第21話 懺悔

『めり込んでいる腕を離すな』


 その声が聞こえた時には何を言っているのか分からなかった。しかしその数秒後……ヤスはすぐに分かる事になった。


「まだ気づかないのか……バカだな」


 その言葉にカチンと来たヤスは拳を車から引き抜き、もう一度ぶん殴ろう。そう思った。


 しかし、何故か車から拳が抜けない。


「……何だ?」


 ヤスが動揺している間に、フードの男は立ち上がり、ヤスから距離を取る。


「ふぅ、疲れたな」


 男は首をコキコキと鳴らす。


 何だその何もなかったかの様な態度は……。


「これでチェックメイトだな……」


 そう言うと、男は此処を立ち去って行った


「何だったんだ……」


 その男の背中が店の角を曲がろうとした瞬間、それは起こった。



 ドスッ



「うっ…ぐあぁぁぁっ!!?」


 な、何だっ!? 左目が…!?


 ヤスは左目からとてつもない熱さを感じて蹲る。


 その後、左目辺りを触り、手を見た。

 そこには真っ赤に染まり、水の様な物が滴り落ちている自分の手があった。


「うっ……これは!?」


 ヤスの左目には、男が持っていた長く鋭い針が刺さっていた。



 ◇



 うん。まさかここまで上手く行くとはな。


 俺はフードを脱ぎ、道を通った車数台にある事を『命令』し、スーパーから離れる。


『頭の中で考える事をやめてはダメ。自分の事を考えててもダメ。相手のことを考える。相手がどう動くか、相手が何を思っているかを予測する』


 速水さんの言う通りだったな。


 戦闘において大事なのは力や体力じゃない……思考。


 どうやって相手に勝つか、どうやって自分を有利な状況に持っていくか……これが俺の勝ち筋……!!


「どんな事やっても生き残って、そして"この世界をぶっ壊す"」


 俺はほくそ笑んで、スーパの敷地から出て行った。



 ◇



「……ヤス?」


 わたしは突然聞こえた叫び声から、嫌な予感がして、車から飛び出した。


 そして待っていたのは血だらけで車に腕を突っ込み、左目から大量の血を流しているヤスだった。


 凄い血……こんなに、なんで?


「お嬢……少々ヘマしちまいました」


 ヤスは笑って答える。しかしそれは空元気だった様で、すぐに苦痛の表情に変わる。


「ヤス!!」


 わたしは直ぐにヤスに近づいた。

 ヤスの顔にはどんどんと深く皺が刻まれていく。


 どうしよ!? どうしよ!? このままじゃヤスが…!!

 わたしが何も出来ずにいると、ヤスが左手の親指と小指を立てた。


 ……そうか!! 電話!!


 わたしは急いで車へと戻った。そして助手席にあるヤスの携帯を手に取ると、救急車を呼んだ。しかしーー。


「えっ……いたる所で事故? 渋滞で遅れる?」


 告げられたのは、簡潔ににわたしの希望を打ち砕いた。


 このままじゃヤスが……そうだ!! お兄ちゃんに電話すれば!!


「お兄ちゃん……出てっ!!」



 プルルルルル プルルルルル



 発信音の後に…



「何でっ!!」


 エミリーは頭を掻きむしる。


 他の人達に電話すれば……


 そう思った。


 しかし、


「何でみんな出ないの? このままじゃヤスが……」


 どうしたらヤスは助かるの? 何故こうなったの? わたし達はただ歩いてただけなのに。どうしてヤスがこんな目に遭うの?


 わたしはヤスの手へと触れる。


 もし、わたしが此処に買い物に行きたいって言わなかったら、こうなっていなかったのかな……。


「お嬢……」

「ヤス!!」


 ヤスが掠れ気味な声でエミリーへと話しかける。


「……もしかしたら俺は今日死ぬかもしれないです」

「な、何を言ってるの? ヤス?」

「……段々と血が足りなくなってきたのか、視界が霞んできました」


 そう言えばさっきから掴んでいるヤスの手が……。

 エミリーはギュッと力強くヤスの手を握る。


「ヤス! ダメ!! しっかりして!!」

「お嬢、兄貴によろしく言っといて下さい……」

「ヤス!! ヤス!!!」


 エミリーが何度もヤスへと声を掛けたが、その返事は一生返ってこなかった。






「わたしに……もっと力があったら」


「私に少しでも後悔しない様に行動出来る力があったら……」


 少女の手には息絶えた男の手が握られていた。


 少女の服には大量の血が飛び散っており、その光景を最初に見た者は腰を抜かした。


 少女が男を殺したのだ、と。


 真実は違う。


 しかし、見た者にはそうだとしか考えられなかった。


 エミリーは発見者に通報されているのを横目で見ながらも、何故かそれに反応を示さなかった。


 そして、ただ男の手を握り、それを胸に近づけ天を見上げた。


 まるで、神に祈りを捧げている様な姿のまま動かなかった。

 エミリーはそのまま通報され、警察に連れて行かれた。






 スーパーの裏の駐車場、そこで闇組織の1人が今日息絶えた。


 この時のエミリーはまだ知らない。


 これが全て…颯太の仕業だと。




 この時の颯太はまだ知らない。


 強大な敵を作った事を……。

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