血分け

「………ごめんね」

 母から受け取った言葉がそれが最後であるのは、覚えている。

 俺が3歳の時だった。なぜ捨てられたのかは分からない。


 竜の大穴に捨てられた時、あの落下するときのなんともいえない、恐怖が無尽蔵に自分の体から抜けづづけるような感覚。分かるだろうか。


 子供なりにああ、死ぬんだな、と思ったが――

 落下場所に丁度、彼が居て助かった。


 ヒューーーーーー

 バシッ(キャッチ)


「はて、なんじゃ? これは?」

 彼からの第一声はそれだった。

 白髪混じりで子供目にも彼が老齢であることはわかった。


「うん、人間の子供じゃのう。どうした穴に誤って落ちたか? 名はなんという小僧」

「……イネス…」

「そうか、どうしたんじゃイネス?」

 その時に自分が親に捨てられたんだという事実が胸に刺さった。

 涙がこぼれ落ちてくる。


「……す…てら…れた…」

「……………」


 老人は俺の首根っこを掴んだまま、彼の住処に連れて行った。


「ワシはブリストルという。竜だが人化して今はこのような姿になっておる。」

 ブリストルはタオルを持ってきて、俺の涙を拭きながら話した。


「今は特に何をする事もなく、隠居しておった。もう5000年近く生き、そろそろ寿命が近づいておる」


 そういうと台所の方へ行き、「ミルクでいいなー?」と確認する声があった。

 手に自分用と俺用に飲み物を入れたコップを戻ってくる。


「ほれ、飲め」


 ずずずーーー

 悲しい気持ちがちょっと落ち着く。


「……………」


 ブリストルは俺を見ながら何か考えているようだった。


「お前まだ生きたいよなあ」


 あたりまえだ。誰が死にたいか。死んでたまるか。


「生きたい」


「そうか」

 そう言って、ブリストルはニコッと笑った。

 なぜだろうか、イネスにとってこの笑顔は生涯印象に残る光景となった。


「お前、ワシの息子になれ! 血分けしてやる」


 そういうとブリストルはまた台所にいって、おそらくだろう、自身の腕を切って、少量の血をコップに入れてきた。

 うげぇ。


「まあ、そんな顔するな。うまくはないだろうが一気に飲めば飲めんことはない」


 俺は鼻を摘んで、その血を一気に飲んだ。

 飲んで――――すぐに体が熱くなる。なんだ? 自身が作り変えられているような感覚がある。


「どうじゃ? ワシは人に血分けしたのは初めてなんじゃがの」

「体が……熱い」

「そうか。それは正常な反応だ。大体一日で体が作り変わるはずじゃ。眠いじゃろう。今日はもう寝ろ」


 確かに急激な眠気が襲ってきた。

 そしてその後の記憶はない。




 それから5年後


 ドゴーーーーーーー!

 いつものように一撃で大猪を仕留める。


 よし!これで今日の晩飯確保!

 四足を括り、担いで家に持って帰る。


「じいちゃんただいま!」


 じいちゃんはいつものように軒先でタバコを更かしていた。


「おう、おかえり、おお、今日も捕れたか」

「うん、これで5日は持つよ!」

「そうか、じゃあ飯の前に軽く稽古をするかの」


 俺はじいちゃんに拾われ、血を分けられてから、力は強くなり、身のこなしも早くなった。

 近隣の獣については大猪を初め、熊に虎なども素手で一撃で仕留められる。

 だが、じいちゃん曰く、これではまだ全然ダメらしい。

 いつか人間界に戻っても不自由がないようにじいちゃんに槍の稽古をつけてもらっている。


「さあ、こい!」

「うん、いくよ!」


 ドゴーーーーーン!!

 ギァギィィィィン!!


 お互いの槍が打ちたたかれる度に地響きのような音が届く。

 ちなみにじいちゃんの家は竜王国アデレードでも辺境にあり、近場に他の竜は住んでいない。


「よし、今日はこの辺にしておこう。中々強くなったなイネス。流石ワシの息子じゃ」

「へへへ」


 俺は照れくさくて鼻をかいた。


「うーん、そろそろ人間界に行ってみても良い頃かのう」

「ほんと!?」


 強くなったら人間界に連れて行ってくれるという約束だったのだ。

 俺は嬉しくなって飛び上がる。


「人間界に行ったらまずは冒険者登録などしてみるかのう。イネスはまだまだ弱いからどこまでいけるか分からんが」


 冒険者!話には聞いている。冒険者ギルドというのがあってそこで依頼をうけるのだろう。

 獣などの捕獲依頼があればいいのだが。魔物とはまだ戦った事はないし、じいちゃんが言うには俺はまだ弱いらしいので。


 こうして八竜のブリストル、そしてその血を分けた息子となったイネスは人間界に行くことになった。

 彼らの無自覚無双はここから始まる事になる。

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