第9話 訓練相手

「……そろそろ良いんじゃないですか?」

「えぇ。流石にこれで懲りたでしょう」


 優理さんは翔さんを見下ろしながら言った。翔さんの顔はボコボコになっており、右目に関しては腫れ上がって目が開けていない。


 ……優理さん、怒らせたら怖い人なんだな。覚えておこう


 俺は手に持ったグラスを指先でいじりながら、心の中で優理さんを危険指定人物リストに入れる。


「で? いつからやるの?」


 優理さんが両肘をカウンターへとつけ、手のひらにに顎を乗せる。


 その仕草に少しドキッとしたものの、先程の翔さんが優理さんにボコボコにされる光景を思い出し、急激に昂った気持ちが冷える。


「何をですか?」

「……闇組織の仕事、ウチに入るんでしょう?」

「……はい。その、仕事っていうのは具体的にどういう仕事をするんですか?」


 流石に高校は卒業しておきたい気持ちはあるが………。


「そうですね。闇組織の仕事は基本、暗殺とかが多いかなぁ。それ以外には重要人物、物の護衛、重要物の盗みがあります。まぁ……颯太君は平凡者だから、まずは戦闘訓練から始めないといけないかもね!」


 優理さんは可愛くウインクを決める。


 ……そんな可愛い顔をしても、言ってる事とやってる事がやば過ぎるだろ。


「……因みに、その戦闘訓練って誰がしてくれるんですか?」

「んー……多分私になるかな? 翔は何気忙しいし、吹も学校があるしね」

「なるほど……それは良かったです。翔さんだと何か不安だし、あの小さな子に教えられるのも気が引けたので」


 俺が言うと、優理さんは焦った様にカウンターに身を乗り出す。すると優理さんの胸がカウンターへと押し潰される。


「ちょ! 吹に小さいとかはNGワードだから気をつけて! ああ見えて高校生なんだから」


 それに俺は視線を逸らしていると、衝撃の事実が告げられた。


「こ、高校生!? あれで!?」


 だって、あんな小学生と身長変わらない……嘘だろ?


 ガチャ


「喉渇いた」

「ッ!」

「ん?」


 バーの奥の扉から吹が出て来る。


「………私の事話してた?」


 吹……いや、速水さんが優理さんへと話しかける。

 優理さんは少し困った様に笑って誤魔化している。


 まぁ、此処で今貴方が小さいって話をしてた所だからな……誤魔化すしかないよな。


「俺がAPNに入るって話をしてたんだ」


 俺がそう言うが、速水さんはこちらに目も向けずカウンターの冷蔵庫に一直線に向かう。


 ガチャ


 速水さんは冷蔵庫を漁ると、1つのビンを手に取る。


 牛乳か……背を伸ばす為に飲んでいるのか。健気だ。

 速水さんは腰に手を当てて、牛乳を呷る。


「…ケプッ」


 口から可愛いゲップを出す。


「貴方にはウチに入っても役に立たない。必要ない」

「こら! 吹!!」


 速水さんはそう言うと、また奥へと入って行った。


 ……俺が進化している事が分かったら、この態度も変わるんだろうが、まぁ今は教えない方が都合が良さそうだな。


 今此処で俺が進化をしていると言った所で、俺が世界をぶっ壊す事が速くなる訳でもないしな。


 俺は黙って、それを聞き流す。


「ごめんね、颯太君。あの子も悪気はないの。貴方を心配しての言葉なの。許してあげて」


 優理さんは手を合わせて、頭を下げてくる。


「別に気にしてないんで、大丈夫ですよ」

「颯太!!」


 俺が淡々と告げると、翔さんがいきなり肩を組んでくる。

 翔さんの顔は未だ腫れが引いていないが、先程の叱られていた落ち込んだ顔と打って変わり、楽しそうな顔になっている。


「颯太! お前の訓練相手は吹にする!」

「は? な、何であの人と!!」

「理由の1つ目として、お前らの仲が悪そうだから。もっと仲良くして貰わないと俺達にも支障をきたすかもしれないからな」


 翔さんは人差し指を1本立てて、したり顔で言う。


 ……それはそうかもしれないが、折角の戦闘訓練なんだ。戦闘技術を磨いていておいて損はないのに、何であんな1番弱そう人に。


「理由の2つ目、アイツが俺たちの中で戦闘技術はピカイチだからだ」

「は?」


 俺が目を見開き驚くと、翔さんは先程よりも深いしたり顔で此方を見つめた。

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