第19話 迷子

 吹が出て行った後、俺は1人呆然と立ち尽くしていた。


 笑っていた……そう言って良いだろう。


 楽しいという感情が無い筈のに笑っていた、という事は嘘だったって事か……あー! 分かんねぇ!



 ぐぅ〜。



 俺が頭を掻きながら混乱していると、お腹から壮大な音が鳴り響く。


 そういえば今日、まだご飯食ってなかったな。

 朝起きてからすぐに準備して此処に来た。さっき吹が来た事を考えると、もう学校の帰宅時間、夕方といった所か。これは腹が鳴る筈だ。


 俺は訓練場から出ると、地下からバーへと続く階段を登った。


「あ、颯太君。今日の訓練は終わり?」

「……どうでしょう? とりあえずご飯を食おうと思って」


 バーで出迎えてくれたのはバーテンダーの格好をした優理さん。お客さんも、もう何人かいて忙しそうだ。


「何か作ろうか?」


 笑顔で聞いてくる優理さんに、俺は首を横に振る。


「大丈夫です。何かテキトーな物をスーパーで買うんで」


 そう言ってバーから出ると、予想通り日は沈みかけていた。


 早く行かないとスーパーも混むな。


 体力をつける為にも走っていこうと考えた俺は、小走りで歩道を走っていく。




「はぁ、はぁ、はぁ、やっと、着いた」


 3分後着いたのは大型のスーパー。やはり体力がない所為か、両膝に手をついてしまう。


 急いで来たけど……あまり意味は無かったな。

 顔を上げた先には大量の人達。仕事の帰りだろうか、スーツを着た人やエプロン姿の人まで居る。


 ぎゅうぎゅう詰めで行く気が失せるが、バーに帰ってご飯を作ってもらうのは流石に申し訳ない。


 うっ……人混みに、酔う。


 そう思い人混みに入った瞬間、色々な匂いが混ざり合い襲う。人の汗の匂い、香水の匂い、スーパーに売られている揚げ物の匂い等が混ざった匂いは吐き気を誘ってくる。


 でもご飯は買わないといけない、そう思った俺は急いで惣菜を買ってレジに着く。


「うぇーん!」


 そこでレジの前で泣いている女の子を見つけた颯太は周りの様子を見る。


 1人か……可哀想に。誰も目もくれない。

 俺はその女の子に近づくと、床に膝をつけ目線を合わせる。


「どうした? 迷子か?」


 すると女の子はしゃくり上げながら答えた。


「うん……」


 女の子の目は赤く腫れている事から、ずっと泣いていたという事が窺える。


「今日は誰と来たんだ?」

「……ヤス」


 女の子は目をゴシゴシと擦りながら、答える。


 ヤス……すごいヤクザみたいな名前してるな。


「そうか、じゃあ俺と一緒に探そうか」


 そう言って俺はレジに並ぶのをやめて言うと女の子は頷いた。そして俺は女の子の手を取った。


 こんな小さな子ほっとけない。


「俺は颯太だ。お前の名前は?」

「わたしはエミリー」


 エミリー……この顔立ちからしてハーフか?


 綺麗な顔をしている。髪も金髪でサラサラしている。どこかのお嬢様なんだろうか。


「そうか、エミリー。最後にそのヤスって人と会った場所を教えてくれるか?」

「うん、こっち」


 エミリーに手を引かれる事数分、来たのはお菓子コーナー。


「此処で逸れたのか?」

「うん」


 ションボリという顔を見せるエミリー。未来ある子供にはこんな顔をして欲しくはない。


「エミリーはこのお菓子の中で何が好きなんだ? 俺が好きなの1つ買ってやるよ」


 話を変えようとお菓子の話をすると、エミリーは笑顔でキョロキョロと首を動かす。


 ……よかった。


「あ、ヤスだ……」


 お菓子を探している途中にどうやら保護者を見つけた様で、何故か少し落ち込んだ様子を見せるエミリー。


 何でこんな……あ、そういう事か。


 俺は思い至り、ポンポンとエミリーの頭を優しく叩いた。


「お菓子は次会った時に奢ってやるよ。早く行きな」


 その瞬間、先程のションボリとした表情からパァっと晴れ渡る様な笑顔を見せるエミリー。


「うん!」


 大きな返事をすると、保護者であろう者の所に走り去っていった。


 良い事をすると、やはり気持ちが良い。学校や、日常ではいつも差別を受けている俺だが、子供の前では優しくなれる。子供は俺を差別しない。


 晴々とした気持ちで俺がレジで向かおうとすると、


「お嬢、探しましたよ」

「ごめんね、ヤス」


 何処かで聞いた事のある声が聞こえた。何か身の毛も立つ様な……。


 俺は急いで振り返る。


 アイツは……。


「さ、お嬢。早く帰りましょう。兄貴が心配しています」

「わかった!」


 2人はスーパーから出て行く。


 エミリーと話していた男、その者は俺が平凡者だった頃、蹴った缶が車に当たった時に身体中の骨を粉々にして来た、あの男だった。


 ヤス……あの時、俺は殺されかけたんだよな。


 静かに、心の中で燃えたぎる様な感情が湧く。


 アイツの名前を、早めに知る事が出来て良かった。これならゾイ達から詳しい情報を得る事が出来る。


 颯太はすぐそこの商品棚にあった、フサフサのフードが付いたコートを手に取った。


「……少し手を出すくらいなら良いだろ」


 俺は静かに口角を上げた。

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