第57話 始まり
警察署とは違う、ある場所ではーー。
「クソッ……」
「兄貴……そろそろ休憩した方が……」
そこは大きな洋風な屋敷の一室。
そこもまた、先行者特別部署の様に書類が散らばっていた。それも、此処数週間の子供が関わった事件のもの。
「うるせぇッ!! エミリーがいきなり姿を消したんだぞッ!! まだ見つかってねぇのに休める訳がねぇッ!! そうだろッ!?」
闇組織のボス、荻原ロッキーは苛立ちを隠さないで目の前にある机を叩いた。
妹であるエミリーが先行者へとなり姿を消し、エミリーの護衛役の部下だったヤスが死に……怒涛な数週間があっという間に過ぎた。
部下を総動員させてもエミリーは見つからず……ヤスを殺した犯人も見つからず仕舞いで、ロッキーの苛立ちは頂点まで昇っていた。
「あ、兄貴……」
「エミリーは殺人なんて犯してねぇ。やる事は決まってる……そうだろ?」
「はい……ですが兄貴は一度休んだ方が良いです。もう何日も徹夜しているでしょう?」
確かに、何日も寝ていない。だが、今はその時間も惜しいのだ。
「早くエミリーを見つけねぇと……!!」
「兄貴が休まねぇと若えもん達も休まらないんです……情けない事を言う様で申し訳ないんですが、お願いします」
部下の男と深く頭を下げられ、そこで少し冷静になる。
自分はエミリーの兄ではあるが、闇組織のボスでもある。勿論、部下達の事も家族同様に接している。無理はさせられない。
「そうか……まぁ休まなきゃ視野も狭まる。そうだろ?」
「は、はい! 兄貴!!」
「ソファで少し横になる。そうだな……3時間後に起こして貰えるか? それまでお前も寝てて良い」
「了解です!!」
男が退出するのを見て、ロッキーは部屋にあるソファへと寝転んでスマホを開いた。
ん?
そこで目に入ったのが、あるニュース。
『世界を変える』という目標を立てた団体が出来たらしい。世界を平等に、そんなの出来る訳も無いのに。
「くだらない……」
叶う、叶わないは関係無い。
世界を気にする程、此方も暇では無いのだ。
「エミリーを探し出して連れて帰る。そして、ヤスの仇を討つ」
ロッキーは目を瞑った。
◇
暗く、辺りをぼんやりと照らす一室。そんなある場所ではーー。
「遂に動き出したか……」
「ゾイ、どうする俺達は?」
infのゾイとオブロは、スマホを見て難しそうに眉間に皺を寄せた。
「……取り敢えずは周辺の情報収集だな。特に、世界に不満を持っている者達のな……」
「それって、どっちの奴等のだ?」
フンッ、とゾイは鼻で笑った。
「世界を変えたいと思う奴等、世界を壊したいと思ってる奴、どっちもだよ。そっちの方が金が取れそうだ! それに……あの方も喜ぶだろう」
オブロはゾイの言い分に意気揚々と腕を回すのだった。
◇
「はぁ……」
翔はAPNのバーのカウンターから、外を眺めていた。外は優理が多くの人の前で落ち着く様に、もし同じ意思があるなら中へと入って欲しいとの事を伝えている。
(こうも上手くーー……)
翔がそれを眺めて一層大きな溜息を吐いていると、外からバーの中へと入って来る吹が翔の隣へと座った。
「翔、サボり」
「人間少しは休まねぇといけない時があるんだよ……てか吹、お前もサボってるじゃねぇか」
「私は翔を連れ戻してくるよう言われた。だからサボりじゃない」
吹の言葉に呆れ、翔はカウンターへと項垂れた。
とんだ屁理屈だが、こうして自分がサボりを働いている手前否定しきれないのが現状だ。
「まぁ………流石にあの中から有志を見つけるってのは難しいだろ? 俺には出来ない……だから優理に任せてるんだよ。適材適所ってやつだ……って聞いてねぇのかよ」
吹の余りのテキトーさに笑いが込み上げる。
考えた言い訳は、いつの間にかカウンターを飛び越え冷蔵庫を漁っている吹の右耳から左耳を通っているのだろう。
なら、吹が絶対反応しそうな事をーー。
「……というか、最近颯太見ないな? 退院したって聞いたが……」
「ん。学校にも来てない」
案の定、吹は両頬をリスの様に膨らませながら首を180度回転させて応え、表情を暗くさせた。
吹がどれだけ颯太に好意を持っているのかが分かる反応だ。颯太と出会って数週間、2人の間に何があったのかは分からない。
だが、これは良い傾向であるのは間違いなかった。
翔が吹の反応に安心していると、またバーの開閉音が聞こえて来て振り返る。
「はい。それでは此方へと入って下さーいッ!」
そこには優理が数人を連れて中へと入って来る光景があった。
居るのは老若男女、色々だ。
「終わったのか?」
「えぇ、私の頑張りのおかげでね?」
「す、すみませんでしたーッ!」
「後でお仕置きだから……吹、貴女もね?」
「……な、何故?」
「よく言えたものよ、全く……貴女は翔よりも重罪だから覚悟しなさいよ?」
吹よ、食べカスが口元に付いてるぞ……。
「あー、その人達は大丈夫なのか?」
吹が優理に怒られる中、翔は話を変える様にゴホンッと咳き込んだ後に問い掛ける。
それに優理は大きく溜息を吐いて応えた。
「えぇ。問題ないわ。あの人数でこれだけの人数しか居なかったってのは不満だったけど……」
つまり、あの大半が野次馬でしかなかったという事だ。
「そうか……まぁ、案内してやるか!」
翔達は地下に続く道へと、数人を連れて行く。
冷凍庫の中。1番奥にある角の地面に扉があり、それを開けたら地下へと続く階段が出て来る。
短くも長い階段を降りると、大きな扉が存在する。ファンタジー世界の王城にある謁見の間にある様な扉。
「うわぁ……こんなのが地下にあったんですね」
「驚くのはまだ早いよ、吹」
「うん」
驚く者達を見て、優理はニヤッと口角を上げると吹を扉の方へと促す。吹は、その大きな扉の質量とは似合わず、細く短い腕で扉を開いた。
それに全員が目を見開くが、その奥に広がる空間に目を点にした。
それもそうだろう。
広がるは住居の様な物が何個も並んだ広大な空間。しかし、人の気配は全くない無人街で、何故か空間は明るく照らされている。奥には長く、高い階段の様な物があった。
まるで、世界とは隔絶された……そんな空間に見えるだろう。
「此処は先行者、平凡者という差別が無い街……そう認識して暮らして貰って良いわ。生活するには不便が無いように作られてる。これからは自給自足が出来る様にするつもりよ」
優理に言われ、皆んなは街へと繰り出す。
はしゃぎ回り、皆んなは楽しそうに笑っていた。
先行者ではあるが、同じ考えを持ってればきっと。
そう思って周りを見渡すと、平凡者と見れるのは、吹ともう1人ーー。
「……凄いですね。私、偶々放送を見て来てみたんですけど、まさかこんなーー」
そこに居たのは白髪の少女だった。小学低学年ぐらいで、まだ種族の特徴は見られない。ハーフだろうか? と考えていると少女と目が合う。
「あの、此処に住んでも良いですか?」
「ん? そりゃあ勿論、お前に世界を変えるだけの意志があるならな」
少し意地悪に聞いてみる。
まぁ、それは優理によって確認済みである筈だが。
「そう、ですか……なら私には難しいかも」
「ん? 世界を変えたくて来た訳じゃないのか?」
少女は少し逡巡する。
「私は……弱い自分が嫌で此処に来ました」
「弱い、自分?」
「……はい」
その瞳はーー。
それは少し前にも見た、誰かの瞳に似ていた。
怒り。後悔。悲しみ。
それらを混ぜ合わせた深い深海の様な、冷たく、孤独な暗い色。
「お前、名前は?」
「私は……"荻原エミリー"と言います」
「へぇ……エミリーか、宜しくな!」
それに翔は元気な挨拶を返した。
空気を変える様な、大きな、優しい声音。
だが、その空気も一変する。
ブーッ ブーッ ブーッ
突然周りに居る人のスマホから、心をざわつかさる様な甲高いアラームが鳴り響いた。
「ん?」
それは世界の各国、主要都市で爆発があったという速報。
勿論それは東京でもあったらしく、幸いにも死亡者は居なかったが、爆弾が設置された建築物は崩壊したらしい。
そしてーー各国である物が発見される。爆破場所の地面にはこう書かれていたと、スマホの画面に表示された。
『Fuck the world. BON 』
世界なんかクソ喰らえ。
ーー世界が悲鳴を上げ始める。
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