第35話 哀

「よしっ! ありがとう颯太君! もういいから訓練場行きな!」


 木箱を半分程運び終わった優理が腰に手を当てて伸ばしながら言う。


「え、いいんですか?」


 まだ書類は半分以上、床に散らばっている。


 もう良いと言うなら嬉しいが、まだ全然終わってないぞ…。


「うん! いいのいいの!!」


 優理は笑顔でそれに答える。


「…そうですか、ならお言葉に甘えさせて貰います」


 俺はそう言って日下さんに礼をすると、地下へと続く階段へと向かった。




「ふぅ…」




 ガチャ


「よし! 今日も頑張りますか!」


 颯太は部屋一杯に響かせる様に言うと、早速訓練場を走り出した。




「はぁ…はぁ…はぁ…」


 前よりは…体力は上がったか? 次は筋トレだ!




「うっ……」


 キツイ…でもこれをしなければ…あの木箱を持つ事さえ出来ないぞ…


 ランニング20分、休みながら腕立て伏せ50回をしただけで颯太の身体は疲労困憊だった。


 しかし、昨日の初めてちゃんと武器を持った相手との実戦のお陰か、精神的に強くなれていた気がしていた。


「良い感じに疲れたな…次はこれだ」


『物体支配、発動』






「ふぅ…」


 颯太は壁に寄りかかりながら、大きく息を吐いた。


 訓練を始めて、3時間。そろそろ昼ご飯の時間だと思った颯太は1度、長時間の休憩を入れる。


 筋肉をつける為には、食事もちゃんとしないといけない。これまではあまり昼ご飯とかは食べれてなかったからな…。


 颯太は学校の昼休みになると、運良く気絶しなければトイレで食事を摂っていた。所謂ぼっち飯というやつだ。教室に居ても必ず絡んでくる奴がいて、落ち着かない。だからトイレ。


 単純だが個室に入ると1人でゆっくり食事を摂れる…


 普通なら。


 颯太は普通じゃない。平凡者だったのだ。当たり前のように頭から水をかけられ、ご飯はびしょびしょ、服もびしょびしょだった。


 あの時は酷かった…まぁ、終わった事だ。今からはそれもどうにでも出来る。


 颯太は1人納得しながら、訓練場から出る。


「お疲れ様です」

「あ、颯太君お疲れ様」


 出迎えたのは、やはり日下さん。日下さんはワインや書類の整理が終わったようで、1人でカウンターに座り、水を飲んでいた。


「今はご飯休憩?」

「はい。またスーパーにでも行って来ようかなって思ってます」


 俺がそう言うと、日下さんは眉を八の字に変えた。


「前はそう言って此処に帰って来なかったから少し心配したのよ?」


 そう言えばこの前はスーパーで戦った後、そのままinfに行ったんだっけ…。


「すみません。もうその日は疲れちゃって家に帰ってしまいました」

「そうなの…そうだ! 颯太君! 携帯番号教えてよ!」


 優理は笑顔で颯太を見ると、目を輝かせる。


「え、な、何でですか?」

「何かあった時連絡が取れないと大変でしょ?」


 な、なるほど。確かにそうかもしれない。


「分かりました。えーっと…番号は…」


 颯太のアドレス帳に初めて名前が登録される。


 番号を聞かれた時は焦って返事をしてしまったが、早まったかもしれない。


 電話が支配者ルーラーの時に掛かってきたら、状況によっては誰かにバレてしまう可能性がある。


 これは非通知にしておくか…。


 颯太はすぐに優理の番号を非通知にする。


「これで良いね。ご飯だけど私、今から作るかど一緒に食べよっか?」


 優理は三角巾とエプロンをつけると、奥にあるキッチンの方へと歩く。


 そうだな…まぁ、金がかからないならそれで良いか。


「良ければご一緒したいです」

「そっか! ちょっと待っててね〜」


 数分後…


「お待たせ〜」


 コトッ


 目の前に置かれたのは真っ赤なスープ。漂う匂いは鼻の奥が痺れる様な刺激臭を放っていた。


「優理さん特性激辛スープだよ! ご賞味あれ!」


 …いやキツイな。見た目が毒々しいんだが。


「…」


 颯太が何も手をつけず、スープを見ていると、


 ピクピクッ


「!!」


 颯太はある事に気づく。


 日下さんの額の血管が浮き出ているではないか。


 やばい!?


 颯太は急いで、スープを口に運ぶ。



「かっ!! はっ!!」


 颯太はスープを口に入れた途端、盛大に咽せると首を押さえる。


「涙出るほど辛いんですけど!?」

「え〜、辛いけど涙は出ないかなぁ? 美味しくない?」


 優理はスプーンで掬いながら、パクパクと口に運ぶ。


 嘘だろ!? こんなに辛いのに!


「日下さんって味覚あります?」


 俺は思わず聞いてしまった。あまりに辛すぎて日下さんの味覚が無いのではないかと思ったのだ。


「失礼な。あります」


 優理は凛とした態度で答える。


「涙を流した事は?」

「…失礼だなぁ。小さい時はあったけど…もういい歳だから、


 優理は呆れ果てた顔で言った。


 まぁ、そうだよな。あまりの辛さで変な事を聞いてしまった。


 颯太は優理特性激辛スープを飲むのを諦め、結局スーパーに行く事にしたのだった。

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