第28話 悦
「話し合い…ね」
赤い髪の女は片眉を上げ、呆れた様に颯太の対面にあるソファに座った。
女の容姿は堀が深く、日本人のものではないのが容易く理解できた。凛々しい眉に、キリッとつり上がった目尻。気が強そうな雰囲気を見てるだけでも感じる。
こんな人が卑怯な真似するなんてな。これは予想外だ。
颯太はジッと女の顔を見る。
「何だ? 惚れたか? 悪いけどアタシはアンタみたいなガキに興味はないよ」
いや、お前もそこまで年上でもないだろ。
颯太は出かかった言葉を飲み込むと、女に向かって要件を切り出した。
「花形食堂から手を引け」
「おい、まだ自己紹介もまともにしてないのにこれかよ」
女は笑って肩をすくめる。
「ルーラー。これ以外お前に言う必要はない」
「…まぁいいか。アタシはアマンダ。
「それ以上はいい」
「…ちぇっ」
意気揚々と話してる所申し訳ないが、俺はこんな毒ガスが充満出来る部屋に好き好んで長時間いたくないからな。
というか闇組織の名前の由来がそんなのでいいのか…。
そんな頭の中で思ったが、うちの名前の由来も相当な物だった事を思い出して、颯太は少し顔を赤らめる。
「花形食堂から手を引け、だっけ?」
颯太の顔を赤らめてる顔が見えず、そのまま話を切り出すアマンダ。
「ハッキリ言えば何を言ってるか分からない、ってのがアタシの感想だね」
「…何?」
「アタシ達が何でそんな店に手を出すのさ?」
「あのスーパーの近くの定食屋だ…手を引かないってならこっちもそれなりの対応をさせて貰うが?」
「何?スーパーの近く? ………すまない。詳しく話を聞かせてくれ」
アマンダの眉間には皺が寄り、2人の間にある机に身を乗り出す様にして颯太を見つめる。
何だ。いきなり。
颯太はアマンダに、花形食堂に毎月法外なシャバ代を取り立てにくる事を話した。
「ほう…アンタはそれが私達がやってると思った訳だ」
「確かな情報だ。あそこはお前らが取り仕切ってると聞いた」
「確かにその通りだ。だが私達ではない」
アマンダはキッパリとそれを否定する。
「…証拠は?」
「証拠? AOSの頭領である私が言ってんだ。十分だろ」
「そんな訳ないだろ。証拠が無ければ俺はアンタ達を全員殺さなければならない」
交渉事の事はよく分からない。
けど、戦闘と同じだと思えば良い。
嘘でも良い。演技でも良い。相手に主導権を握らせない…。
2人の間に長い沈黙が訪れる。
「…ふぅ。おっかないね。分かったよ」
観念したかの様に両手を上げてアマンダが言うと、ソファから立ち上がり窓際にある業務机であろう所に行く。
アマンダは机の引き出しを引いて、何か漁っている。
『空間支配』で感じる限り、あそこに危ない物は入っていない。
さぁ、何を出してくるのか…。
「んーっと…あぁこれだ」
そう言ってアマンダが手に取ったのは何十枚か重なっている紙の束。
「それは?」
「これは最近私達がやってきた事が記されている、所謂報告書って所か。これを見れば分かるだろうよ」
そう言って颯太の前の机に紙束が投げられる。
「…」
俺はその紙束をめくった。
ペラッ
…此処らの店、殆どからショバ代は貰っていてちゃんと仕事をこなしている。
料金も法外な値段ではない。逆に良心的な値段だ。
断られた所からはショバ代は貰っていない…か。
「なるほど…此処に花形食堂の名前はないな」
「そうだろ?」
アマンダは得意げに言って、ソファに座り直す。
クソッ…花形食堂に手を出しているのは此処じゃないって事か? ゾイにもっと絞って情報を聞けば良かったな…ん?
颯太が報告書を流し読みしていると、ある所で目が止まった。
「風俗店の経営…」
「あぁ、それか。身寄りや金のない者、何らかの理由で普通の仕事が出来ない者を集めて店を経営してるんだ。普通の店は出来ないかもしれないが風俗店なら女なら身体を売って、男は用心棒や客引きなんかをやれば、普通の生活は出来る。結構上手くは行ってるぜ?」
アマンダは嬉しそうに頬を緩める。
「訳ありな者達を集めてやるのか…随分物好きだな」
「勝手に言ってろ。これはアタシのポリシーなんだよ」
「ポリシー?」
「…まぁ、言ってもいいか」
頭を掻き、少し言いづらそうにしながらアマンダは口を開いた。
「アタシの父は"平凡者"だった」
「!?」
「まぁ、ビックリするだろうね。今の時代何故か平凡者の数は急激に増えてきた。しかし、何十年も前は国にいるかいないかだ。しかも平凡者で父親にまでなったんだ。しかもAOSという闇組織を作って…」
…平凡者の父親が闇組織を作ったのか。
凄いな。
「父の目的は私を育てる為の金を手にいれる事。平凡者だった父は仕事をするにも平凡者だと言う事だけで何処の会社も採用されなかった…。だから親父は会社を設立した。平凡者を、いや、全ての人類を平等に接する、そんな会社を。そこで設立したのがこのAOSだ」
全ての人類を平等に、ね…。
何処かで聞いた様な夢物語だ…。
「最初は上手く回ったみたいだ。今みたいに困った人達をまとめ、店を経営し、懐も潤った。だけど…」
アマンダの顔が急激に曇る。
「父は部下達には平凡者だという事を隠していた。そしてある日それがバレた。どうなったと思う?」
「…」
「殺されたよ!! 偶々腕を見られて、平凡者だと分かった途端、親父は毎日身体中にアザを作って帰ってきた!! そして1週間後には数十人に囲まれ、殴り殺された………憎かったね!! その先行者共が今までの恩を仇で返したんだから!! アタシの唯一の家族を殺して!!」
「…母親はどうした」
「母はアタシを産んですぐに死んだよ。元々体が弱かったらしくてな」
「…」
なるほどな…だが、
「それはお前の親父が悪いな」
俺がアマンダにそう言うと、身体が突然宙に浮かんだ。
「お前…何つった?」
アマンダの身体から赤いオーラが漏れ出て、颯太の胸倉を凄い速さで掴み、持ち上げていた。
颯太は顔を見られない様にフードをしっかりと深く被る。
…スキルの発動時間が速い。
颯太は咄嗟に分析をし、アマンダが相当な使い手だという事が理解する。
しかし、颯太は続けて言った。
「……下の者は、さらに下の者を見下して悦に浸る。お前の親父は油断し過ぎた。お前の親父が悪い。そう言ったんだよ」
アマンダの身体からは先程よりも急激に赤いオーラが漏れ出る様にして、噴出された。
周りにあった家具が吹き飛び、全て壁際に集まる。
「死ね」
アマンダの顔が般若の様に変わる。そして口からは、短くとも迫力のある言葉が発せられた。
颯太はそれに怯えを見せず、言い返した。
「やってみろ」
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