 まさか……あれを自分の左手の甲に押し付けて焼印を入れる?


「い、いや…………」

「騒ぐんじゃねえぞ」


 男は熱せられた先端をユウナの左手の甲に押し付ける。

 じゅわーーーーー


「うゔっゔっゔっゔっゔゔゔーーーー!!!!!!」


 肉の焦げる嫌な匂いがした事だけは覚えている。

 ユウナはあまりの痛みと恐怖でそのまま失神した。



 ◇



 左手には申し訳程度の包帯がされていた。


 そうだ。自分は奴隷になったのだ。

 奴隷紋というやつを左手の甲に焼き入れられたのだ。

 そしてお父さんとお母さんはもうなくなったのだ。


 部屋の向こうから男の声と知らない人の声が聞こえた。しばらく何か話していたようだが、「バタン」とドアがしまった音の後に人の気配がなくなった。男は来客者と連れ立って家から出たようだった。


 必死になって聞き耳をたて、気配を探る。誰もいないと確信を得られたのでドアをそっと開けた。


 ドアを開けた正面には家の正面口が、そして右にも扉があったのでそこも開けてみる。その部屋は台所のようだったがそこからも外に出れるようだった。台所から外に通じるドアをそっと開けて誰もいないのを確認する。


 そしてユウナは外に駆け出した。

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