ブラックアウト

 目の前にいるのが人外なるもの。人に危害を与えしものというのは当然分かっている。

 しかし、その妖艶なる美しさはまだ成人前のバーストを持ってしても抗い難いものだった。


「強くなりたいか?」

 吸血鬼女王、グレースが問いかける。


「強く……なりたい!」

 バーストはこの回答がどのような結果を招くか承知していた。


「ふふふ、面白い。人間にして若干齢15歳でSランクを超える逸材。以前のセカンドが死んでから妾はここ数百年ほど血分けをしていないがお前に血分けをしたら一体どれ程の吸血鬼になるのか……」

 女王はバーストの近くまで近寄り、バーストの顎を手で上げてその顔形を確認しているようだった。


「ふむ。容姿も悪くない。妾は醜いものは男でも女でも嫌いでな」

 そういうと女王はまた王座まで戻りそこに座った。

 そして――パンパンと手を叩き何かの合図をする。

 従者と思われる一人の男性が何かをお盆に乗せてやってきた。

 そしてそれを女王にひざまづき差し出す。

 それは試験管の中に入っている血のように見えた。


「ちょっと前に手傷を負っての。妾の血は貴重につき、こうしてその時の血を保存しておった」

 そしてまたバーストに近づき――


「飲め! そして妾に次ぐ最強の吸血鬼となってみせよ!」

 試験管を差し出されバーストはそれを受け取る。


 吸血鬼の血の色は人間と変わらないように見えた。

 これを飲めば俺は人間を止める事になる。

 躊躇する思考が芽生えるがそれと同時に――


(強くなりたい! 強くなりたい! 強くなりたい!!)

 という熱情は途切れる事なくバーストの心の底から湧き上がり続けている。

 その熱情と共に――バーストは試験管の血を一気に飲み干した。


 カァーーーーーー

 一気に身体中に熱が回ったように感じる。

 そしてその後は特に何もなくこんなもんか? と思っていると――


 突然何かの大きな衝撃が走り、バーストはブラックアウトした。





 バーストは目が覚めるとそこは何もない平面の世界。

 真っ黒の地面が広がり、あるのは地平線のみ。

 青い空も太陽もない。しかし不思議な事に真っ暗闇という事もなかった。


(なんだここは?)


 バーストは周りを見渡すがやはり見えるのは地平線のみであった。


「ここはお前が心的世界」

 突然声がした方向を見ると…………そこには俺がいた。


「お前は…………俺か?」

 見た目はそっくりだ。いつも鏡で見る自分。目に白目がなく、全て黒目で構成されている以外は。


「ありがたく使わせてもらうぜお前のこの体」

「なんだお前は? 何を言っている?」

 もう一人の俺……ではないのか?


「確かに俺はお前だ。但し、一切の人間的な抑制が外れたな。それが吸血鬼だ」

「それで強くなれるのか? ならばそれでいい……」

 もう一人の俺は両手の平を上に向けて肩をすくめている。


「おめでたいな、お前は自分の本当の望みも知らずに。強くなりたいのは何故だ? 一番大切な事を忘れて」

「なんだ? 何の事だ?」

「まあ、俺がお前の体使ってやってる内にたっぷり時間がある。ここでじっくり考えてみろ」

 そういうともう一人の俺は消えた。

 ん………

 多分、もう一人の俺が俺の体を動かし始めた。なんとなく分かる。

 俺の本当の望み。

 一番大切な事。

 一体なんだったのだろう……





「ケイン様、吸血鬼王国にレイングラード領主として使者を送りました。」

 ケインの傍で報告するはレイングラードが領主、アンセルム。

 セバスチャンに洗ってもらっておそらく奴隷商売とは関係していないという事で連携を取っている。


「にしても皇帝ともあろうお方がこんな安宿に。もっといい宿を手配致しましょうか?」

「いやいい。好きでこの宿に泊まってるんだよ」

「さようでございますか」

 高級宿はなんだかこっちが気を使ってしまうのだ。

 こういう一般的な庶民の宿なら全く気を使わず気楽に過ごせる。


 ラミアは部屋で編み物を。以外だがラミア編み物が趣味らしい。

 そしてノストラードはうたた寝をしている。

 緊張感のカケラもなく平和な時が流れていた。


「アンセルム報告ご苦労。それじゃあ一旦戻っていいぞ。あっ連絡がすぐ取れる従者を一人だけつけておいてくれ」

「かしこまりました。戻ったら早速手配致します。それでは失礼いたします」

 一礼ののちアンセルムは部屋を退出する。


 部屋にはノストラードの寝息が小さく聞こえてる。

 ふぁーーーーと俺も伸びをして、少し椅子に深く腰掛けうたた寝の態勢に入る。





「家畜の分際で生意気にも妾に偉そうに意見するじゃと! 貴様、命が欲しくないのか!」

 領主が使者、騎士のオニールは目の前の化け物に怯えていた。

 尋常ではない魔力量。おそらくその気になれば一瞬で俺など殺されてしまうだろう。


「女王陛下、これは私個人の意見ではなく、ケイン帝国が皇帝、及び、レイングラード領主の声となります」

 講和を守るように。人間の奴隷を解放するように。突きつけた条件は以下の物であった。

 守らなければ世界会議に上げ問題にすると。


「少女の事といい、忌々しい人間どもめ。もういい! フレデリック!」

 女王のその呼びかけにより、

「は!」

 とフレデリックと呼ばれた男が現れた。


 騎士のオニールはそのフレデリックがいつ部屋に入ってきたかも全く分からなかった。

 凄まじいスピードでフレデリックもまた化け物だ。


「フレデリック、上位貴族を全て集めろ。そして人間界に潜伏させている吸血鬼たちに臨戦態勢と伝えろ!」

 騎士オニールの額に冷や汗が滴り落ちる。

 という事はまさか……


 !!!

 気がつくと女王が目の前にいた。


「心配するなお前は人間界には帰してやる……但し、死体になってからじゃがの」

 その女王のその言葉を最後に騎士オニールの視界は真っ黒となり――

 首を刎ねられる事によってその生涯を終える事になる。

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