第51話 欲望の深さ

 何故今まで気付かなかったのか。今までの戦い方だってそうだ。執事の『身体強化』をしての戦闘、階段での『治癒』をしての特攻。進化先の特徴を活かして戦うのが普通だ。


「……普通、進化先は隠すものですよ? 進化先を知られて対応されるのは避けたいですからね」


 それが、コイツにはない。

 銃での戦い、隙を見ての攻撃に徹している。


「まぁな。だが、今の無言で撃って来てのは答えを言ってるようなもんだろ」

「貴方も……進化先を隠しているようですが?」


 俺は隠してる訳ではない……が、それをコイツが知ってる訳もない。ただコイツには何らかのスキルがある……それは間違いない。だけど、その特徴が現れていない。まるで俺みたいな……まさかーー。


「お前、普通の進化先ではないのか?」


 分からない。だが、そんな確信が俺にはあった。


「成宮っ!!! 離れて攻撃を続けます!!!」

「は、はい!」


 俺が話すと男は声に焦りを見せながら、二手に分かれて射線には入らないよう銃を発砲して来る。


 今は追求してる余裕はないか。


 どちらも、一定の距離以上近付いてこない。弾を避ける事は出来るとしても、これでは攻撃をする事も出来ないし、相手の弾数が尽きる前に俺の体力が先に無くなってしまうだろう。


 ただ……整理しよう。

 執事の身体強化は、AOSのアマンダ程はいかないが素晴らしいもので、俺を近くに寄せ付けない。

 あの男の射撃能力は大したものだ。まるで、俺の考えを読んでいるかのように、少しの気の緩みを突いて撃ってくる。


 だがーー。


「こう動けばどうだ?」

「っ!」


 俺は男の方へと駆け出す。


「くっ!!」


 執事から発砲されるが、それは当たる事はない弾道だ。

 身体強化がある以上、あの執事には追いつけない。なら、あの男を先にやれば、この包囲網は無くなる。


 あの男に至近距離で発砲されないように、球数も把握済み。


「物体支配発動、『固くなれ』」


 俺が告げると男の服は固まり、動きを止める。


「なるほど……やっぱり、貴方も非凡な進化を遂げたんですね。それにこの能力は……貴方が『支配者』ですね」


 俺の事を『支配者』だと知ってるとは……まぁ、それは良い。


「……お前の進化先のスキルは相手の思考を、いや、『単純な感情のみを読み取る事が出来る』のか?」

「ははっ、そこまでバレるとは。やりますね」


 さっきコイツは殺気を感じたと言っていた。だけど、俺は最初からコイツらを殺す気はなかった。


 何故ならーー。


「お前は、金持ちなのか?」

「藪から棒に何ですか……まぁ一応、金木成の社長をやらせて貰ってますよ」


 なるほど……だからこんなイベント、あんな大金を準備出来たのか。

 俺は男に対してアイスピックを突きつけ、執事に牽制をしながら話しを続ける。


「なら、何故ドラックなんかに手を出した?」

「……ドラックで誰か身近な人を亡くしたような感情ですね? それはすみませんでした。ですが、金を集めるには何でもする。それが私です」


 男の言葉に、揺らぎはない。


「ふっ」


 コイツは金を集める為に、何でもするのか。


「今、笑いましたか?」

「あぁ、随分くだらない理由でドラックなんかに手を出すんだなと思ってな」

「……何が言いたいんですか? 金があれば何でも手に入る」


 なんでも、なんでもねぇ。


「それは違うな。金があっても手に入らないものはある。俺にあってお前に無いモノはなんだと思う?」

「ふ、ふふっ! 可笑しい事を言いますね!! そんなのありません。金が有れば何でも手に入る、そう。貴方の命でさえね!!」


 男が叫んだ瞬間、突如として真上の天井から人が落ちて来る。手にはナイフ。成宮と呼ばれる男ではない、そこには何もないかのような存在感の女がナイフを振り下ろそうとしてくる。

『空間支配』と『物体支配』は同時に使えなかった、避けるのは間に合わない。今からじゃ『物体支配』も間に合わない。


 女のナイフが身体を切り裂くーー。



 ◇



 "金木成"社長、キム・ソンヒョンは動きを封じられはしたものの、攻撃の機会を伺っていた。


(感情を読み取れば、今はもう完全に勝ちを確信しているような余裕が感じられる。この能力だ。気持ちも分かる。だがーー)


 キムは奥の手を用意していた。

 自分が死ぬかもしれないという時に助けて貰えるように、暗殺者を用意していた。


 それは足先のボタンを皮切りに、颯太へと致死へと至る一撃を加えるよう指示している。


「ふ、ふふっ! 可笑しい事を言いますね!! そんなのありません。金が有れば何でも手に入る、そう。貴方の命でさえね!!」


 キムは容赦なく足先のボタンを押した。

 すると、支配者からは驚愕の感情が伝わって来る。


(決まった!)


 意識の外からの攻撃。支配者の身体能力は中の下ほど。避けられず、スキル発動中となれば痛みでスキルは効力を失う。


「っ!!」


 暗殺者のナイフが深く、支配者の腹部へと突き刺さる。


 苦悶する声が漏れ出て、キムはニヤッと口角を上げた。

 完全に決まったと、これでスキルは途切れる筈だ、トドメを刺そう、そう思った。


「なっ……スキルがまだ!!」

「『締め上げろ』」


 身体が未だに動かす事は出来ず、背後からの声にキムは驚愕した。

 そんな中、キムのスキル『感情読み』にある感情が流れ込む。


 それは、今まで商人として世界中を歩き生きて来たキムにとっても初めての感情。


 ドス黒い、身を震えさせるような、地獄の焔のような憤怒の感情。


「金でもどうにも出来ない物もあるんだよ。そうーー」


 支配者は親指を立て、胸に向けた。


「圧倒的と言って良いほどの欲望の深さ。"意志の強さ"だ。俺はまだ死ねない。死んでも死に切れない……世界をぶっ壊すまでは」


 それはキムの初めての価値観。自分の命を賭しても目的を果たそうとする。あまりに異常、だがしかし、キムはそれに魅かれた。



「ーーこれがお前と俺との違い……欲が浅いんだよ、三下ども」



 支配者が言い退け、キムの首には再び針先が突き付けられた。それにキムは吹き出すように笑う。


「はは……欲、ねぇ? それなら私も負けませんよ? 少なくとも金銭欲なら絶対に負けません」


 支配者は戸惑いを見せているようだが、今のキムにはそれが本当に戸惑っているのかさえ、あやふやだった。


(このスキルなら凄腕の商人や裏の者でさえ、内情を把握出来た。だけどこの人には私のスキルが通用しても関係ないようだ)

「私は君が欲しくなった。私の下で働くつもりはないですか? 君となら世界も取れそうだ」


 だからこその、この言葉。

 支配者はキムの言葉を呑み込むように少し間を置いた後に言った。


「下に就く事はない。だが共同戦線を張る、目的の為だけの関係性でなら歓迎だ……だが、これからドラックを扱うのは止めろよ」


 支配者が膝を着く気配を感じ、やっとスキルが解ける。


「ふふっ、悪くありませんねぇ。これが所謂『人生の転機』というやつですなんでしょう」


 キムは倒れる支配者へと手を差し伸べるのだった。

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