第10話 訓練

 俺は優理さんへと視線を送る。それに対して優理さんは笑顔で頷いた。


 マジ、かよ……。


 俺は椅子の背もたれに寄りかかる様にしてのけぞる。


「理由の3つ目」

「まだあったんですか!?」


 俺は声を大にして驚く。

 それに対して、翔さんと優理さんの2人は目を合わせて笑い合っている。


「颯太にとって吹の戦闘スタイルは参考になると思うからだ」

「戦闘スタイルって…あの人の戦闘スタイルはどういうやつなんですか?」

「あぁ、吹の戦闘スタイルはな…」






「何しに来たの?」

「いや、速水はやみさんに訓練の相手して貰おうと思って……」


 俺は次の日の早朝、まだ陽も上がらないうちにAPNのバーに来ていた。


 スリッパを履いて出てきた速水さんは寝癖がついており、目を擦っている。


「……何の連絡もなし。非常識」

「え? 翔さんから連絡いって………」

「「……」」


 2人の間に沈黙が訪れる。


 あの人、言うの忘れてたな……。


「……まぁ、してあげてもいい」


 速水さんは仕方ないとでも言いたげな顔でそう言うと、カウンターにある椅子へと座った。


 何をするんだ?


 俺が様子を伺っていると、その言葉は唐突に放たれた。


「腕立て伏せ」

「……は?」


 俺は一瞬何を言ってるのか理解できなく、聞き返す。


「だから腕立て伏せ、やって」

「あ、あぁ」


 言われ、とりあえずは大人しく床に腕立て伏せの体制をとる。


 腕立て伏せって、戦闘訓練って言うからもっと特別な事をするのかと……。


「じゃあ、始めて」


 速水さんに言われ、俺は素直に腕立て伏せを始める。





「お、おい! これ! 何回やればいいんだよ!」


 数分後。30回を超えた頃ぐらいから、何回やれば良いのか分からず、俺は速水さんへと話しかける。


「ん? 限界まで」


 速水さんは淡々と俺を見下ろしながらそう告げた。



う、嘘だろ。そんなテキトーに……!


「訓練したくないなら、やめればいい」


 速水さんはそう言うと、カウンターから降りる。


「ま、待て! やる! やればいいんだろ!!」


 俺は叫ぶと、一心不乱に腕立て伏せを続ける。速水さんはそれを見てため息をついた後、もう1度カウンターへと座るのだった。






「もう……無、理」


 バタン


 俺は意識を失い床にうつ伏せで倒れる。


 周りの床には汗が滴り落ちている。

 それを見た吹は汗まみれの颯太を何の躊躇もなく、持ち上げ奥へと入っていった。






「う……ん?」

「あ、颯太君やっと起きた?」


 俺が目を覚ますと、目の前には優理さんが笑顔で迎えた。


「……えっと」

「今日、吹の訓練をしたんでしょ? それで疲れて寝ちゃったって聞いたけど……」


 周りを見渡す。そこは何処かの1室で、簡素な作りになっている。家具は俺が寝転がっているベッド、その隣には棚と電気スタンド、その近くに丸い椅子、それだけが置いてあった。


 椅子の上には本が乗っている。もしかしたら、優理さんが俺が起きるのを待っていたのかもしれない。

 俺はベッドから降りようとすると、ある事に気がついた。


「ん? ……この服」

「あら? その服は翔のよ? 貸してもらったんじゃないの?」

「え? 俺は学校のジャージを……」


 可笑しい。俺は確かにジャージを着て腕立てをしてた筈だ……ん? もしかしてーー。


「……因みにだけど、私は何もやってないわよ?」


 優理さんは両手を挙げて、苦笑いをする。


 て、てことは……!!


「俺、もしかして速水さんに……!?」


 俺は顔を強張らせた。それに対して、優理さんは「あらあら」と口を隠して驚いた様な表情を見せている。


「そう言えば汗臭くないわね」

「……はぁ」



 俺は何十分もの間、優理さんに励まされる事で少しメンタルが回復し、バーから出た。


 はぁ……もう遅刻は確実だな。


 俺は少し小走りで学校へと向かった。






「すみません。遅れました」


 そう言って俺が教室に入ると、まだ朝のホームルームが始まったばかりの様だった。しかし、何故か教室中が静まり返っている。


 何だ?


 俺は先生の前を通り過ぎて、自分の席へと着く。


「……もう1度言うぞ。佐藤、鈴木、斎藤が昨日、学校の裏の神社で発見された」


 先生が顔を下に向け、ゆっくりと噛み締める様にして皆んなに向けて言った。


 佐藤……健斗達の事か。なるほど。だからコイツらはこんなに静まり返っているって訳か。


「先生、嘘ですよね? だってアイツらと俺昨日話して……」

「わ、私も!」

「俺は、今日遊ぶ約束をしたんですよ?」


 生徒達が信じられないのか、次々と声を上げ、先生のいる教卓の下へと集まる。


「……本当だ。今朝警察から学校に連絡があった」


 先生がそう告げると、周りにいた生徒達は泣き崩れる。


「な、何で……!!」

「気の良い奴らだったのに……!」


 気の良い奴ら、ね……あんな奴らが気の良い奴らなら、この世の人間全員そうだよ


 俺は1人、教室の隅で眉を顰め、目を瞑る。

 するとあろう事か、1人の男子生徒が声を上げる。


「お、俺昨日、佐藤達が時代の遅刻者と帰り何処かに行くのを見ました」


 そう言うと、教室中が俺の方へと視線を向けた。

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