第2話 進化

「クソッ」


 俺は帰り道、道にある小石を蹴った。小石は軽快に転がり、横にある排水溝に落ちて行く。


「あんな風に俺を扱いやがって…!」


 両手はポッケに入れ、俺は目立たない様に握り拳を握った。理性では抑え切れないほどの感情が心を支配し、自分の手がプルプルと震えさせる程に怒っている事が理解出来る。


「何で俺がこんな目に……あっ」


 何か拳から滴っていると気付いた俺は下を見た。拳から血が地面に流れ落ちている。


「いて……」


 その血を見たおかげか、少し落ち着いた俺はコンビニに入り、絆創膏とジュースを買った。


 ゴクッゴクッゴクッ


「プハァッ!」


 ジュースを一気に飲み切り、俺は感情のまま缶を地面に投げつけ、少しでもストレスを発散しようと踏んづける。そして缶を強く蹴り出した。


「俺を人気を取る為の道具にしてんじゃねぇ……よっ!!」


 その蹴りは缶の芯を上手く捉え、遠くへと飛んでいく。


 カンッ コロコロコロ


「えっ! ここら辺は早々車通らない筈だろ!?」


 しかし、先の曲道から出て来たのは見るからに高級そうな車。その傍らにはさっき俺が潰した缶が転がっている……つまりはそういう事だ。


 本当はそこまで遠くまで行く予定でもなかったんだが……当ててしまったのは事実。

 俺は謝る為、急いで車へと向かった。


「おい、ガキ」


 すると、強面のガタイが良く、耳が普通よりもでかい、恐らくが車から出て来る。


「あの…すみません!! 車に当ててしまっ ゴフッ!!」


 俺は急に腹を殴られ、そのあまりの威力に腹を抑えて跪く。


「チッ、兄貴の車に缶をぶつけておいて、立って謝罪なんて100年はえーんだよ」


 男からペッっと吐いた唾が、俺の頭に降りかかる感触。


「ッ!!」

「あ? なんだよ、その目は?」


 


 ッ! この堅さは"身体硬化"のスキルを使って!?


 俺が睨むと、男の異常にまで硬い足が俺の顔面に入る。

 普通ならスキルは言葉にしなければ発動しない。言語化する事でイメージが頭に浮かびやすいからだ。言語化しないで発動させるには相当な訓練が必要。ましてや、その技術を相当な訓練をしてまで手に入れる者、それはーー。


「お前闇組織の……」

「へぇ、ガキの癖に鋭いなっと!!」


 もう1度、顔面に身体硬化された蹴りが入る。


「くっ……」

「何だ? まだ意識あんのか? 粘るねぇ。さっきからスキルを使う様子がねーけど……もしかして時代の遅刻者か? 初めて見た、ぜっ!」


 男の攻撃は、多分、俺の意識が無くなっても行われた。





 数分後、颯太の身体中の骨はほぼ骨折し、もう10発程殴ればこの世から旅立つのではないか、そんな時に男の背後から声が掛けられる。


「おい、その辺にしとけ」


 それは高級車の中の後部座席から、少し窓を開けられて言われた。


「で、ですが兄貴! コイツは兄貴の大事な車に缶を!!」

「まぁ、それは許されねぇ事だが…」


 男はチラッと下を向く。


「もうそろそろ時間だ、急がねぇとエミリーの誕生日会に間に合わねぇ」

「ですが兄貴! ケジメってもんが!!」


 男が叫ぶ。


「エミリーの6歳の誕生日は一生に1回しかない。……そうだろ?」


 車の中の男は、視線で人でも殺せそうな眼光で言う。


「っ!! はい!!」


 颯太を殴っていた男は焦った様に大きく返事をすると、ケジメなどもうどうでも良いと思われる程、一心不乱に車に乗り込んだ。


「ったく。近道って言うからここ通ったのに、とんだ道草じゃねーか」








 あ……何だこれ。さみぃ。


 雨が当たった事で俺は意識を取り戻した。


 冷たい雨がパラパラと降り始め、その雨は次第に強くなり俺の身体から体温を奪う。



 このままじゃマズイ……。

 だが、身体中の骨が折れている為か、身体を少し動かすだけでも激痛が身体を襲ってくる。


 道は誰も通る事なく、雨の音だけが淡々と聞こえてくる。


 ……何で……何で俺がこんな目に遭わなければならないっ!! 俺だけが何故こんなッ!!


 目から透明な液体が流れ落ちるのが分かった。それは降ってきた雨なのか、それとも自分から流れ落ちた涙なのか、それすらも分からない。


 自分の表情がコントロール出来ない。眉が寄り、歪み、今までではしたことのない様な表情を作っているのが自分でも分かった。


 その原因は恐らく……憤怒。



 そして、それを上回るーー。


 憎悪。



「なんで、俺がごんな目に……」


 クソッ!! 何故俺がこんなに虐げられなければならない!! 何故皆んなから避けられなければならない!! 何故好きなものをしていられない!! 何故こんな、何故……!!


「ご、ごんなぜがい……なぐなっだぼゔがまじだ」




 そう呟いた瞬間。




『強い意思を確認しました』


『詳細の感情を解析します』


『ーーーーー解析完了』


『解析結果、とてつもない憤怒、憎悪の感情を検知しました』


『これより最も合うとされる進化先を表示します』


『ーーーーー"悪人"へと進化しますか?』




 俺の真っ暗な視界にゲームの様な画面が表示される。

 一瞬、悪人という進化先に不安を覚えた。


 だけどーー。



 進化、できるのか? なら迷う必要がない! 俺は"悪人"へと進化する!


 そう心の中で言った瞬間、俺の身体は普通の進化で見られる神々しい光ではなく、地獄を彷彿とさせるドス黒い光に包まれる。




 この日、世界という水の中に一雫の毒が産まれ落ちた。


 これが毒虫を殺す毒となるのか、それとも全てを滅ぼす毒となりうるのか。


 それはまだ誰も知らない。

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