第31話 あたたかさ
颯太は花形食堂に行く前に、3人の返り血で血まみれになった身体を家の風呂で流し落としていた。
「まだ血生臭い…」
身体全体しっかりと石鹸で洗った筈だが、まだ微かに血の匂いがする気がした颯太は、もう2度ほど身体を洗った。
「うん…いい匂いだ」
そう言って颯太は風呂場から出て、ボロボロなバスタオルで身体を拭く。
そして服を着て、バスタオルを投げ捨て布団へと寝転がる。
『そうたー! バスタオルはちゃんと洗濯カゴに入れて!!』
「……やめてくれ」
颯太は毛布を頭から被る。
『偉いわね、よしよし!』
「やめろよ…」
『ご褒美に晩ご飯は颯太の好きなカレーにしようかな!』
「やめてくれ!!」
颯太は大きな声で叫びながら飛び起きる。
ドンドンッ!
「うるせぇ!!」
隣の部屋から壁を叩かれ、冷静になる颯太。
「……行こう」
颯太は1人呟くと、部屋を出た。
部屋の中にはボロボロなバスタオルが投げ捨てられていた。使い古したキッチン、柱には身長を記録した様な跡があった。
そして居間には仏壇があり、周りの壁には刃物で切り刻んだかの様な跡や穴が出来ていた。
「ちょっと早く着きすぎたな」
颯太は花形食堂の開店前、何時間も前の時間に着いてしまった。
仕方ない…路地裏で見張ってれば良いか。
そう思った俺は店の入り口が見える所を見つけると、壁に寄りかかって座った。
少しでも家にいる時間を少なくしたい……。
前まではバイトで外に出る事が多かったが、今はもうそんな暇は無い…。
ずっとバイトをしてたお陰か、金は当分困らない…どうにかあそこにいない方法を…
颯太が頭を悩ませていると、何故か店の光がついた。
まだ始まるには大分早いだろ。何でこんな時間に…。
颯太は花形食堂へと近づき、店の扉を優しくノックする。
「はーい」
花見が少し近所に配慮したのか、小さな声で返事をして扉を開けた。
「! あの時のお客さんじゃないですか!? 無事だったんですね!!」
花見は大声を出し、目に涙を溜めながら颯太にしがみついてた。
「……無事も何も…俺はある人にお願いしてきただけなので」
「それでもですよ!! 心配しました!! さっ! 入って下さい!」
花見は颯太を店に入れると、いそいそと奥へと入っていく。
「店の開店準備があるんで、水しか出せないです。申し訳ありません」
「い、いや、そこまでして貰わなくて
グゥゥゥ
急いで断ろうとすると、盛大に誰かの腹から音が鳴る。
「「……」」
「急ぎますね!」
数秒沈黙が続いた後、花見は両拳でグーサインをすると厨房へと入って行った。
…はぁ。思ってたよりも戦闘で腹が減ってたのか? 情けない…でも、外にいるよりだったら此処にいた方が断然対応出来るだろう。
俺の空間支配が発動すれば室内にいる者なら、どんな動きも認識できる。死角はない。
…それに外より暖かい。
今の季節はまだ春先。冬を超えたと言ってもまだ寒い季節だ。
冷たく、乾燥した風で冷えていた身体が店の暖かさのお陰で颯太にとてつもない眠気が襲う。
颯太は厨房から聞こえるトントントンっと聞こえるリズミカルな音をBGMに、自然に目を閉じていた。
「ん…」
やばい! 寝てたのか!
俺は目を覚まし、飛び起きる。周りを見渡すとそこは店の中ではなく部屋だった。
ちゃぶ台があり、色々な本や物が置かれた棚があり、小さなブラウン管のテレビがある温かみのある平凡な部屋。
随分と昔ながらの部屋だな…はっ! そう言えば店長は何処に!?
颯太は店の事が気になり立ち上がった。
ガラッ
「おや、目が覚めたんですね!」
その瞬間、部屋の扉が開かれ、花見がお盆の上に皿を乗せて入ってくる。それと同時に良い香りが颯太の鼻腔を刺激する。
「テーブルで突っ伏して寝ていらしたので、此処まで運ばせてもらいました! とても気持ちよさそうに寝ていらしたので、もっと気持ち良く寝てもらおうと思って!!」
花見はそう言うとちゃぶ台の上にお盆を置き、目の前に作ったであろう料理を置いていく。
「これは…」
「簡単な物ですけどご飯と卵焼きです! 今お味噌汁も持ってきますから!」
そう言って花見は部屋から出て行く。
……作り立てか?
2つとも湯気が立っており、とても美味しそうだ。
「お待たせしました〜!!」
意気揚々と花見が両手で器を持ち入ってくる。
…美味しそうだ。
「ありがとうございます。…この卵焼き作り立てですか?」
「はい! 何故か貴方が起きそうだなぁって思ったんです! 私の予想って結構当たるんですよ!」
唯の勘って訳か。流石はこれまで平凡者で生きて来ただけはある。
「そうなんですね…じゃあ、これ頂いても良いですか?」
「どうぞどうぞ!! それより聞いてください!」
花見は料理を勧めると同時に、ちゃぶ台に身を乗り出して言う。
「今日はいつもの時間に取り立てに来られなかったんです!!」
笑顔で嬉しそうに言う花見を見て、颯太の頬が緩む。
そうか…上手くいったか。
「いつもなら開店時間と同時に来られるんですが来なくて!!」
花見が興奮した様子ではしゃぎながら言う。
いい大人が何やってんだか…。
颯太は花見を横目で見ながら、料理に手をつける。
いただきます。
心の中で言って卵焼きを割り、口に運ぶ。
「あむっ…!」
出汁が上手く効いてる…! 平凡だけど…何処か落ち着く味だ。
颯太の箸は止まる事を知らず、料理を頬張っていく。
その料理は、颯太の緊張が張り詰めていた心に安らぎを与えた。
美味い…一生食えるな。
「…ってどうですか!? 良いですかね!?」
店長が俺に詰め寄り、何か聞いてくる。
それに対して俺は、
「あ、あぁ」
頷いて肯定した。
何の事だが分からないが…咄嗟に頷いてしまった…まぁいいか。
「そうですか!! では宜しくお願いしますね!!」
花見は笑顔で首を高速に縦に振る。
「じゃあ改めて自己紹介を! 私は花見食堂店長!
「え、えっと七瀬 颯太です」
「よろしくお願いしますね! じゃあ七瀬さんと呼ばせていただきますね! 七瀬さんの部屋はこちらで良いですかね?」
「は?」
「え?」
「「…」」
2人の間に長く沈黙が訪れる。
その空気の中、颯太が切り出す。
「あの…俺の部屋ってのは?」
「え? 平凡者同士仲良くしようって話だったじゃないですか? だから七瀬さんの部屋はこちらにと…」
「は?」
「え?」
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