あんよが上手!

 遠征の為、宿を取る。

 可愛い女の子、おそらく宿屋のご両親の娘であろう子の客引きに引かれて宿は適当に決めた。


「お部屋は何部屋になさいますか。」

『どうする当主?』

『2部屋だ。俺とユミル、後グラ―ドが一部屋。』

 ユミルと一緒に寝て。ムフフフフ。

 この為にラミアではなくユミルを連れてきたのだ。


『あん?あんた一人で大丈夫だろう!?3部屋頼むぞ。」

「ちょっちょっと待て待て待てぇい!無理なの!体は赤ちゃんだから一人だとおねしょしちゃうの!」

 お願いというよりかは懇願だった。

 頼む!頼む!!


「………3部屋で。」

『鬼―――――――――!!(泣)』

『実はラミアに釘を刺されててな。ごめんな当主。』

 絶句!!


「オギャ―!オギャ―――!」

「あらあらどうしましたかケイン様?」

 俺は転生して初めてマジ泣きをした。



 その日の夜も寝静まった頃

 ガサゴソガサゴソ

 宿の外から何やら物音がしている。

 どうやらすでに複数人に囲まれているようだった。


『おい、グラ―ド起きてるか?』

『うん…ああ…今起きた所だ。……これは囲まれてるなあ。』

『とりあえず俺とユミルの部屋は結界で入れなくしておくから後は頼むな。』

『おい、ちょっと待っ…』

 きっとマフィア連中だろう。

 ったく夜ぐらいぐっすり寝かせろ。むにゃむにゃ……



 チュンチュン

 小鳥の囀りが聞こえる


 ガチャ

「ケイン様おはようございます。ぐっすり眠れましたかあ。」

「ばぶ――。(ふむ。よく眠れた。)」


「よいっしょ」とユミルは俺を抱きかかえる。


「それでは朝のミルクにしますかね―。」

「は―い―――。(お腹すいた―。)」


 宿の食堂に降りると目にクマをつくったグラ―ドがいた。

「あれグラ―ドさん寝れなかったのですか?」

「ああ、ちょっとな。まあ大丈夫だ。」

 そういやすっかり忘れてた。襲撃があったんだったな。


『ご苦労。あれ?夜通し見張ってたのか?』

『見張ってたのかじゃねえよ当主。ったく奴らひっきりなしに来やがって。結局ほとんど寝れなかったわ。』


 グラードを労った後にそれぞれ朝食を済ませ、外に出てみると……

 人が数十人横たわっている。異様な光景だった。

 この人数をグラードは夜通し相手してたのか。それは大変だっただろう。


 朝、時折宿の外から人の悲鳴が聞こえていたのはおそらくこの光景を見たからだという事で合点がいった。




 ドガ――――ン!!

 グラ―ドはノストラ―ドファミリ―の本家の屋敷のドアを蹴破った。

 昨晩の鬱憤も多少込められているようだった。

 2階建てで10部屋くらいはあるだろうか。なかなかの大きさの屋敷だ。


「誰だ――!!」

 と複数人の構成員たちが屋敷から出てくる。


「コインブラってやつはいるかあ?」

「俺だが?お前たちかあ、昨日事務所を襲撃してきた野郎ってのは!?」

 コインブラの顔には縦に刃物傷のミミズが走っていた。

 他に駆けつけた奴らもその筋とはっきり分かるような人相が悪い奴らばかりだ。


 集まった敵は十数人はいた。

 ぱっと見の分析ではあるがそれなりにできるやつも相当数いるようだ。

 一々全員相手をするのは面倒だ。


 俺は有無を言わさず無詠唱で雷撃魔法を放つ。

 バリバリバリバリ!!

 ギャ――――――

 バタバタバターーーー


 ほとんどの敵が雷撃により気絶し、戦闘不能に陥った。

 コインブラと後若干名がフラフラになりながらも意識を保っている。


『残ったやつは見立てでは……Aランクぐらいか?後は任せていいか?』

『ああ、任せろ!!』

 よし!じゃあ後はグラードに任せて……


「あう――――!」

 俺は屋敷の中を指差した。


「あら中に入りたいんですね―。じゃあ入りますかぁ。お邪魔しま―す。」

 ユミルはこんな状況だが緊張感がなく呑気だ。

 ユミルに抱かれて屋敷に侵入する。


 中に入ると……正面階段の踊り場に腕組みをした一人の男とその両隣を側近と思われる二人の女性がいた。

 男の顔面の右頬に竜のタトゥ―がしてある。

 セバスチャンに聞いていた通り、こいつがボスで間違いないだろう。


「なんだお前ら?関係ない奴は入ってくんな!」

「あう――そう言われましても。私たちはケイン家のものです。そしてこちらが当主のケイン様ですぅ―。」

 メイド姿の若い女性とそれに抱かれた赤ちゃん。

 まあそう思うだろうな。


「お頭、こいつら例の赤ちゃん連れの……」

「ああ!てめえらかぁ例のカチコミしてきやがった野郎は!!」

 やっと気づいたか。

 敵ボスは……うん、結構強いな。まあ俺がやるか。


「ばぶ――。(降ろしてくれ―)」

「あれ?ケイン様、降りますか?大丈夫ですかね……よいっしょ。」


 スタスタ

 身体強化済みの俺は敵のボスの所まで当然のように歩いていった。


「あら――!ケイン様!あんよがお上手です―!」

 あっそう言えばユミルには俺が身体強化で立って歩けるところ見せていなかったっけ。


 敵ボスは顔に青筋を立てている。

 おそらく舐められて煽りを入れられていると思っているのだろう。


「あんよが上手!あんよが上手―!!」

「くっ!!女、子供だからって見逃してもらえると思うなよ……」

 敵ボスは相当お怒りのようでワナワナしながら話している。


「あんよが上手!あんよが上手―!!」

 殺伐としたカチコミの場で場違いなユミルのその掛け声が響き渡っていた。

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