第16話 スタイル

「……は?」


 それは自然と口から声に出ていた。


 まず俺は、こんなにも力がある者が平凡者だったら自分はどうなんだ、という嫉妬にも近い感情が芽生えた。

 その後、大きく息を吐いて落ち着くと速水さんへと話しかける。


「……で? 本当は?」

「ん? 本当」

「「……」」


 2人の間に先程とは比べ物にならない静寂が訪れる。そして暫くして俺はまた口を開いた。


「じゃあ、腕見せて」

「ん」


 言われた通り何の躊躇もなく、腕を捲る速水さん。


 そこには何も鱗などない白い透き通った肌をした腕があった。二の腕の方まで隈なく探したが、鱗1つ無く、視線を耳へと移動する。


 ……耳も普通だよな。


 今度は周りを回って、髪を掻き上げて耳の後ろまで見るが、それは人間の耳と変わりない。


「疑い過ぎ」


 そう速水さんに嗜められると、俺は調べるのをやめて元の位置に戻る。


「平凡者、だな」


 そう呟き、俺は頭を抱えた。


 ……平凡者でこんなに強いことあるのか。俺はこんなの何も無かったぞ。だってあんなに音が……アレが平凡者が出せるのか?


 この現状に混乱していると、背後の扉が開かれる音が聞こえた。


「お、颯太。ここに居たのか」

「……翔さん」


 翔さんが此方へと近づいて来る。


「吹の訓練でも見てたのか? 凄いだろ?」


 翔は自慢げに胸を張って言う。まるで自分の事の様に。


 まぁ、凄かったけど……


「速水さんって平凡者なんですか?」


 俺は単刀直入に翔さんへと聞いた。


 それに対して翔さんは笑顔で頷く。


「吹は小さな頃から戦闘のセンスがズバ抜けていたんだ。それに加えて何故か火龍人の身体強化に負けず劣らずのパワー。平凡者ながら、APNの中で吹が一番戦闘力が高い」


 翔はそう告げると、突然吹に向かって左足を軸に回し蹴りを放つ。



 ドカンッ



 地面にハンマーを叩きつけた様な音が響く。


「そんな、平凡者でそこらの先行者よりも強いって……」


 そこには易々と翔さんの回し蹴りを片手で受け止めている吹の姿があった。


「……」

「ほらな?」


 速水さんは翔さんを無表情で睨んでいる。翔さんは此方を振り向いている所為で、それが見えていない。見えてない事が幸いだろうか。


「……それは分かりましたけど、前言ってたあの速水さんのスタイルは何だったんですか」


 俺は前から気になっていた事を聞く。


 修行前に翔さんから速水さんの戦闘スタイルを聞いた時は、確かに自分と合っているかもと思ったが、このパワーでわざわざ使うだろか? という疑問が俺の中ではあった。


「あぁ。実際、吹はそっちの方が強い」

「え」

「逆に強くなかったらあんな事言わねーよ!!」

「ん、確かに私はこれを使った方が強い」


 そう言って速水さんはジャージの下からある物を取り出す。


 それは細く、鋭く、小さい。


「……クナイ? いや、強いて言うならアイスピック?」

「ん、アイスピックを軽量化した物。これなら相手のガードの隙間を抜けて……」



 ヒュッ



「急所を着く事が出来る」


 とてつもない速さで首へと、アイスピックを突き付けられ、思わずゴクリと生唾を飲み込む。


「……貴方に教えられる物としたらこれだけ。貴方に私の体術を教えようとしても骨格、筋肉が向いていない」

「向いてないって……そんなのやってみないと分からないだろ」


 思わず反論するが、そこである事が突然ブッ込まられる。


「お風呂に入らせた時見たけど、あれじゃダメ」

「お風呂?」


 それに対して翔さんが眉を寄せて声を上げ、俺を見て来る。ジーッと見て来る翔さんは、さながら彼女の親と初めて会った時の様だ。何処か探る様なそんな視線を感じる……。


「その、俺が気絶して……お風呂に入らせたみたいです……………速水さんが」

「ぷっ………はははははっ!!」


 翔さんはそれを聞いて堪えきれなかったのか、腹を抑えて笑う。


「笑う事ない。可愛かった」


 速水さんが続けて言った言葉は俺と翔さん、どちらにも会心の一撃を入れる事になった。




「俺だって好きで風呂に入らせて貰いたかった訳じゃ………」

「いや、悪かったな颯太。だが、誰であろうとそういう弱点がなきゃ親しみを持てねぇからな」

「さっきまで涙出して笑ってた癖に……良い事言ったみたいな雰囲気出してんじゃねぇよ」

「あ! 今タメ口聞いたな! コイツ!!」


 翔は笑って颯太へと飛びつく。颯太の頭を脇に抱え、頭を豪快に撫でる。颯太の顔を見れば、顔を顰めては居るが何処か楽しそうな表情が見てとれた。

 無表情でそれを見る吹は、ボーッとただただ眺めていた。




「終わった?」

「……お待たせ」


 俺は息が上がらせながらも、返事を返す。因みに翔さんは、また笑いながら此処から出て行った。


「じゃあ、とりあえずこの持ち方から教える」


 そう言って速水さんは、バーで見かけたアイスピックを俺へと手渡して来た。


「え! 教えてくれるのか!?」

「? 私にはこれしか教えれる事がない」


 そうして訓練は、突然に幕を開けた。

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