第34話 整理

「くぅ〜〜〜っ!」


 早朝、颯太は背伸びをしながら起きる。


「あ、七瀬さん! おはようございます!」

「おおっ! お、おはよう」


 そこに突然扉を開けて、笑顔でお盆を持った花見が入ってくる。


「凄いタイミングだな…」

「そろそろ起きるかなぁって思ったんですよ!」


 颯太は花見のその勘に、もはや恐ろしささえ感じていた。


「そ、そうか。じゃあ俺行く所あるから朝ご飯食ったら出かけるよ」


 今日はAPNに行って訓練をするつもりだからな。


「帰ってくるのは…夕方には帰ってくるよ」

「分かりました!」


 花見はまた元気に返事をすると、料理を置いて出て行った。


 ああいう奴が接客に向いてんだろうな…元気で愛想がいい奴。


 颯太は花見の持ってきた朝ご飯を食べ終えると、店から出る。



 ガラッ



「七瀬さん! いってらっしゃい!!」

「…ふっ」


 手を全力で振ってくる花見。


 颯太はそれに振り向き、小さく手を振って返すと花見は嬉しそうにそれ以上に手をふり返した。


 そんな笑顔で手を振る奴がいるかよ…。


 颯太は心の中で呆れ果てる。


 しかし、嫌ではなかった。






「あら、颯太君。いらっしゃい」


 颯太をバーで迎え入れたのは、私服姿でスカートをはためかせている優理だった。


「今日もあの広い所使わせて貰っていいですか?」

「あー、訓練場の事? いいわよ、その代わり…」


 日下さんは此方を見て、ニヤッと笑うと俺の肩を掴んできた。


「その代わり、これ手伝って〜…」

「…」


 日下さんが指を差す方向には、大量の木箱の中に入ったワインボトルと、大量の書類の様な物がカウンターの裏に散らばっていた。


「木箱は兎も角…何故こんな事に…」

「多分翔が出て行く時に倒してしまったんでしょうね〜…後でこってり絞らないと…」


 優理の額には血管が浮かび上がり、握り拳を作って不気味に笑っている。


 翔さんのあのガタイの良さで言うのもあれだけど…翔さん、生きてくれ。


 俺はそう祈りを捧げると、さっそく日下さんの手伝いに取り掛かる。


「その木箱をこっちに運んで貰える?」

「はい。…ふんっ!」


 ………。


「あ、やっぱり颯太君には書類の整理を手伝って貰おうかな?」


 優理が、木箱を持ち上げる体勢をずっとしている颯太を見て、少し焦った様に早口で言う。


 いや…そんな気を遣われた方が傷つくっていうか…。


「分かりました…」


 俺はしょうがなく床に散らばっている書類を拾って、近くのカウンターに乗せて行く。


 書類はカウンターの裏側を埋め尽くしている。


 こんな一杯…何の書類なんだ?


 何枚か拾ったが、中身を見るのは申し訳ないと見ていなかったが颯太は書類に目を通す。


 …依頼書か。


 見出しには依頼書と書かれており、その下には依頼内容や報酬金額等が書いてあった。


「日下さーん」

「はーい」


 遠くから声が聞こえ、奥のワインの貯蔵庫らしき場所では日下さんがワインの木箱を一度に2個程積み上げて運んでいる姿があった。


 化け物しかいないのか…ここは。


 優理が木箱を下ろすと、颯太へと近づく。


「どうしたの?」

「あの、これなんですけど…」


 俺は日下さんへと先程まで見ていた紙を渡す。


「これがどうしたの?」

「これ依頼書なんですよね? …変じゃないですか?」

「え?」


 依頼内容は人形やぬいぐるみ等の運搬作業。ただ港から遠くの倉庫へと時間内に運ぶ、簡単な作業だ。


 しかし、その報酬金額がおかしかった。


「あぁ…これは恐らくだけど運搬する物が依頼内容と違うのよ」

「違う?」

「いや、言い方を変えましょうか。人形やぬいぐるみを使って何かを運ぶって事だと思うわ」


 つまり……


 優理の眉間に皺ができる。


「違法な物を運ぶ時によく使われる手口よ」


 優理の言葉で、昨日の客の会話が頭の中で横切る。


 なるほど。昨日みたいな奴らは闇組織に頼んで違法薬物などを運んでいたって訳か…。


 これなら運送中に捕まっても尻尾切り出来る。


 倉庫に報酬金を置いて、時間内に来なかったら捕まったとみて金を回収。


 これなら、この規約を色々詰めていない依頼書通りになる。


 それで売ったっらこっちのもん。定期的に買わせて、金がガッポガッポって訳か。


 …ちっ。


「…APNはこういう依頼するんですか?」


 颯太は無表情で優理へと聞く。


「いいえ。私達はこういう事はしないわ」


 それに対して優理は即答で答える。


「私達が受ける依頼は…基本裏の仕事意外かしら。殺しや違法な事はしないわ」

「そうですか…よかった…」


 颯太は大きく安堵した様な表情を見せる。


「ふふっ! 安心した?」

「少しは」


 2人はこの後も談笑しながら、物を整理して行く。



 この時、優理の額からは汗が流れた。

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