第33話 花見と客

 颯太は暫く瞑想した後、目を開ける。


 ……やはり難しい。ずっと頭の中でイメージしてる筈なのに何も発動しない。


 発動するのには明確なイメージが必要。普通の者なら5年間毎日練習して出来る様になるらしいし…。


 学校の奴らも発動する時には声に出す。今はアイツらの歳は俺と同じ15、6。進化するのは早くて10歳。


 学校で何も言わず発動出来るって言う人は聞いた事がない。


 つまりこれは、年月だけでは出来ない事を表している。




 …どうしたもんか。


 颯太は寝そべり天井を見上げていると、部屋の奥から扉の開く様な音がなった。それと同時に花見の元気な声が響く。


「いらっしゃいませー!!」


 お客さんが入ってきたのか…俺以外のお客さんもいるんだな。


 颯太は起き上がると、扉にへばりついた。


 流石に見るのは花見の邪魔になりそうだし…見られてたらお客さんも嫌だろうからな。


 颯太は扉に耳をつけ、聞き耳を立てる。


「こちらお冷です! ご注文お決まりでしょうか?」


 やっぱりいつ聞いても、花見の声は元気過ぎて何処かイライラする。カルシウム不足か?


「じゃあいつもので」

「うーん…俺もいつもので!」

「はい! 少々お待ち下さーい!」


 客の声が颯太の耳に入る。


 お、此処の良さを知ってるって事は常連か? そうなんだよ、此処の味は落ち着いてる味わいで何処か家庭の…いや、どうでもいいか。


 颯太は常連が来た事に少し安心感を覚え、再び瞑想の体制をとる。


 今は特にやる事もないし…いち早くスキルの発動を…


「お前、最近どうよ? これの方は?」

「あ? そりゃあガッポガッポに決まってんだろ」

「それはそれは、おめでてぇな」

「最近ではクスリにも手出してみてんだ!」

「ほぉ〜! それは儲かりそうだな…ちょっと俺の方にも分けてくれよ」


 店の席から聞こえてくる会話は、嫌でも颯太の耳に入ってきた。


 ……随分ヤバイ話だ。クスリってのは恐らく違法薬物の事だろう。


 確信はないから通報みたいな事は出来ないな…。


 颯太は諦め、頭の中でイメージを続ける。




「お待たせしました〜」


 また暫くして花見の声が聞こえる。


 どうやら客の料理が完成して、配膳したようだ。


「お、さんきゅ」

「おせ〜よ」


 客の様子から花見との仲がそれなりな事が分かった。


 タメ口で話すって事は、花見と同じ30代位なのだろうか。


 そんな事を考えながらも、外の様子に聞き耳を立てる。


「いただくぜ〜」

「あ、あの…」

「あん?」

「いつものは……」

「あぁ、今日はその日だっけか。ほらよ」

「ありがとうございます!」


 ん? 何だ? 今の会話は?


 ……まぁ、花見が元気だから大丈夫か?


 颯太はイメージを続ける。




 しかし、その時颯太は気づけなかった。


 花見が自ら沼へと入って行こうとしているのに…




「ふぅ…ダメだ…何の成果も出ない」


 深夜、颯太はイメージ練習をまだ続けていた。しかし、何も成果を得る事が出来なかった。


 まぁ、1日でどうこう出来ると思ってなかったけど…ここまでとは。


 何のヒントも、何のアドバイスもなし。教えを乞うものなら、何故それを聞く? そうなったら終わりだ。


 地道に…地道にやるしかないんだ。




 颯太は気分転換に部屋から出る。


 そう言えば、1日中此処に居たが今日取り立ては来なかった。


 油断は出来ないが、今日はもう来ないと見ていいだろう。


 一先ずは安心だな。明日はAPNに行って速水さんに訓練付き合って貰って…ん?


 安堵の息を吐き、店の入り口から外に出ようとすると、颯太はある事に気づく。


 何か不気味な音…いや、笑い声が聞こえていたのだ。


 鳥肌が立ちそうな声に颯太は身体を震わす。


「……何だこの笑い声は」


 颯太は、この笑い声が聞こえてくる方に方向転換する。



「ここか…」



 店の最奥。そこは何の変哲もない部屋の入り口。しかし、何故かそこからは不気味な笑い声の所為か、異様な雰囲気を放っていた。


 …開けるか。


 颯太は静かにゆっくりとドアを開けた。


 ガチャッ


 小さな音だったが、それは確実に鳴った。


「誰ですか!?」


 颯太はその声を聞いて安心する。


「悪い花見、俺だ」

「…はぁ、七瀬さんでしたか」


 テーブルの前で座りながら振り返った花見が、俺と同じように安堵の息を大きく吐いた。


「こんな所で何をしてたんだ?」

「ははっ…ちょっと私の趣味なんです」

「これは…注射器か?」


 そこには乱雑に置かれた注射器があった。


「はい…これで接着剤を添付して物を作ったりしてるんです」

「へぇー…何を作ってるんだ?」

「そうですね……スマホのケースとかですかね、これとか…」


 花見の手にあるのはキラキラと色鮮やかなビーズが貼られている、綺麗なスマホケース。


「おー、いいな…でも笑うのはやめてくれ」

「あ…聞こえてましたか?」

「丸聞こえだ、あまりに不気味で心配したぞ」

「それはご迷惑を…」

「まぁ、次からは気を付けてくれよ」


 そう言って俺は部屋から出た。




 その時の俺は何故気づかなかったのだろうか。


 昼、客と花見があんな話をしていたのに、それを何の疑いもなく趣味だと思ってしまった。


 注射器が接着剤の添付に使う物だと…

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