第17話 楽
「まず構えは基本フェンシングを意識。真正面にいる相手から攻撃される場所を少なくする為」
速水さんはもう一本懐から取り出して構えを取り、理由を述べる。
「フェンシング……こんな感じか」
俺は速水さんの真似をする様に右手でアイスピックを持ち、左手を身体の後ろへと隠す。
「うん。良い。じゃあ攻撃するから避けて」
「は?」
アイスピックが、顔面スレスレまで突きつけられ、俺は腰から地面に落ちる。
「? なんで避けない?」
「よ、避けれるか!!」
そうして目、首、心臓、金的等、急所を何時間も狙われ続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ん、そろそろ寝る」
何度も急所を狙われたせいか、身体、精神共に疲弊しきっているのが分かる。何度もあと数センチ突き出せば大量の血が吹き出して死に至る様な所を何度もアイスピックに突きつけられた。ハッキリ言って何回死んだか分からない。
床に大の字になっていると、速水さんが俺を見下ろしてくる。
そしてーー。
「え………何?」
「? お姫様抱っこ」
俺は今、速水さんに情けながらお姫様抱っこをされていた。汗だくの俺をまさか躊躇なく持ち上げるとは……普通の女子なら嫌な筈。
って、それよりもーー。
「だから何でお姫様抱っこしてるんだよ! あのまま置いといてくれれば良かったのに!」
「あのままじゃ風邪引く」
「え……何処に連れて行くつもりなんだ?」
吹は無言で何も返さず、歩く。
ガチャ
「って、待ってくれ……此処って!」
「寝る前にお風呂に入りたい」
速水さんは俺を雑に床に下ろした。
シュル
「ちょっと待て! 今何をしてる!?」
俺はあまりの疲れで首も思う様に動かす事が出来ないが、視界に入らない所から聞こえる音は何か布が擦れる様な音が聞こえる。
「裸の付き合いは大事だって翔が言ってた」
「て事は今……!!?」
「ん、裸」
「って!! なっ! おまっ!?」
視界の隅には、綺麗な肌色の物体が動き、此方ににじり寄っている。
「ん、脱がす」
「は!? や、やめてくれ!! ぬ、脱がすな!? てか隠せ!!」
「恥ずかしがらなくていい」
「あーーーっ!!!?!?」
「いつまでそうしてる?」
「……お前が身体を隠すまでだ」
俺は腰にタオルを巻いて速水さん……いや吹に背を向けて風呂に入っていた。結局吹には服を脱がされ……全部を見られた。今日は精神が筋肉痛だ。
その実行した本人は今何も付けずに、髪を洗っている。それに対して俺は視界に入れない様に目を瞑っている。
流石に子供体型とは言え……一応俺たち高校生だろ。
吹は髪を洗い終わり、水気を払う様に頭を振る。
「ん、さっぱり」
「……じゃあ俺は出るから」
そう言って俺は風呂の浴槽の縁に手をかけて、湯から出る。しかし、それを易々と見逃す吹ではなかった。
「それだと一緒に入った意味がない。裸の付き合い」
吹は手を掴んでくる……あの火龍人と同じぐらいの力から逃れる事も出来る訳もなくーー。
「何でお前はそんなに……恥ずかしくないのか?」
聞くと、吹は先程まで淡々と話していた口を閉じる。そして数十秒後、口を開く。
「………私は昔からあまりそういう感情に乏しい」
「……そういう?」
吹の言ったその発言に、俺は疑問を抱いた。
「……これは翔達にも言ってない」
「翔さん達にも? それを何で俺に?」
「翔に……師匠と弟子なら秘密を共有した方が良いって言われた」
それは極端過ぎはしないか? そう思って口に出そうとするが、次の吹の言葉で遮られる。
「私は何をやっても楽しく感じない」
「楽しく、感じない?」
「翔と優理が面白い話をしている時、翔と優理と一緒にゲームをしても……私は楽しく感じられない。皆んなが楽しいと感じている時に、私1人だけが何も感じられない」
目を瞑って分からなかったが、吹の言った言葉は何処か震えている様な気がした。
「私には楽しいという感情が存在しない」
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