吸血女王
「それではこちらへどうぞ…………ひーひっひっひ」
小柄で腰も曲がってしまっている老人の案内人。
片目はなく、体のどこかが悪いのではないかというような浅黒い肌色をしている。
(不気味な野郎だ)
奴隷商人のパトリクはそう思う。
吸血鬼女王の城。
その城は全体を通して黒に少し赤が掛かったような人間の血に近いような色で統一されている。
薄暗い場内を老人は蝋燭を片手にパトリクを案内している。
本来はやむ得ない理由がなければ絶対に近寄りたくない城だ。
この老人もこんな形をしているが吸血鬼だ。
戦闘になればおそらく勝てないだろう。
吸血鬼族は基本的には竜族についでの戦闘能力を誇っている。
カッカッカッカッ
パトリクと老人が歩く音が城内に響き渡る。
逆にそれ以外の音は聞こえてこない。この城は他に人がいないのだろうか?
そのように訝しむ程、静かだが――
「きゃーーーーーー」
と突然人が叫ぶ声が聞こえる。
納品した商品だろうか?
何にせよ気分の良いものではない。
「それではこちらが女王の間となります」
そう言って老人はその女王の間の大扉を俺に開くように促す。
俺は鉄製でできたその大扉を思いっきり力を入れて押し出し開ける。
奥の女王の空の玉座へと赤の絨毯が敷き詰められている。
女王の間の内装も城の外装と同じように人間の血に近いような色で構成されていた。
この部屋はいつ来ても良い気分がしない。まるで自分がモルモットのような気分となる。
なぜか理由は分からないが。
玉座前まで歩みを進めると片膝をつき、首を垂れて待つ。
カッカッカッカッ
女王が現れた。
「よく来たな。面を上げろ」
吸血鬼女王、グレース。
黒のドレスに身を包んでいる。
目は赤く、真っ黒のストレートヘア。
随分と高齢のはずだがさすがは吸血鬼、人間なら10代、20代に見えるような肌艶をしている。
肌の色は真っ白でその姿、容姿は美しく筆舌に尽くしがたい程の妖艶さを醸し出していた。
「これは女王様、ご機嫌麗しゅうございます。本日もまた納品に参りました」
本日の納品物は20体程。
先程の叫び声はもしかしたら検品による物なのかもしれない。
「ああ、確認した。どれも状態が良さそうだから、血も良いだろう。 それによくもちそうだ。報酬はいつもの通りでいいな」
「はい、大丈夫でございます」
人を人として見ていない人間の目。
そういう目をした人間、感情の通っていない目をするような人間とは商売柄、よく出会うことがある。
しかし、それとはまた種類の違う目。
捕食者として食料を見る目。
吸血鬼が人に向ける目はそれだ。
本人たちは意識していないだろうが。
だから吸血鬼たちと接する時はどこか落ち着けない自分がいた。
女王も捕食者としての目をしているが、その妖艶さからか引き込まれそうになる。
奴隷商人を生業としている自分のような人間であっても。
彼女が女王として君臨できているのももしかしたらそんな事が一因としてあるのかもしれない。
「ではもう、帰っていいぞ。ご苦労だったな」
「はい、それでは失礼いたします」
女王の前で余計な問答、雑談は不要。
いつも必要最低限のやり取りで解放される。
「そう言えば……事前の商品のリストにあった少女がなかったぞ納品物には」
「申し訳ありません。焼印まで入れた後に逃げしてしまったようで。できれば捕まえて次回お持ちします」
肝を冷やしながらパトリクは答えた。
一礼してパトリクは女王の間を退出する。
やはり指摘してきたか…………
少女の血は女王の好物。逃したのは痛手だった。
帰るとまた捜索の網を広げねば……
そう思いながらパトリクは不気味な老人にまた案内されながら帰路につく。
◇
「奴隷商をしてる組織を割り出してくれ、片っ端からぶっ潰してやる」
「それなんだがな、旦那……」
そういうとノストラードは続けて、
「どうやら奴隷商人の納品先が吸血鬼の野郎のようなんだ」
ケイン帝国領の町、レイングラード。
レイングラードから国境を挟んで吸血鬼の国、ジェラード王国がある。
吸血鬼族はかなり強い種族だ。敵に回すのはかなり厄介だった。
「それは厄介だな……」
「太陽の光が弱点の奴らなど滅してしまえばよろしいでしょう! ご主人様」
確かに吸血鬼は太陽の光が弱点だが、夜に相手するのは竜族並みに厄介だ。
それに太陽の光が弱点と言っても不死身の再生能力がなくなるという微妙な弱点。
人間を遥かに超える身体能力に、長く生きているだけあって、魔術の知識も豊富だ。
戦争となる場合はかなり覚悟をしなければならない。
「まあ、簡単に滅せれればいいんだけどな……ただ奴ら吸血鬼は人間を食料にしないと表向きは人間側と講和条約を結んでるんじゃなかったっけ」
「ああ、表向きはな。ただ実際は昔から人の供給はされているという噂だし、人間側も大々的にやらない限りは被害が甚大になるので全面的な争いにはしたくないというような感じみたいだ」
なるほど。
実は前世に奴らとやり合った事がある。
前世の魔術王としての権勢が通じればいいのだが……
ケインは宿の窓から外を眺めた。
外は雨が降りそうで降らないような曇天をしていた。
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